第26話 遠泳訓練と北園の奮闘
訓練の朝、士官学校のプールサイドに冷たい風が吹き抜けた。
遠泳訓練。8キロ。
同期たちが緊張した表情で立ち尽くす。水面に映る陽光が目を刺す。瞬きが増える。
「こんな距離、マジで泳げるのかよ……」
誰かの呟き。不安の声が重なる。俺の胃も締め付けられる。
指導教官の視線は揺るがない。鋭い。背筋が勝手に伸びる。
8キロ。
中等部からPMCに鍛えられて──10キロ泳いだことがある。
でも、みんなは知らない。華族の特別訓練なんて。喉の奥が苦い。
泳げる。俺は知ってる。でも──
この経験、ずるいよな。生まれた時から恵まれて。肩が内側に丸まる。
「お前、余裕そうだな、上杉」
同期の一人。軽い嫉妬を滲ませて。
「そんなことない。俺だって必死だよ」
嘘じゃない。でも、全部じゃない。舌が上顎に張り付く。
教官の合図。全員がプールへ。
水しぶきが顔に当たる。冷たい。心臓が縮む。
緊張で喉が詰まる。訓練開始。
全長8キロを模擬。往復を繰り返す。
最初の数キロは順調。塩素の匂いが鼻を刺す。でも──
北園の泳ぎが乱れた。
水を激しくかき回してる。腕の動きがバラバラだ。疲れ? 違う──
北園の体が沈みかけた。顔が水面下に。
まずい──心臓が跳ね上がる。
いや、待て。助けるべきか? これも競争の一部?
……何考えてんだ、俺。奥歯を噛みしめる。
体が勝手に動いた。北園へ向かう。水を掻き分ける。
PMCの訓練が──いや、違う。
ただ、見過ごせなかった。胸が熱くなる。
「北園! 落ち着け!」
声を張り上げる。喉が痛い。彼の体を支える。
水中で暴れる北園。パニックだ。腕に爪が食い込む。
腕を掴んでプールサイドへ。筋肉が悲鳴を上げる。
「大丈夫か?」
息が荒い。心臓がバクバクする。
「……別に、大丈夫だ」
嘘だ。震えてる。唇が青い。悔しさ? 恥? それとも──
「助けなくてよかった」
北園が呟く。声が掠れてる。本音か。
「でも……ありがとう」
小さい声。聞こえないふりをした。耳が熱くなる。
「足攣ったのか?」
北園は黙って頷く。顔を伏せた。肩が震えてる。
普段の自信──どこにもない。
「無理しすぎたんだ。こういう時は浮いて呼吸を整えろ」
偉そうに言った。PMCで習ったことを。
……PMCで習ったことだ。でも、またずるいな
プールサイドに上がった北園。
同期たちの視線を避けて座り込む。背中が小さい。
「上杉、北園をよく支えた。チームワークも評価の対象だ」
教官の言葉。頷く。でも──
北園の背中が小さく見えた。胸がチクリとした。
***
1週間後、東京湾の走水海岸。
波が穏やかに輝く。猿島が遠くに見える。
本番の海。塩の匂いが鼻を突く。
「走水海岸から猿島方面へ。4つのブイを回り、全長8キロ。制限時間6時間だ」
海流の険しさ。みんな息を飲む。喉がカラカラになる。
泳力別のチーム。俺と北園は同じ班。
走水海岸。東京湾。
PMCの訓練でも来た。でも──あの時は護衛付きだった。
今は? 同期と一緒。対等なはず。でも──腹の底が冷たい。
「上杉、また頼む」
北園の声。目が真剣だ。
頼むって──俺は何様だ? ただの恵まれた奴なのに。唾を飲み込む。苦い。
「もちろんだ。お互いカバーし合おう」
手を差し伸べる。北園の目に決意。1週間前とは違う。握手。掌が温かい。
遠泳開始。冷たい海水が肌を刺す。
平泳ぎでリズムを刻む。波の抵抗──プールとは違う。肺が締め付けられる。
最初の2キロは順調。
北園も安定した泳ぎ。でも──塩水が口に入る。苦い。目が痛い。
猿島が近づく。海流が強くなる。
同期たちの動きが乱れ始めた。腕が重くなってきた。
「大丈夫か? ペース保て!」
声が枯れてきた。喉が焼ける。
北園が顔を上げる。息が荒い。
「あっちで遅れてるやつがいる。どうする?」
「教官がフォローするだろうけど、俺たちも気を付けて進もう」
中盤、ブイを回る頃。
疲労が広がる。足が鉛のようだ。一人がリズムを崩した。沈みかける。
「まずい!」
心臓が跳ねる。近づく。仲間を後ろから支える。
北園も寄ってきた。顔が青白い。
「お前、大丈夫か?」
「足が……攣って……」
「無理するな。浮いて呼吸を整えろ」
また偉そうに。でも、他に言葉がない。舌が痺れてる。
北園が声を張り上げた。
「ここまで来たんだ、最後までやろう!」
士気が上がる。全員が再び泳ぎ始めた。背中が熱くなる。
昼食時、ボートから乾パンと水。
短い休憩。顎が震える。また海へ。
「まだ半分か……」
北園の呟き。声に疲れが滲む。
「ペースを守ればいける。お前なら大丈夫だ」
背中を叩く。手が震えてる。なんで俺が励ましてる?
