表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/122

第26話 遠泳訓練と北園の奮闘

 訓練の朝、士官学校のプールサイドに冷たい風が吹き抜けた。

 遠泳訓練。8キロ。

 同期たちが緊張した表情で立ち尽くす。水面に映る陽光が目を刺す。瞬きが増える。

 

「こんな距離、マジで泳げるのかよ……」

 

 誰かの呟き。不安の声が重なる。俺の胃も締め付けられる。

 指導教官の視線は揺るがない。鋭い。背筋が勝手に伸びる。

 

 8キロ。

 中等部からPMCに鍛えられて──10キロ泳いだことがある。

 でも、みんなは知らない。華族の特別訓練なんて。喉の奥が苦い。

 

 泳げる。俺は知ってる。でも──

 この経験、ずるいよな。生まれた時から恵まれて。肩が内側に丸まる。

 

「お前、余裕そうだな、上杉」

 同期の一人。軽い嫉妬を滲ませて。

「そんなことない。俺だって必死だよ」

 嘘じゃない。でも、全部じゃない。舌が上顎に張り付く。

 

 教官の合図。全員がプールへ。

 水しぶきが顔に当たる。冷たい。心臓が縮む。

 緊張で喉が詰まる。訓練開始。

 

 全長8キロを模擬。往復を繰り返す。

 最初の数キロは順調。塩素の匂いが鼻を刺す。でも──

 

 北園の泳ぎが乱れた。

 水を激しくかき回してる。腕の動きがバラバラだ。疲れ? 違う──

 

 北園の体が沈みかけた。顔が水面下に。

 

 まずい──心臓が跳ね上がる。

 いや、待て。助けるべきか? これも競争の一部?

 ……何考えてんだ、俺。奥歯を噛みしめる。

 

 体が勝手に動いた。北園へ向かう。水を掻き分ける。

 PMCの訓練が──いや、違う。

 ただ、見過ごせなかった。胸が熱くなる。

 

「北園! 落ち着け!」

 声を張り上げる。喉が痛い。彼の体を支える。

 水中で暴れる北園。パニックだ。腕に爪が食い込む。

 腕を掴んでプールサイドへ。筋肉が悲鳴を上げる。

 

「大丈夫か?」

 息が荒い。心臓がバクバクする。

「……別に、大丈夫だ」

 嘘だ。震えてる。唇が青い。悔しさ? 恥? それとも──

 

「助けなくてよかった」

 北園が呟く。声が掠れてる。本音か。

「でも……ありがとう」

 小さい声。聞こえないふりをした。耳が熱くなる。

 

「足攣ったのか?」

 北園は黙って頷く。顔を伏せた。肩が震えてる。

 普段の自信──どこにもない。

 

「無理しすぎたんだ。こういう時は浮いて呼吸を整えろ」

 偉そうに言った。PMCで習ったことを。

 ……PMCで習ったことだ。でも、またずるいな

 

 プールサイドに上がった北園。

 同期たちの視線を避けて座り込む。背中が小さい。

 

「上杉、北園をよく支えた。チームワークも評価の対象だ」

 教官の言葉。頷く。でも──

 北園の背中が小さく見えた。胸がチクリとした。

***

 1週間後、東京湾の走水海岸。

 波が穏やかに輝く。猿島が遠くに見える。

 本番の海。塩の匂いが鼻を突く。

 

「走水海岸から猿島方面へ。4つのブイを回り、全長8キロ。制限時間6時間だ」

 

 海流の険しさ。みんな息を飲む。喉がカラカラになる。

 泳力別のチーム。俺と北園は同じ班。

 

 走水海岸。東京湾。

 PMCの訓練でも来た。でも──あの時は護衛付きだった。

 今は? 同期と一緒。対等なはず。でも──腹の底が冷たい。

 

「上杉、また頼む」

 北園の声。目が真剣だ。

 頼むって──俺は何様だ? ただの恵まれた奴なのに。唾を飲み込む。苦い。

 

「もちろんだ。お互いカバーし合おう」

 手を差し伸べる。北園の目に決意。1週間前とは違う。握手。掌が温かい。

 

 遠泳開始。冷たい海水が肌を刺す。

 平泳ぎでリズムを刻む。波の抵抗──プールとは違う。肺が締め付けられる。

 

 最初の2キロは順調。

 北園も安定した泳ぎ。でも──塩水が口に入る。苦い。目が痛い。

 

 猿島が近づく。海流が強くなる。

 同期たちの動きが乱れ始めた。腕が重くなってきた。

 

「大丈夫か? ペース保て!」

 声が枯れてきた。喉が焼ける。

 北園が顔を上げる。息が荒い。

「あっちで遅れてるやつがいる。どうする?」

「教官がフォローするだろうけど、俺たちも気を付けて進もう」

 

 中盤、ブイを回る頃。

 疲労が広がる。足が鉛のようだ。一人がリズムを崩した。沈みかける。

 

