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閑話 權波視点:追い詰められた逃亡者

 イギリス軍の特殊部隊に捕まったとき、俺の人生は終わったと思った。

 手錠の冷たさが手首に食い込む。心臓が喉まで上がってきそうだ。

 

 諜報機関の取り調べ。拷問。※1自白剤。

 全部覚悟してた。歯を食いしばる。奥歯がギリギリ鳴る。

 

 だが――俺は生き延びた。

 いや、正確には生かされた。

 

 ※2黒社会は金づるを失いたくなかった。

 香港警察の内通者が動いた。替え玉の死体。偽装された記録。

 気づいたら俺は「死んで」いた。

 

 自由?

 

 冗談じゃない。

 喉の奥で苦い笑いが漏れる。

 

 鎖が見えないだけだ。

 首筋に、見えない首輪の重さを感じる。息苦しい。

***

 多国籍犯罪組織に売られた。

 新しい飼い主。新しい檻。

 

 技術者として、ハッカーとして。

 俺の価値はそれだけ。手を見る。キーボードを叩くだけの道具。

 

 暗号通貨を抜く。個人口座から吸い上げる。

 汚い仕事。胃の奥がムカムカする。でも生きるため。

 

 選択肢なんてない。

 ……いや、あるさ。死ぬという選択が。

 

 でも、それは選べない。

 なぜか分からないが、生きることに執着してる。情けない。

 

 そして――上杉グループへの攻撃。

 

 奴らは黙認した。いや、奨励した。

 日本の巨大企業を叩く。組織にとっても都合がいい。

 

 上杉義之。

 

 その名前を思い出すだけで、胃液が逆流する。

 酸っぱい味が口の中に広がる。憎しみ? 嫉妬? 分からない。

 

 異常なんだ。上杉家は。特に曽祖父。

 

 戦後の日本でIT技術の基盤を築いた?

 巨大グループを作り上げた?

 

 普通じゃない。絶対におかしい。

 手が震える。恐怖か、興奮か。

 

 まるで――未来を知ってたみたいだ。

 

 俺と同じ。転生者。

 

 その可能性に気づいた時、全身の血が凍った。

 膝から力が抜けて、椅子に崩れ込んだ。

 

 もし本当なら、俺は最初から負けてた。

 

 経験の差。資源の差。環境の差。

 全部が違いすぎる。

 

 拳を握る。爪が掌に食い込む。血が滲む。

 でも、痛みが現実を教えてくれる。

***

 前回のハッキング。

 

 完璧だった。前世の技術。世界最高峰。

 誰にも破れない自信があった。

 

 キーボードを叩く指が踊る。リズムに乗って。

 これなら――

 

 でも。

 

 防がれた。完全に。跡形もなく。

 

 画面が真っ赤になる。エラーメッセージ。

 目の前が真っ暗になる。いや、モニターはついてる。俺の頭が――

 

 それだけじゃない。

 

 逆ハッキング。

 警告音。けたたましい電子音が耳を劈く。

 

 サーバー3台が死んだ。

 煙を吐いて、焦げ臭い匂い。データが消えて。

 

 「あり得ない……!」

 

 声が裏返る。喉がカラカラだ。

 俺の技術が通じない? なぜ?

 

 答えは一つ。未知の技術。

 

 この世界にしかないハードウェア。

 俺の前世に存在しなかったシステム。

 上杉グループはそれを持ってる。

 

 腹の底から怒りが湧き上がる。

 同時に、絶望も。

 

 独学でやってきた俺と、国家レベルの支援を受けてる奴ら。

 勝負になるわけがない。

 

 でも――認めたくない。

 歯を食いしばる。顎が痛い。

***

 「おい、ボスが呼んでる」

 

 ドアの向こうから声。組織の連中だ。

 背筋に冷たい汗が流れる。

 

 「……わかった」

 

 深く息を吐く。肺の空気が全部出ていく。

 また説教か。いや、もっと悪い。

 

