表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/122

第36話 士官学校近代史の授業ノート

第34話 士官学校近代史の授業ノート

 近代史の教室。いつもより空気が重い。

 肺に入る空気が、妙に冷たく感じる。

 教官が教壇に立つ。チョークが黒板を叩く音で、背筋がピリッとする。

 『ロシア革命とその後』

 文字を見た瞬間、胃の奥がキュッと締まる。この話は――知ってる。知りすぎてる。

 

 隣で北園が欠伸を噛み殺してる。平和だな。

 俺はペンを握る。指先に汗が滲む。

***

 「ロマノフ王家が※1シベリアへ脱出した話を聞いたことがあるか」

 教官の問い。教室がざわめく。

 前の席の学生が手を挙げる。

 「教科書には処刑されたと」

 「それも事実だ。ただ、一部が脱出に成功した」

 

 喉の奥が渇く。唾を飲み込もうとして、失敗する。

 曽祖父の記録。転生者が関わった歴史の改変。でも、ここでは常識として――

 

 「日米の協力による※2シベリア出兵が、この脱出を支えた」

 ペンを走らせる。カリカリと音が響く。でも、手が震えてて、字が歪む。

 

 (転生者たちが、この歴史を作った)

 

 知ってる。でも言えない。

 舌が口の中で重くなる。秘密の重さで。

***

 「シベリア-ロシア帝国の成立は、資源開発が鍵だった」

 教官が地図を指す。赤い線が引かれてる。国境線。

 俺の知らない国境線。

 

 「へぇ、そんな国があったんだ」

 北園が素直に感心してる。

 俺は頷く。でも、頬が引きつってるのが分かる。

 

 「日本とアメリカがそんな形で協力していたなんて」

 前の席の女子学生が振り返る。目がキラキラしてる。

 「すごいよね」

 

 すごい? そうかもしれない。

 でも、俺の背中は冷や汗でシャツが張り付いてる。

 

 この「偶然」の裏で動いた人々。名前も残さず、ただ未来を変えるために――

 

 ペンを強く握る。指の関節が白くなる。

 (俺も、この歴史の一部になるのか)

***

 話題が※3樺太に移る。

 「※4樺太イスラエルの建国について、詳しく見ていこう」

 

 教室の空気が変わる。みんな身を乗り出す。

 俺だけが椅子に沈み込む。重力が倍になったみたいだ。

 

 「パレスチナでの建国が不可能だった理由は――」

 教官の声が遠くに聞こえる。

 

 前世の記憶。中東戦争。終わらない憎しみの連鎖。

 でも、この世界では――

 

 「※5オハ油田の開発が経済基盤となった」

 

 また石油。曽祖父が大慶油田を「発見」したように。

 偶然? まさか。

 

 手のひらがベタベタする。ハンカチで拭う。すぐまた湿る。

 

 「ユダヤ資本の投資規模について」

 黒板に数字が並ぶ。天文学的な額。

 

 「すげぇな」

 北園が呟く。

 「歴史って奥が深い」

 

 純粋な感心。羨ましい。

 何も知らないって、幸せかもしれない。

 

 俺の胸の奥で、何かがチクチクと痛む。

***

 ※6満州国の話。

 「日米が協力して建国を支えた」

 

 協力。また協力。

 この世界の日米関係は、前世とは真逆だ。

 

 「異文化間の摩擦はなかったんですか」

 質問が飛ぶ。

 

 「あった。でも最小限に抑える政策が――」

 

 理想的すぎる。

 でも、窓の外を見れば、その理想が現実になってる。

 

 平和な空。遠くで戦闘機の訓練音。

 喉の奥が、じんわりと熱くなる。

 

 この平和も、転生者たちが作ったもの。

 でも――

 

 (いつまで続く?)

 

 不安が胸を締め付ける。呼吸が浅くなる。

***

 「資源の安定供給が、極東の平和を支えた」

 教官がまとめる。

 

 資源。石油。天然ガス。

 それが戦争を防いだ。

 

 でも、転生者がいなくなったら?

 俺の世代で、この平和を維持できるのか?

 

 「歴史から学び、未来を築く視点を持とう」

 

 授業が終わる。

 みんなが席を立つ。ガタガタと椅子の音。

 

 俺も立つ。膝がガクッとする。慌てて机に手をつく。

 

 「どうした? 難しい顔して」

 北園が肩を叩く。温かい。

 

 「いや、考えさせられる授業だった」

 声が震えないように気をつける。

 

 「確かにな。でも面白かった」

 北園は笑って去っていく。

 

 俺は廊下に立ち尽くす。

 足が床に張り付いたみたいだ。

***

 転生者たちが作った歴史。

 その重みが、肩にのしかかる。物理的に重い。

 

 俺も転生者。

 でも、先人たちのような大きなことができるのか?

 

 ……いや、やらなきゃいけない。

 この平和を、次の世代に繋ぐために。

 

 でも――

 

 歴史を変える権利なんて、誰にあるんだ?

 

 頭がズキズキする。こめかみを押さえる。

 

 答えは出ない。

 きっと、永遠に出ない。

 

 深呼吸。空気が肺に入らない。

 もう一度。今度は少し入った。

 

 完全に一人じゃない。

 美樹さんなら、いつか話せる日が来るかもしれない。

 

 全てじゃなくても、この重さの一部くらいは。

 

 その希望で、足が少し軽くなる。

 一歩、また一歩。

 

 次の教室へ向かう。

 歴史の授業は終わった。

 でも、俺の中では始まったばかりだ。

 

 廊下の窓から差し込む光が、やけに眩しい。

 目を細める。

 

 それでも、前を向いて歩く。

***

※1 シベリア:ロシアのウラル山脈以東の広大な地域

※2 シベリア出兵:1918年から始まった日本・アメリカなど連合国によるロシア内戦への軍事介入

※3 樺太:サハリン島の日本名。日本とロシアの間で領有権が争われた島

※4 樺太イスラエル:この世界線で建国されたユダヤ人国家(史実には存在しない)

※5 オハ油田:樺太北部の油田(この世界線での設定)

※6 満州国:1932年から1945年まで存在した、中国東北部の国家

------------------------------------------------------------

この作品を応援してくださる皆様へお願いがあります。

なろうでは「ブックマーク」と「評価ポイント」が多いほど、多くの読者に届きやすくなります。

「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ ブックマーク&★評価 を押していただけると、今後の更新の励みになります!


感想も大歓迎です! 一言でもいただけると、モチベーションが爆上がりします!


次回もお楽しみに! ブックマークもしていただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