第3話 図書館で芽生えた絆 ver1.4
「未来を創れ」
管理者の声が頭を劈く。
図書館に逃げ込んだ。
埃っぽい空気。鼻がむずむずする。古い木の匂い。肺に染みる。
薄い陽光。床にまだらな影。
6歳の俺には、本棚が巨大な壁。
背伸び。届かない。くそっ。
華族の子供たち。周りにいる。でも——
息が、詰まる。
肩が重い。なんだこれ。転生者の重責? いや、違う。
もっと別の——
「何か大事なものを取り戻さなきゃ」
呟く。なぜだ。
星座図鑑を手に取る。無意識に。
ページをめくる。紙の端が、指を——
切りそう。危ない。
前世の設計図が、脳裏を掠める。
あのホーム。途切れた夢。胸が、ギリギリと締まる。
「君ならできるはずだ」
誰かの声。
背筋が、凍った。
見えない何かが、俺を突き動かす。
埃の舞う本棚の間を歩く。足が、勝手に。
その時——
***
「ねぇ、君、星座が好きなの?」
振り返る。
息が、止まった。
光が——いや、少女が立っていた。
胸の奥で、何かがドクンと跳ねた。
なぜだ。知らない子なのに。
黒髪が微かに揺れる。瞳が、淡く光を映す。
一条院美樹様。
侯爵家の次女。初等科2年生。
7歳とは思えない落ち着き。息を、呑む。
彼女が星座図鑑を差し出す。
「どうして……?」
声が、掠れた。
「一生懸命、星座の本を読んでるから」
彼女が近づく。
小さな足音。静寂に響く。
「気になって」
差し出された図鑑に、手が触れる。
偶然? いや——
彼女は俺の孤独に、共鳴したんだ。
「私、一条院美樹」
名乗る。
「君は上杉義之君でしょ?」
俺の名を、知ってる。
全身が、凍りついた。
「はい……1年生です」
やっと答える。
彼女が隣に座る。古い木の椅子が、ギシッと軋む。
俺より少し背が高い。優しく微笑む。
「星の図鑑、渋いね」
その一言。
胸が、じんわりと温かくなる。
「でも、素敵だよ」
瞳に、俺の孤独が映ってる。
見透かされてる?
「義之君」
呼ばれた。ドキッとする。
「君は……何か探してる気がする」
7歳とは思えない鋭さ。
息を、呑んだ。
「どうして分かるんですか?」
彼女が首を傾げる。
「分からない」
正直だ。
「でも、君を見てると」
瞳が、俺を捉える。
「何か大切なものを探してる気がして」
その日から——
彼女との時間が始まった。
***
ある日。
図書館。星座図鑑を手に、考え込む。
彼女が隣に座る。いつものように。
「何を考えてたの?」
「この世界が現実なのか」
呟く。
「時々わからなくなるんです」
彼女が目を細める。
「どうして?」
「なんていうか……」
言葉を探す。
「全部が夢みたいで」
彼女が微笑む。小さく。
そして——
「私ね、夢を見たの」
顔を上げる。
「君に何か返さなきゃいけない気がして」
は?
「でも、何かは分からないの」
彼女の瞳に、不思議な光。
「美樹様には何も貸してないけど……」
「分かってる」
彼女が俺の手を取った。
小さな手。7歳と6歳。
「でも、どうしても返さなきゃって感じるの」
温かい。
「変だよね」
「……」
「これが夢じゃないって、確かめてみよう」
戸惑う。でも——
手を、握り返す。
熱が流れ込む。
その瞬間——
頭の中で、何かが弾けた。
設計図が、ビカッと輝く。
雷が走ったみたい。五感が、震える。
『これだ!』
心が叫ぶ。
『俺のAIだ!』
未来が、目の前に広がる。
世界が、僅かに歪む。
星座図鑑の星々が、光を放つ。
前世の夢が、鮮明に——
AIのコード。脳裏に形を成す。
希望が、灯る。
でも、もっと不思議なのは——
美樹さんの表情。
安堵。
重い荷物を下ろしたような。ほっとした顔。
「これが夢だと思う?」
小さく呟く。
「現実だ」
俺が答える。
美樹が深く息を吐く。
「やっと……」
え?
「返せた」
意味が、分からない。
でも——
確かに何かが、俺の中に戻ってきた。
「何か大事なものが戻った気がする」
「うん」
彼女が頷く。
「私も……やっと何かを手放せた気がする」
自分でも理由が分からない顔。
でも、それでいい。
今はまだ——
図書館の静寂が、耳鳴りに変わる。
キーンと。
歯車が、静かに噛み合い直した
見えない糸が、引き直されたみたいに。
***
ある日。
校庭のベンチ。
彼女が立ち上がる。真っ直ぐ、俺を見る。
「ねぇ、義之君」
声が、いつもと違う。
「ずっと気になってたことがあるの」
「何?」
心臓が、ドクドクする。
「『美樹様』って呼ぶの、やめて」
は?
「友達でいたいから」
言葉を、失う。
「でも、一条院家の——」
「いいの」
遮られる。
「私たち、友達でしょ?」
7歳の瞳。真っ直ぐ。計算なんてない。
ただ純粋に——
「美樹さん」
言い直す。
彼女の顔が、ぱっと明るくなった。
花が咲いたみたい。
高嶺の花が、友達になった。
俺の人生が、変わった。
図書館での衝撃。
手を握った瞬間の熱。
それが俺を、この世界に繋ぎ止めた。
彼女がいなければ——
使命を見失ってた。きっと。
管理者の声が、まだ頭に響く。
「未来を創れ」
でも、今は——
美樹さんがいる。
小さな拳を、握る。
一緒に進む。その覚悟。
彼女の手が、俺を未来へ引き寄せた。
そして——
彼女自身も知らないまま。
大切な何かを。
俺に、返してくれたんだ。
※1 特異点:管理者が定める、世界線の分岐に影響を与える特別な存在。
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