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第5話 美樹さんからのアプローチ

 高等部に入学して3ヶ月。6月の週末。

 舞踏会の会場に足を踏み入れた瞬間——

 シャンデリアの光が、視界を染めた。

 眩しい。目が、くらむ。

 楽団の音。空気が震える。華族と財閥関係者の夜。

 燕尾服が肩に重い。蝶ネクタイが首を——締める。苦しい。

 エナメルの靴。足が痛い。16歳の俺には、まだ——

 似合わない。絶対。

 上杉家の跡取りとして出席。13歳の妹・玲奈をエスコート。

 群衆を進む。視線が絡みつく。息が——

「義之君!」

 声が、群衆を切り裂く。

 振り返る。

 深紅のドレス。美樹さんが——

 息が、止まった。

 露出した肩。シャンデリアの光を受けて。輝いてる。

 大人びたメイク。美しい。いや、美しすぎる。

 心臓が——

 ドクドクと暴れた。肋骨を殴ってる。

 顔が、熱い。

 まずい。これは、まずい。

「美樹さん……」

 声が裏返る。必死で抑える。ダメだ。震えてる。

「今日は楽しんでる?」

 彼女が近づく。

 鼻腔に残る、花と果実のような香り。

 後ずさりたい。でも、足が動かない。

「ええ、少し緊張してるけど」

 嘘だ。めちゃくちゃ緊張してる。

「美樹様、本当に美しいですね」

 公の場。丁寧語。彼女が眉を寄せる。

「ありがとう。でも堅苦しくないでいいよ」

 笑顔。また顔が——熱い。耳まで。

「この舞踏会で、あなたと踊りたいわ」

 は?

 耳を疑う。彼女から? ダンス? 俺と?

「……光栄です」

 光栄? 違う。嬉しい。怖い。ドキドキ。もう何が——

「是非お願いします」

 彼女が微笑む。手を差し出す。

 白い手袋。俺を待ってる。

 触れた瞬間——

 電気。ビリッと。手のひらに汗。気づかれる。絶対。

 フロアへ進む。

 彼女のドレスの裾が——

 俺の靴に絡まる。

 彼女がよろめく。会場がざわつく。

 反射的に支える。

 腕を。細い。そして——

 腰に手が触れた。

 体温。薄い生地越しに。

 頭が、真っ白になった。

「義之君!」

 彼女の顔が、近い。

 吐息が、頬にかかる。

「だ、大丈夫です」

 声が震える。裾を解く。手も震えてる。バレるな。頼む。

「君って、本当に頼りになるね」

 笑顔。会場が静まる。視線が集まる。温かい。

 手を握り直す。中央へ。

 ワルツが響く。踊り始める。

 右手を背中に。左手で彼女の手を。

 この距離——

 近い。近すぎる。

 心臓が、もう限界。

 髪からシャンプーの香り。理性が、飛びそう。

 シャンデリアの光。彼女のドレスを彩る。

 ぎこちないステップ。彼女が耳元で——

「義之君、緊張してる?」

 息が、耳に。

 全身に鳥肌。ゾワッと。

「す、少しだけ」

 大嘘。めちゃくちゃ緊張してる。

 体温が、薄い生地越しに。もう——

 彼女の手に、力が入る。

「君の夢、私には見えるよ」

 え?

「AIで未来を切り開くんだよね?」

 前世の設計図が、脳裏を掠める。

 胸が、熱くなる。

「ああ、そのために……」

 彼女の瞳が、俺を映す。

「実はね、私も責任を感じているの」

 息を、呑む。

「責任?」

「初等科の図書館で、君に何かを返した時から……」

 声が小さくなる。

「理由は分からない。でも」

 顔が、近づく。

「君を正しい道に導かなきゃって」

 特異点。あの時の——

 彼女も、感じてるのか。

「美樹さん……」

「だから」

 顔を上げる。瞳に、決意の光。

「父があなたのことを気に入っていてね」

 は?

「昨日、私が君のAIの研究について話したら」

 話した? 俺のこと?

「とても興味を持ったみたい。一度、家に遊びに来てくれる?」

 一条院侯爵家への——

 招待。

 背筋が、ピンと伸びる。

「家族みんな、君に会いたがってるの」

 頬が、赤い。美樹さんの。

「それに……」

 声が、小さくなる。

「私も、君ともっと話したい」

 消え入りそうな声。

 胸が——

 痛い。高鳴りすぎて、痛い。

 これは、もしかして——

「分かりました」

 やっと声を出す。

「お誘いありがとうございます。是非お伺いします」

 彼女の顔が、ぱっと明るくなる。

「本当? 嬉しい!」

 無邪気。可愛い。自然と笑みが——

「君が隣にいれば、未来はきっと怖くない」

 彼女が微笑む。視線をそらす。

「だから頑張ってね」

 耳が、赤い。彼女の。

「あなたが頑張る姿を見ると、私も自分を鼓舞できるの」

 孤独。彼女も何かを——

 ワルツが終わりに近づく。

 名残惜しい。胸が締まる。

 最後のターン。

 彼女が——

 俺の肩にもたれかかる。

 重み。温もり。

「ありがとう、義之君」

 言葉が、出ない。

***

 ダンスが終わる。

 沙織様、千鶴様、真奈美さんと一曲ずつ。儀礼的に。

 でも——

 頭の中は美樹さんだけ。

 手の温もり。まだ残ってる。

 肩の重み。耳元の囁き。全部が——

 鮮明に。

 壁際で休む。

 玲奈が近づく。

「兄さん、顔が真っ赤だけど大丈夫?」

 慌てて頬を押さえる。熱い。

「あ、ああ、大丈夫だよ」

 嘘つけ。全然大丈夫じゃない。

「少し踊りすぎただけさ」

「美樹さんと踊ったんでしょ? 見てたよ」

 玲奈が膨れる。可愛い。13歳の嫉妬。

「最後に私とも踊ってくれる?」

「もちろんだよ」

 小さな手を取る。フロアへ。

 兄妹のダンス。気楽。やっと緊張が——

「兄さん、美樹さんのこと好きなの?」

 足を踏みそうになる。

「な、何を言ってるんだ」

「だって」

 玲奈がニヤニヤ。

「さっきすごく幸せそうな顔してたもん」

 妹の観察眼。恐るべし。

「玲奈、ありがとう」

 話を逸らす。

「君がいてくれるから、俺も頑張れるんだ」

「兄さん」

 玲奈が笑う。

「これからもずっと私の自慢でいてね」

 温かい。この笑顔が。

 シャンデリアの光が、少しずつ暗くなる。

 舞踏会が終わる。

 美樹さんの「責任」という言葉。

 まだ胸に残ってる。

 彼女も、運命に導かれてる?

 この世界で——

 俺は彼女と共に夢を叶える。

 いや、叶えてみせる。

 絶対に。


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