第50話 UCAVのAI開発
昼過ぎ、テストエリア。
空気が張り詰めてる。肌がピリピリする。
複数の試験機が編隊を組む。
モニターの点滅に合わせて、心臓が跳ねる。
管制室の冷たい空気が肺を刺す。
隣で佐藤主任研究員が、ペンを神経質に回している。
「ターゲット補足……※1ロックオン!」
佐藤さんの声。
安堵が滲む。眼鏡のレンズが光を反射。
「よし、順調だ――」
言いかけて、止まった。
画面の中。
ドローンが妙な動き。
まるで酔っ払いみたいにふらついてる。
「……遅い?」
俺の呟き。
新卒の田中が振り返る。顔面蒼白。
「ミリ秒単位で応答遅延が発生してます!」
その瞬間――
敵機役がミサイル発射。
警告音が響き渡る。
試験機が回避――
いや、逃げた?
まるで尻尾を巻いた犬みたいに。
「なんだこれ……」
佐藤さんが額の汗を拭う。
白衣の袖口に、コーヒーの染み。
徹夜明けの目が険しくなる。
「AIが『生き残ること』を学習しすぎたんだ」
息を呑む。
喉が詰まる。
そうか、※2強化学習の罠。
生存率を上げようとして、戦うことを忘れたAI。
皮肉だ。
人間より人間らしい臆病さ。
いや――
これこそが人間らしさなのか?
胸の奥がザワザワする。
***
夜、ラボの端。
新しいシミュレーションを見る。
窓の外は真っ暗。
ガラスに映る自分の顔が死人みたい。
コーヒーの匂いと機械油。
慣れた匂い。でも今日は――苦い。
胃が重い。
ストレスで穴が開きそう。
「攻撃優先だ、突っ込め!」
元空軍の山田さんがモニターを叩く。
無駄だと分かってるのに。
その手が、微かに震えてる。
※3UCAVが一瞬ためらい、また後退。
腕を組む。
シャツの袖が汗でべとつく。気持ち悪い。
AIがリスク回避を優先する。
ある意味正しい。でも――
「戦場じゃ、正しさが命取りになることもある」
独り言。
自分の声が、妙に大きく響く。
誰も聞いてない。
いや、聞かれたくない。
「防御優先を厳しくしてみましょう」
若い研究員が提案。
名札を見る。『研究員:鈴木』。
顔と名前が一致しない。
覚える余裕がない。
いや――
覚えたくないのか?
距離を置きたいのか?
パラメータ調整。
キーボードを叩く音が、機関銃みたい。
再シミュレーション。
今度は攻撃的に――
「ターゲット補足……ロックオン!」
躊躇なし。
ミサイル発射。
画面が赤く光る。
命中。
「やった!」
研究員たちが沸く。
肩を叩き合ってる。
俺も――嬉しい。
口元が勝手に緩む。
でも同時に――
背筋に冷たいものが走る。
これで本当にいいのか?
人を殺すための最適化。
それを喜んでいいのか?
手が震える。
コーヒーカップを置く。カチャリと音。
***
3日後の休日。朝7時。
研究所への道。
秋の朝は冷える。吐く息が白い。
なのに、額には汗。
休めない。
休みたくない。
休んだら、きっと考えてしまう。
自分が何をしてるのか。
自動ドアが開く。
慣れた電子音。でも、今日は重く響く。
「来ると思ってました」
佐藤さんが笑う。
疲れた笑顔。髭の剃り残し。
コーヒーカップを両手で包んでる。
湯気が顔を隠す。
「問題があります」
声が沈む。
カップを置く音が、やけに大きい。
「編隊の統制が取れない」
モニターのグラフ。
赤、青、緑の線がバラバラ。
攻撃型は突進。
防御型は逃げる。
支援型は迷う。
「まるで人間みたいだ」
俺の呟き。
佐藤さんが苦笑。
「それが問題なんです」
確かに。
戦場で個性は邪魔。
でも――
何かが引っかかる。
喉の奥で言葉が詰まる。
「逆手に取れないか?」
閃いた。
いや、思いつきか。
でも口が勝手に動く。
「各機体が他の学習パターンも読み込む」
身を乗り出す。
「個体差を活かしつつ、編隊として機能させる」
佐藤さんの目が輝く。
眼鏡がずれて、慌てて直す。
「それだ!」
椅子が倒れる音。
研究員たちが集まってくる。
白衣の波。
興奮の熱気。
議論が始まる。
声が重なり合う。
活気が戻る。
これだ。
この瞬間が好きだ。
みんなの目が生き生きしてる。
胸が熱くなる。
でも――
(これが戦場で人を殺すんだ)
胸の奥で、何かが軋む。
ギシギシと嫌な音。
その現実から、目を逸らすな。
逸らせない。
***
2時間後。
「反応速度10%向上!」
鈴木が叫ぶ。
今度は名前を覚えた。
興奮で顔が赤い。
「統制も安定!」
成功だ。
みんなが喜んでる。
誰かがピザを注文しようと言い出す。
「早いな」
軽口を叩く。
でも、舌が乾いてる。
内心は複雑。
嬉しい。でも――
技術は道具。
使い方次第。
何度自分に言い聞かせただろう。
でも、納得できない。
この技術が戦場を変える。
人が死ななくなる?
いや、違う。
死に方が変わるだけ。
より効率的に。
より確実に。
吐き気がこみ上げる。
堪える。
「君の提案が即採用される環境ですから」
佐藤さんが肩を叩く。
温かい手。父親みたい。
「ここはスピードが命」
スピード。
確かに。
でも時々思う。
もっとゆっくり考えるべきじゃないか。
立ち止まって。
本当にこれでいいのか。
窓の外。
秋の空が高い。
澄んだ青。
平和な色。
この空を――
俺たちの技術が守るのか。
それとも血で染めるのか。
手を見る。
キーボードを叩く手。
この手が、間接的に――
「次のフェーズに進みましょう」
佐藤さんの声。
現実に引き戻される。
そうだ。
進むしかない。
立ち止まったら、怖くなる。
技術者として。
人として。
自分が何をしているのか。
正面から見つめたら――
でも今は――
前へ。
「了解です」
声が震えないよう気をつける。
「実機テストの準備を始めます」
大丈夫。
まだ大丈夫。
そう自分に言い聞かせる。
でも、いつまで?
その問いに、答えはない。
答えたくない。
今は、ただ――
前へ。
***
※1 ロックオン:目標を捕捉し、追尾状態にすること。ミサイル発射の前段階
※2 強化学習:AIが試行錯誤を通じて最適な行動を学習する手法
※3 UCAV:無人戦闘航空機(Unmanned Combat Aerial Vehicle)
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