 会議室。

 煙草の煙が充満してる。目が痛い。喉も焼ける。

 

 幹部が並んでる。

 全員、俺を値踏みしてる。肉屋が豚を見るような目。

 

 「で、結果はどうなんだ?」

 

 ボスの声。低い。地鳴りみたいだ。

 内臓が震える。

 

 沈黙。

 舌が上顎に張り付く。言葉が出ない。

 

 結果? 見ての通りだ。惨敗。

 

 「お前、前世がどうとか言ってたがよお……」

 

 嘲笑。背後でクスクス笑い声。

 耳が熱くなる。顔も。恥ずかしい。悔しい。

 

 「そんな大口叩いておいて、敵にボコボコにやられてんじゃねえか」

 

 返す言葉がない。

 喉の奥で何かが詰まる。言い訳? そんなもの通じない。

 

 「俺たちは、使えない奴を飼う趣味はねえんだよ」

 

 脅し。本気の目。

 首筋に冷たいものを感じる。ナイフ? いや、殺意だ。

 

 「次も失敗したら……お前の価値はゼロだ」

 

 ゼロ。つまり死。

 全身から力が抜ける。でも、踏ん張る。

 

 「……次は、絶対に成功させる」

 

 絞り出すような声。掠れてる。

 プライド? そんなもの、とっくに捨てた。

 ……いや、本当に捨てたか?

 

 「へぇ? そりゃ楽しみだな」

 

 薄笑い。でも目は笑ってない。

 氷みたいに冷たい。蛇の目だ。

***

 部屋に戻る。

 

 ドアを閉めた瞬間、壁に拳を叩きつける。

 

 痛い。

 骨に響く。でも、怒りの方が強い。

 

 手を見る。血が滲んでる。

 でも、これくらいの痛みなんて。

 

 このままでは終われない。

 終われるはずがない。

 

 組織の機材を見る。

 最先端? 確かに。でも足りない。

 上杉グループに勝つには。

 

 盗む。

 技術を。情報を。何でも。

 生き残るために。

 

 ……いや、違う。

 復讐のために。認めたくないけど。

 

 奴らを利用する。

 組織も。技術も。全部。

 

 次の攻撃。

 全てを懸ける。命も。プライドも。

 

 プライドなんてないと思ってた。

 でも、まだ残ってる。だから苦しい。

 

 上杉義之。

 

 お前が転生者の子孫なら、俺も転生者だ。

 なのに、なぜこんなに差がある?

 

 前世の記憶。技術。執念。

 全部使う。

 

 失敗すれば死。

 手が震える。怖い。認めよう。死ぬのが怖い。

 

 でも――

 

 成功すれば?

 いや、成功させる。させなければ。

 

 窓の外、香港の夜景。

 ネオンが瞬く。キラキラして、綺麗で。

 

 自由に見えて、檻の中。

 息が詰まる。胸が苦しい。

 

 俺の前世。

 優秀なハッカーだった。でも孤独だった。

 

 この世界でも同じ。

 いや、もっと悪い。犯罪者だ。

 

 違うのは――敵がいること。

 

 上杉義之。

 お前だけは。お前だけは絶対に。

 

 何? 倒す? 殺す?

 分からない。ただ、このままじゃ――

 

 モニターが光る。

 新しいコード。新しい攻撃。

 

 でも、本当に通用するか?

 

 分からない。

 胃が痛い。ストレスで穴が開きそうだ。

 

 でも、やるしかない。

 

 転生者同士の戦い。

 勝つのはどっちだ?

 

 金持ちのボンボンか、追い詰められた野良犬か。

 

 答えは――

 

 震える手でキーボードに向かう。

 まだ、出ない。

***

※1 自白剤:薬物を使って相手の抵抗力を弱め、情報を引き出す尋問方法

※2 黒社会:中華圏の犯罪組織。マフィアや暴力団に相当する地下組織

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