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第51話 技官との対話と集合知の発見

国防研究所・技術開発棟 16:45

 会議室での議論を終えた俺は、資料を片手に休憩室へ向かった。肩の筋肉が張り付いている。

 ※1UCAVの戦域運用に関する課題を検討していたが、どうにも考えが行き詰まってしまった。数値やシミュレーションデータを見つめ続けても、肝心の解決策が浮かばない。

 戦域から少し外れた空域にいるUCAVが、再集結時に間違ったポイントへ向かう現象……原因は何だ?

 机に突っ伏すと、冷たい天板が額に当たった。

「上杉君、眉間にしわが寄っているわよ」

 ドアの開く音。顔を上げると、技官の柴田香織さんが肩をすくめていた。

「一人で考え込んで行き詰まっているんでしょ?」

 彼女は口の端を上げながら、コーヒーメーカーに向かう。柴田さんは若いながら、この研究所でも屈指の優秀な技官だ。戦術AIのアルゴリズム開発や、次世代通信プロトコルの研究にも関わっている。

「はい……UCAVが戦域で再集結する際に」

 俺は背筋を伸ばした。

「戦域から少し外れた空域にいる機体が、集結ポイントを間違える現象が発生していて……」

 柴田さんはコーヒーカップを片手に、大きくため息をついた。

「こら!よくないわよ、一人で悩むなんて」

 彼女の声が跳ねる。

「私も若い頃は『自分が何とかしなきゃ』って思い込んでたけど」

 カップから湯気が立ち上る。

「周りの人に意見を聞いた方が、意外と早く解決することもあるのよ」

「若いって……柴田さん、まだ若いじゃないですか」

「ありがとう。でも、女性の26歳には色々あるのよ」

 おぉー、27〜28歳くらいかと思ってた……歳言わないでよかった。

 柴田さんは軽く笑いながらソファに腰を下ろした。革が小さく軋んだ。

 俺の指先がピクッと動く。

「……あれ?」

 喉の奥で何かが引っかかる。

「みんなに聞く?」

 柴田さんが眉をひそめた。

「ん?何の話?」

「そうか!」

 俺は椅子を蹴って立ち上がる。

「※2集合知だ!」

 血が頭に昇る感覚。UCAVはリアルタイムで戦域情報をやり取りしている。それなら、個々の機体の情報を交換し、※3メディアンで集結ポイントを決定すれば、誤差を相殺できるのではないか?

「全体のデータをまとめて、中央の地点を動的に算出するってこと?」

 柴田さんの視線が俺を捉える。

「そうです!各UCAVは個々に座標データを持っている」

 俺の舌が早口で回る。

「それを相互にやり取りし、中央値を取ることで、個々の誤差を減らして集結ポイントを最適化できる!」

「なぁに?今の会話で答えを出しちゃったの?」

 柴田さんは苦笑しながら、コーヒーを一口飲む。

「今時の子は怖いわね」

「……でも」

 彼女はカップを両手で包んだ。

「確かにそれなら解決できるかもしれないわね」

 指先でカップの縁をなぞる。

「個々の機体が持つバラバラな情報を統合すれば、誤差も相殺できるし、機体ごとの位置補正もできる」

 一呼吸置いて続ける。

「通信遅延や機体間のデータ転送を考慮すれば、もう少し調整が必要だけど」

「実現可能性は高いわね」

「ですよね!よし、すぐにシミュレーションにかけてみます!」

 俺は踵を返す。足が勝手に研究室へ向かう。

「上杉君」

 背中に声がかかった。振り返ると、柴田さんが微笑んでいた。

「一つ学んだでしょ?」

「自分一人で考えるより、周りの知恵も借りた方がいいって」

「……はい」

 喉の奥が熱くなる。

「その通りです。ありがとうございます!」

 柴田さんは軽く手を振ると、再びコーヒーカップを持ち上げた。

「まったく……天才肌っていうのも大変ね」

 声が少し柔らかくなる。

「でも、そういう発想の飛躍があるから、研究って面白いのよね」

***

国防研究所・技術開発棟 20:30

 シミュレーション環境のモニターが青白く俺の顔を照らす。集合知アルゴリズムの適用テストを開始した。

「……データ処理にタイムラグが出るか」

 キーボードを叩く指が止まる。リアルタイム通信を行う場合、各機体の通信遅延が異なるため、中央値を取る際に少しの誤差が生じる。

 これをどう修正するか……。

「それなら」

 柴田さんの言葉が耳の奥で響く。

「各機体のデータ送信間隔をわずかにズラせば……」

 俺は通信プロトコルの設定を変更した。パラメータを一つずつ調整する。Enterキーを押す。

 画面に緑色の文字が浮かぶ。

 結果は──成功。

 誤差が大幅に減少し、集結ポイントの精度が向上した。

「やった……!」

 声が喉から漏れる。椅子から立ち上がると、長時間座っていた腰が軋んだ。

 柴田さんの研究ブースへ向かう。彼女はまだ休憩室のソファに座っていた。タブレットを操作しながら、時折髪を耳にかけている。

「柴田さん、テスト成功しました!」

「ほらね、言った通りでしょ?」

 彼女は顔を上げて、唇の端を上げた。俺の手元のデータを覗き込む。シャンプーの香りがふわりと鼻をかすめた。

「これで、次の段階に進めるわね」

「はい。次はリアルタイムの演習環境で動作確認ですね」

「そうね」

 彼女はタブレットを膝に置いた。

「現場のフィードバックももらわないと」

 俺は深く頷いた。研究が一歩前進したのは、間違いなく彼女の助言のおかげだった。

 次の目標は、実戦環境での適用。

 そして、より効率的な運用方法の確立だ。

 胸の奥で、小さな達成感が温かく広がっていく。


***

※1 UCAV:Unmanned Combat Aerial Vehicle(無人戦闘航空機)。武装を搭載し戦闘任務を遂行する無人機

※2 集合知:多数の個体が持つ情報を統合することで、単独では得られない高度な判断を可能にする概念

※3 メディアン:中央値。データを大小順に並べたときの中央に位置する値で、外れ値の影響を受けにくい

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