第34話 バレンタイン狂騒曲
2月14日、バレンタインデー。
士官学校で過ごす初めてのバレンタインだ。
男女比9:1。関係ないと思ってた。大間違いだった。
朝の訓練を終えて食堂へ。息が白い。雪がまだ残ってる。
いつもと何か違う。女子生徒たちがそわそわしてる。
「チョコ、ちゃんと渡した?」
「このタイミングで大丈夫かな」
聞こえてくる会話。普段とは違う種類の緊張感。
期待? してない。美樹さんたちから少しもらえれば十分──そう思ってた。
***
食堂のドアを開ける。
固まった。
テーブルの上。チョコが──山になってる。
40個以上。誰が数えたんだ。赤い包装紙。金のリボン。手作りっぽいのも、明らかに高級店のも。
「これ、どうするんだよ…」
呟く。声が震えてる。
周りの視線が痛い。男子たちの嫉妬と羨望。女子たちの無言の圧力。
逃げたい。でも逃げられない。
「ちょっと」
美樹さんの声。背筋が凍る。
振り返ると──4人全員いる。
逃げ場なし。
「これどういうことなの?」
美樹さんが眉をひそめる。明らかに不機嫌。隣で沙織さんが腕を組んでる。怖い。
「いや、なんというか…俺だってこんなことになるなんて」
弁解にもなってない。
千鶴さんがため息。
「義之君、これ全部食べられるわけ?」
冷静な声が胸に刺さる。
真奈美さんが箱を手に取る。
「中には佐藤先輩からのもあるのね。マドンナ的存在の」
茶目っ気たっぷり。でも目が笑ってない。
「だからなんでそんな人たちからまで…!」
美樹さんの声が荒くなる。
返答に詰まる。頭を抱える。どうしよう。
沙織さんが咳払い。
「これはホワイトデーではお返しだけじゃ足りないわね」
冷静な声。でも圧がすごい。
「義之君がこれだけたくさんのチョコをもらったのは、みんながそれだけ期待してるってことよ」
そうなの? そうなのか?
「でもね。私たちへの日頃の感謝の気持ちを形にして返すべきだと思うの」
来た。要求が来た。
「みんなの気持ちを汲んで、外出してランチを奢ってもらうことで手を打ちましょう」
「賛成!」
千鶴さんと真奈美さんが即座に同意。早い。早すぎる。
美樹さんも「仕方ないわね」と承諾。
手打ち成立。財布が軽くなる音が聞こえた気がする。
***
女子たちが去った後。
チョコの山を前に途方に暮れる。
「これ、全部持って帰るのか…?」
諦めの境地。
男子たちがひそひそ話。
「上杉、まるでバレンタインの王様じゃないか?」
「いや、むしろ犠牲者だろ。全部抱えて歩く姿が目に浮かぶぜ」
笑い声。温かい嘲笑。
深い溜息。
「これ、絶対ホワイトデーの倍返しじゃ済まないよな…」
40個の倍返し。破産する。
でも──悪くない。
仲間たちの笑い声。女子たちの怒った顔も、どこか嬉しそうだった。
これが士官学校のバレンタイン。
来年は──いや、考えるのはやめよう。
とりあえず、このチョコの山をどう運ぶか。
それが今の最大の問題だ。