「なぁ、いつもお前と一緒にいる3人組の女子は大丈夫なのか?」
北園が急に。耳まで赤い。
「なんだ、興味があるのか」
「馬鹿! ちげーよ」
顔が赤い。海水のせいじゃない。首筋まで赤い。
「あの3人は──」
PMCの訓練、みんな受けてる。俺と同じ。喉が詰まる。
「強いから大丈夫」
「そんなに強いのかよ」
特に美樹さんは、と言いかけてやめた。口の中が苦い。
最後の1キロ。波が強い。体が上下に揺れる。
北園が──また? 顔が沈む。
手を伸ばす。でも──
俺の足も。攣りそう。ふくらはぎが痙攣する。
皮肉だ。助けに行って、共倒れ?
PMCの訓練も役に立たない。海は──平等だ。冷や汗が海水に混じる。
「落ちるなよ!」
誰に言ってる? 北園に? 自分に? 声が震える。
「くそっ……!」
二人で息を合わせる。最後の力を振り絞る。
波をかき分ける。腕が千切れそうだ。肺が焼ける。
ゴール。走水海岸。
全員が海から上がる。座り込む。膝が震えて立てない。
全身が鉛のように重い。筋肉が痙攣しそうだ。
でも──胸の奥が熱い。鼻の奥がつんとする。充実感か。
「よくやったな、北園」
肩を叩く。手に力が入らない。
「お前がいなきゃ溺れてたぜ。礼を言うよ」
北園が笑った。歯がガチガチ鳴ってる。
同期から拍手。教官も頷く。
「上杉、よくチームをまとめたな。士官に必要な資質だ」
夜、中庭。俺と北園。夕焼けを見てる。
筋肉痛で体中が痛い。でも心地いい。
「上杉、改めて礼を言うよ」
声がまだ枯れてる。
「大したことじゃない。お前がやり遂げただけだ」
北園が空を見上げる。目が潤んでる。
「最初はお前が嫌いだった」
正直だ。胸がズキンとする。
「名家の跡取り。何でもできる。ムカついた」
「でも──」
北園が言葉を探す。喉仏が上下する。
「お前も必死なんだな。なんでか知らないけど」
なんでか。
言えない。生まれた時から恵まれてるなんて。それでも必死な理由なんて。舌が乾く。
「俺だってまだまだだ」
本音だ。恵まれてても、溺れそうになる。喉の奥が熱い。
「そう言ってもらえるのは嬉しいよ」
「次はお前みたいに誰かを助けるぜ」
北園が笑う。俺も微笑んだ。頬が痛い。日焼けか。
プール訓練で北園を支えた。
海での本番で、彼は成長した。
「俺たち、これからもっと強くなるぜ」
北園の言葉。拳を握る。
強くなる。
でも俺は──すでに強くなる環境を与えられてた。
PMCの訓練。華族の特権。胃がキュッと縮む。
北園の方が──本物だ。
ゼロから這い上がってる。瞼が熱くなる。
こいつ、強いな。
俺も負けてられない──なんて言える立場か? 奥歯を噛む。
でも、言うしかない。
それが今の俺の──役割だから。背筋が震える。
……いや、役割じゃない。俺の選択だ。腹に力を入れる。
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