閑話 玲奈視点:兄の背中を追って
学習院中等部に入学した。
最初は──普通の新入生のつもりだった。
でも、違った。
数学の授業。また私だけ解けてる。
「玲奈さん、すごいね!」
褒められる。でも──胃がきゅっと縮む。
視線が変わる。いつもの。
肌がチリチリする。背中に冷たいものが走る。
「上杉家の子」って目。お兄様の妹って目。
肩が内側に丸まる。……疲れる。息が浅くなる。
「玲奈さん、この問題、また一人だけ解けてるじゃない!」
数学の授業で褒められるたび、周囲からの視線が変わるのを感じた。首筋が熱くなる。
「お兄様みたいにすごいって思われているのかも」
声が上ずる。
お兄様みたい──
その言葉、何回聞いた?
嬉しい。胸が温かくなる。誇らしい。背筋が伸びる。でも──
私は私じゃないの? 喉が詰まる。
……ダメ。そんなこと考えちゃ。頭を振る。
お兄様は悪くない。憧れてるのは本当。
でも、時々──息ができない。肋骨が内側から押される感じ。
放課後、私は図書館で静かに勉強するのが好きだった。本の匂いが落ち着く。学びながら、心の中にはいつもお兄様の姿があった。
「お兄様はもっとすごいことをしているのよね」
その日も数学の課題を解きながら、ふと兄の顔が浮かんだ。ペンを握る手が止まる。AI技術への情熱も、すべてが眩しいほど輝いている。
私がいくら頑張ってテストで100点でも「またか」って目で見られて…肩が重くなる。
だから私は、時折お兄様に手紙を書いた。
「お兄様へ
今日、数学で100点とりました。
でも、みんな「またか」って顔してた。
お兄様はどうしてるかな。
士官学校、大変? 会いたいな。
あ、でも頑張ってます!
お兄様みたいになりたいから。
……お兄様みたい、じゃなくて、私らしくもなりたいけど。
変なこと書いちゃった。
玲奈より」
手紙を書き終えて、ため息が漏れる。胸の奥がもやもやする。
私は周囲の期待が重く感じられるようになった。
「玲奈ちゃんって、何でもできるよね」
その言葉が聞こえるたび、背中に重りが乗るみたい。時にはプレッシャーに感じられることもあった。息が詰まる。そんな時、私はお兄様に相談した。
「玲奈、俺も昔は迷ったよ」
お兄様も? 目が大きくなる。完璧に見えるのに。
「自分のためでいいんだよ。他人の期待に応えることだけが全てじゃない」
自分のため──
それって、何? 分からない。眉間に皺が寄る。
でも、お兄様がそう言うなら。
少し、楽になった。肩の力が抜ける。
夕食の席。
お兄様が話し始めた。国防総省。偉い人たち。
すごい──心臓が跳ねる。
でも、遠い。お兄様が遠くなってく気がする。胸がちくりとする。
士官学校。
軍人。リーダー。責任。
難しい言葉ばかり。頭がくらくらする。でも──
「私も行きたい!」
言っちゃった。心臓が口から飛び出しそう。
頬が熱い。手が震える。でも──言えた。
お兄様、笑ってる。本気にしてない。胃が沈む。
……本当なのに。唇を噛む。
次の日、学校の図書室で士官学校について調べ始めた。
分厚い本を開く。手が震える。そこに書かれていたのは、厳しい訓練と高い学力が求められること、そして卒業生がいかに大きな責務を背負って社会に貢献しているかという事実だった。
「私にできるのかな……」
呟くと、喉が締まる。正直、不安はあった。お腹の底が冷たい。だけど、兄の姿を思い浮かべると、その不安よりも強い気持ちが心に広がった。胸の奥が熱くなる。
「お兄様と同じ場所で学びたい」
その思いが、日に日に大きくなっていった。鼓動が早まる。
***
数日後、私は兄の部屋を訪れた。ドアをノックする手が震える。デスクに向かって何かを書いているお兄様は、いつも通りの冷静で真剣な表情をしていた。
「お兄様、少しお話してもいいですか?」
私の声に、兄は顔を上げ、柔らかく頷いた。その笑顔で、少し息ができた。
「どうした、玲奈?」
その一言が、私の不安を少しだけ和らげてくれた。でも、まだ心臓はドクドクしてる。
「私……士官学校に行きたいです」
……声が震えてる。舌が上手く回らない。分かってるのに、止まらない。
お兄様が顔を上げた。驚いてる。瞬きが増えた。
「士官学校に?」
「はい。お兄様と同じ場所で学びたいんです。でも、私なんかで大丈夫でしょうか……?」
言いながら思う。頭がぐるぐるする。
本当にそれだけ? お兄様と一緒にいたいだけ?
違う。でも──何が違う? 胸が締め付けられる。
弱音。情けない。目頭が熱くなる。
その言葉に、兄は少しだけ考えるような仕草を見せた後、ゆっくりと言った。
「玲奈、君ならできるよ。ただし、士官学校は厳しい場所だ。行きたいという気持ちだけじゃなく、その先で何を目指すのかを考えなければならない」
図書室で調べる。士官学校。
厳しい訓練。高い学力。責務。
怖い。背筋が凍る。
でも──お兄様もこれを? 胸が熱くなる。
家に帰って、写真を見る。
曽祖父。お父様。お兄様。
みんな、この家を守ってきた。
私は?
守られるだけ? それとも──
分からない。でも、守られるだけは嫌。拳を握る。
お兄様の隣に立ちたい。背筋がピンと伸びる。
それが、私の中で出た結論だった。兄に相談してから数日後、私はもう一度彼の部屋を訪れた。今度は足取りがしっかりしてる。
「お兄様、私、士官学校に行きたい理由が見つかりました」
声が震えない。やっと。
兄は微笑みながら「聞かせて」と言った。
「私は、お兄様と一緒にこの家を守りたいです。曽祖父や父が築いてきたものを未来に繋ぐために、私も力をつけたいと思いました」
言い切った。胸を張る。でも手は汗ばんでる。
その言葉に、兄は静かに頷いた。
「いい答えだと思う。だけど、これからたくさん勉強しなきゃいけないよ」
その言葉に、私は力強く「はい!」と答えた。声が弾む。
背中じゃなく、隣に立つ――そのために私は飛ぶ
でも──追いつける? 不安が胸を刺す。
お兄様みたいになれる? 喉が詰まる。
いや、お兄様みたいじゃなくて。
私らしく。でも、私らしいって何? こめかみがズキズキする。
分からない。
でも、行ってみないと分からない。深く息を吸う。
この絆を力に──
絆? それとも呪縛? 背中がゾクッとする。
……考えすぎ。頭を振る。
とにかく、頑張る。
お兄様と一緒に、未来を守るために。
それでいい。今は。腹に力を入れる。
家族の中でも兄と同じ道を目指すと知った母と父は、最初は驚いていたけれど、やがて応援してくれるようになった。
「玲奈、夢に向かって頑張りなさい」
父の言葉に、私は強く頷いた。鼻の奥がつんとする。
でも、本当は──まだ怖い。夜、布団の中で震える。
お兄様の隣に立てるか、分からない。
それでも、行く。奥歯を噛みしめる。
試してみなきゃ、分からないから。
……お兄様、待ってて。
心の中で呟いて、目を閉じた。
ネットコン13挑戦中。締め切りは7/23 23:59まで。
最後まで全力で駆け抜けます。
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