「まずい!」

 心臓が跳ねる。近づく。仲間を後ろから支える。

 北園も寄ってきた。顔が青白い。

「お前、大丈夫か?」

「足が……攣って……」

 

「無理するな。浮いて呼吸を整えろ」

 また偉そうに。でも、他に言葉がない。舌が痺れてる。

 

 北園が声を張り上げた。

「ここまで来たんだ、最後までやろう!」

 士気が上がる。全員が再び泳ぎ始めた。背中が熱くなる。

 

 昼食時、ボートから乾パンと水。

 短い休憩。顎が震える。また海へ。

 

「まだ半分か……」

 北園の呟き。声に疲れが滲む。

「ペースを守ればいける。お前なら大丈夫だ」

 背中を叩く。手が震えてる。なんで俺が励ましてる?

 

「なぁ、いつもお前と一緒にいる3人組の女子は大丈夫なのか?」

 北園が急に。耳まで赤い。

「なんだ、興味があるのか」

「馬鹿! ちげーよ」

 顔が赤い。海水のせいじゃない。首筋まで赤い。

 

「あの3人は──」

 PMCの訓練、みんな受けてる。俺と同じ。喉が詰まる。

「強いから大丈夫」

「そんなに強いのかよ」

 特に美樹さんは、と言いかけてやめた。口の中が苦い。

 

 最後の1キロ。波が強い。体が上下に揺れる。

 北園が──また? 顔が沈む。

 

 手を伸ばす。でも──

 俺の足も。攣りそう。ふくらはぎが痙攣する。

 

 皮肉だ。助けに行って、共倒れ?

 PMCの訓練も役に立たない。海は──平等だ。冷や汗が海水に混じる。

 

「落ちるなよ!」

 誰に言ってる? 北園に? 自分に? 声が震える。

 

「くそっ……!」

 

 二人で息を合わせる。最後の力を振り絞る。

 波をかき分ける。腕が千切れそうだ。肺が焼ける。

 

 ゴール。走水海岸。

 全員が海から上がる。座り込む。膝が震えて立てない。

 全身が鉛のように重い。筋肉が痙攣しそうだ。

 でも──胸の奥が熱い。鼻の奥がつんとする。充実感か。

 

「よくやったな、北園」

 肩を叩く。手に力が入らない。

「お前がいなきゃ溺れてたぜ。礼を言うよ」

 北園が笑った。歯がガチガチ鳴ってる。

 

 同期から拍手。教官も頷く。

「上杉、よくチームをまとめたな。士官に必要な資質だ」

 

 夜、中庭。俺と北園。夕焼けを見てる。

 筋肉痛で体中が痛い。でも心地いい。

 

「上杉、改めて礼を言うよ」

 声がまだ枯れてる。

「大したことじゃない。お前がやり遂げただけだ」

 

 北園が空を見上げる。目が潤んでる。

「最初はお前が嫌いだった」

 正直だ。胸がズキンとする。

「名家の跡取り。何でもできる。ムカついた」

 

「でも──」

 北園が言葉を探す。喉仏が上下する。

「お前も必死なんだな。なんでか知らないけど」

 

 なんでか。

 言えない。生まれた時から恵まれてるなんて。それでも必死な理由なんて。舌が乾く。

 

「俺だってまだまだだ」

 本音だ。恵まれてても、溺れそうになる。喉の奥が熱い。

 

「そう言ってもらえるのは嬉しいよ」

「次はお前みたいに誰かを助けるぜ」

 

 北園が笑う。俺も微笑んだ。頬が痛い。日焼けか。

 

 プール訓練で北園を支えた。

 海での本番で、彼は成長した。

 

「俺たち、これからもっと強くなるぜ」

 北園の言葉。拳を握る。

 

 強くなる。

 でも俺は──すでに強くなる環境を与えられてた。

 PMCの訓練。華族の特権。胃がキュッと縮む。

 

 北園の方が──本物だ。

 ゼロから這い上がってる。瞼が熱くなる。

 

 こいつ、強いな。

 俺も負けてられない──なんて言える立場か? 奥歯を噛む。

 

 でも、言うしかない。

 それが今の俺の──役割だから。背筋が震える。

 

 ……いや、役割じゃない。俺の選択だ。腹に力を入れる。

------------------------------------------------------------

この作品を応援してくださる皆様へお願いがあります。

なろうでは「ブックマーク」と「評価ポイント」が多いほど、多くの読者に届きやすくなります。

「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ ブックマーク&★評価 を押していただけると、今後の更新の励みになります!


感想も大歓迎です! 一言でもいただけると、モチベーションが爆上がりします!


カクヨム版も連載中!

カクヨムでは先行投稿していますが、話の順序が若干異なり、なろう版が正式な順序 になります。

興味がある方は、以下のタイトルで検索してみてください!

「転生者の曾孫、華族制度が続く日本でAI革命を起こす!」


次回もお楽しみに! ブックマークもしていただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