第27話 北園との絆の芽生え
8K遠泳訓練が終わり、校内は少し落ち着きを取り戻していた。
あの過酷な訓練を経て、同期たちの間に連帯感が生まれ、俺と北園の関係もその例外ではなかった。
自習室やコンビニで顔を合わせるたび、自然な会話が増えていた。
ある日、俺が自習室でノートに目を落としていると、北園が隣に座った。椅子が軋む。
「お前、昨日の復習もうやってるのか?」
北園が静かに話しかけてくる。息がかかるほど近い。
「まあな」
後で楽になるから──なんて言えない。舌が上顎に張り付く。
前世でも同じだった。要領よくやるだけ。
「真面目だな」
皮肉? いや、違う。素直な感想か。肩の力が抜ける。
別の日、コンビニで飲み物を選んでいると、北園が後ろから声をかけてきた。
「またお前かよ」
冗談めかした口調。敵意はない。心臓が軽く跳ねる。
「お前こそ、またここか」
「まあな」
北園が笑った。目尻に皺ができる。
こうして普通に話せる日が来るとは。胸の奥が温かくなる。
互いに顔を合わせる機会が増えると自然と会話も増えてきた。
意外と相性はいいのかもしれない。
その日の夕方、自習室で課題に取り組んでいると、北園が入ってきた。
「お前もここか」
少し離れた席に座る。他に誰もいない。空気が重い。
しばらくして、北園が話しかけてきた。ペンを置く音。
「なあ、上杉。お前、名家の出だよな。優秀ならどこの大学だって行けたろ。何で士官学校なんだ?」
北園の真剣な目。
視線の重さで、背筋がピンと伸びる。喉が乾いた。
「秘密にしてもらえるか?」
声が掠れる。北園が頷く。身を乗り出してくる。
「実は俺、AI技術者なんだ。国防総省の依頼で、軍用AIを進めるためにここにいる」
本当のことだ。でも──全部じゃない。胃がキュッと縮む。
転生者として持つ知識。それが評価された理由。
それは言えない。掌に汗が滲む。
「……は?」
北園が固まる。口がポカンと開く。当然だ。
俺の胃がキュッと縮んだ。言い過ぎたか。
「高校生で? マジかよ」
声が震えてる。
「まあ、特殊な事情があって」
特殊。それ以上は言えない。舌が乾く。
「だから、ここにいる理由は少し特殊だよ」
俺は笑って続けた。頬が引きつる。
北園の目に、何かが宿った。瞳孔が開く。驚き? それとも──
***
翌日の朝、士官学校の戦技シミュレーター訓練が始まった。
遠泳訓練の疲れが残る中、同期たちはコックピット型のシミュレーターに乗り込む。
教官の声が響く。
「本日の訓練は一対一のドッグファイトだ。勝率で評価する。開始!」
シミュレーター起動。
操縦桿を握る。掌がじっとりと湿る。
AI技術者として、このシステムの仕組みは分かる。
でも──なんでこんなに上手く操縦できる? 背中に冷や汗が流れる。
前世の記憶? それとも今世での訓練?
境界が曖昧だ。こめかみがズキズキする。
最初の相手。冷静に動きを予測。
模擬ミサイル回避。心臓がドクドクと鳴る。ロックオン。撃墜。
次々と相手が変わる。勝ちを重ねる。
10戦目が終わり、教官が結果を発表した。
「上杉義之、10戦8勝、勝率80%。優秀だ」
80%。
AI解析の予測値は75%だった。上回ってる。
なぜ? 前世の経験が──いや、考えるな。喉が詰まる。
今は、AI技術者としての分析力。
それだけのはずだ。そう思いたい。奥歯を噛みしめる。
その時、北園が隣のシミュレーターから降りてきた。
勝率は6割程度らしい。少し不満げな顔。眉間に皺が寄ってる。
「お前、昨日AI技術者とか言ってたけど、戦闘もできるのかよ」
北園の目。疑いと──羨望? 視線が突き刺さる。
「訓練の一環だよ。実戦データが必要だから」
嘘じゃない。でも、それだけじゃない。腹の底が冷たくなる。
「ふーん。エリートは違うな」
皮肉? いや──口角が上がってる。
「なら、俺と勝負してみねえか?」
挑戦的な笑み。純粋だ。目が輝いてる。
「いいぜ。教官の許可が下りればな」
つられて笑う。胸が高鳴る。
教官が興味を示し、特別に許可を出した。
シミュレーター再起動。俺と北園が仮想空間で対峙する。
北園との模擬戦。
彼の動きをAIが解析する。予測軌道が見える。
でも──
北園の必死さ。それは数値化できない。手に汗が滲む。
「負けねえぞ、上杉!」
その声に、何かが響く。鼓膜が震える。
北園が猛スピードで突っ込んでくる。
模擬ミサイル。回避。旋回。
操縦桿を握る手に力が入る。指の関節が白くなる。
荒々しいけど鋭い動き。遠泳での粘り強さがそのまま出てる。
「やるじゃねえか!」
声が上ずる。
「当たり前だ!」
火花が散るような応酬。
敵の背後を取る。ロックオン。
ミサイル命中。北園の機体が爆発表示。
勝った。当然だ。データ上は。
でも、なんだろう。この感覚。胸の奥が軋む。
罪悪感? 違う。もっと──
シミュレーターから降りる。足が少し震えてる。
北園が息を切らして近づいてきた。
「くそっ、負けたか……でも、お前すげえな」
汗だくの顔。髪が額に張り付いてる。悔しさと──尊敬?
「俺の勝率は80%だ」
なんで自慢してる? マウント? 舌を噛みそうになる。
「お前だって悪くなかった」
上から目線。最低だ、俺。首筋が熱くなる。
でも北園は──
「80%かよ。なら、次はお前を抜いてやる」
目が輝いてる。純粋だ。拳を握ってる。
その言葉に、少し驚いた。瞬きが増える。
彼の目に燃えるライバル心。
「お前がAIで未来を変えるなら、俺は操縦士としてお前を超える」
未来を変える。
大層な話だ。俺はただ──
前世の知識を使ってるだけ。喉の奥が苦い。
でも北園は信じてる。
AI技術者としての俺を。転生者じゃない俺を。
それが──嬉しい。同時に苦しい。
胸の奥が熱くなる。同時に、胃が捻じれる。
「士官学校でお前と競い合って、自分の道を見つけるぜ」
北園が拳を差し出す。
「いいね。お前がいて俺も強くなれるよ」
本当か? 分からない。でも──
でも、そう言うしかない。鼻の奥がつんとする。
拳を合わせる。北園の拳は温かい。
「名家だろうが何だろうが、お前といると気楽だ」
北園が笑って呟いた。歯が見える。
俺も内心で感じていた。肩の力が抜ける。
こいつとなら──何か違うものが作れるかもしれない。
昼休み、食堂。
「次はお前を負かすからな、上杉」
北園が隣に座る。当たり前みたいに。トレイがガタンと音を立てる。
「楽しみにしとくよ」
返しながら思う。頬が緩む。
いつの間に、こんな関係に?
敵だったはず。今は──何だ?
ライバル? 友達?
分からない。でも──
でも、悪くない。この感じ。心臓が温かい。
前世にはなかった。
純粋な競争相手。対等な──いや、対等じゃない。
俺には秘密がある。転生者という秘密が。胸がチクリとする。
でも、今は──
北園が飯をかき込む姿を見て、少し笑った。箸の音が響く。
これでいい。今は。
……いや、これがいい。腹の底から、そう思った。
ネットコン13挑戦中。締め切りは7/23 23:59まで。
最後まで全力で駆け抜けます。
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