閑話 北園視点 士官学校への道
入校式の3日前、俺、北園俊介は東北の小さな村から上京して、士官学校の門前に立ってた。
冷たい風が頬を叩く。皮膚がヒリヒリと痛む。
薄暗い空。鉄の門。重い。胃の底が冷たくなる。
ここで結果を出さなきゃ──
いや、違う。結果を出しても、何が変わる?
村の田んぼと山。それしか知らない。でも、それが悪いのか?
喉が締まる。……悪くない。でも、ここにいる。なんでだ?
リュックを背負い直す。肩に食い込む紐が痛い。凍える指でコートの襟を立てた。
遠くで列車の汽笛。息が白い。鼻の奥がツンとする。
俺の未来は──本当にここから始まるのか? 背筋に冷たい汗が伝う。
***
式場は見知らぬ顔で埋まってた。
新制服。襟が首に擦れて痒い。緊張で掌が湿る。その中で、一際目立つ奴がいた。
上杉義之。
名家の跡取り。将来が約束されたエリート。
背筋がピンと伸びて、落ち着いた目つき。
俺とは──住む世界が違う。胸の奥で何かが軋む。
「あいつが上杉か……」
噂じゃ、家の力で──いや、違う。舌を噛む。
入試トップだって聞いた。実力もある。
だから余計に腹が立つ。奥歯を噛みしめる。全部持ってやがる。
……俺は何を持ってる? 喉の奥が苦い。
握った拳が震える。爪が掌に食い込んで痛い。
あいつの存在が、俺の努力を──いや、違う。
俺が勝手に比べてるだけか。肩が内側に丸まる。
俺が名門にコンプレックスを抱くようになったのは、中学の時だ。
県の進学校を受験した。落ちた。
でも──本当は分かってた。落ちるって。
試験当日、裕福な子たちを見て、もう負けた気がした。心臓が縮んだ。
親の車。高い制服。塾の話。
俺は? 参考書一冊。それだけ。手が震えてページもめくれなかった。
言い訳か? そうかもしれない。唾を飲み込む。苦い。
でも、あの差は──努力で埋まるのか?
バイトしながら勉強した。
夜のコンビニ。棚を並べて、眠い目をこすって教科書。
冷たい床。足の裏が痺れる。蛍光灯。目が痛い。ノート。
親父が背中を叩いた。温かい手だった。
「俊介、お前ならやれる」
でも、結果はダメだった。通知を見た瞬間、膝から力が抜けた。
あの日から、名門ってだけで──ムカつく。
俺の努力が、金と家柄に負けた。
……本当にそうか? 単に実力不足?
分からない。分かりたくない。頭がズキズキする。
夜、寮の窓辺に立つ。ガラスが冷たい。
家族を思い出そうとしても──なぜか上杉の顔が浮かぶ。瞼の裏が熱い。
親父の汗だく姿。塩辛い匂い。母ちゃんの味噌汁。
妹の洋子。
「兄貴、頑張ってね」
声を思い出すと、鼻の奥がつんとする。
あいつらを楽にさせるため──本当か?
それとも、俺のプライドのため? 胸が締め付けられる。
「絶対に負けねえ……」
呟く。声が震える。誰に? 上杉に? それとも──自分に?
窓の外、星が瞬く。
俺の戦いは──何と戦ってるんだ? こめかみが脈打つ。
寮生活は厳しかった。
朝6時の点呼。足がもつれる。規律。座学。頭が重い。
慣れない俺を、同室の同期が支えた。
「北園、お前も田舎からか?」
笑う奴がいた。頬が熱くなる。
「ああ、ここで成功するしか道がない」
本当か? 喉が詰まる。帰る道もある。でも──
「名家の奴らみたいにバックアップはないけど、証明してやろうぜ」
肩を叩かれた。温かい。頷く。目頭が熱くなった。
でも、上杉への苛立ちが消えない。
奥歯を噛むたびに、顎が痛む。肩が内側に丸まる。
あいつは全て持ってる。俺は努力で奪うしかない。
……奪う? 何を? 誰から? 舌が上顎に張り付く。
薄い布団。背中が痛い。天井の木目を睨む。
隣の寝息。胸が締め付けられる。呼吸が浅くなる。
あいつらと俺の差は、努力で埋められるのか?
埋めてどうする? 答えが出ない。瞼が重い。
***
夏季定期訓練が始まって、しばらく経った頃。
コンビニで、上品な笑い声が聞こえた。
上杉が女と話してる。心臓が跳ねた。
「義之君、お疲れさま」
柔らかい声。振り返ると──美人。息が止まる。品がある。
美樹さん、と呼ばれてた。
「婚約者として、これからも応援してるわ」
婚約者。
その言葉で、腹の底が熱くなった。
美樹さん──綺麗だ。目が離せない。品がある。
上杉に相応しい。認めたくないけど。唇を噛む。血の味がした。
いや、家族はいる。でも──
こんな美人は、俺の世界にはいない。肩が重くなる。
悔しい。何が? 分からない。ただ、悔しい。
胸の奥で何かが捻じれる。息が詰まる。
その場を離れた。足が勝手に早まる。
「あいつ、ふざけやがって……」
呟く。声が掠れる。でも──何がふざけてる?
婚約者がいること? 美人なこと?
……全部持ってること? 頭に血が上る。
拳を握る。爪が食い込む。石を蹴る。つま先が痛い。
冷たい風。皮膚が粟立つ。俺の無力感が、背中を押し潰す。
討論の授業。『士官学校の意義』。
「名家の人間は責任を語れるかもしれませんが──」
声が震えた。喉がカラカラだ。情けない。
「俺たちみたいな普通の人間は這い上がるために努力するしかない!」
言った後で思った。額に汗が滲む。
これ、ただの僻みじゃないか?
上杉も努力してるかもしれない。いや、してるだろう。
でも認めたくない。認めたら──俺は何なんだ? 腹筋が強張る。
教室がざわつく。耳が熱い。
上杉の視線を感じる。背中がチリチリする。振り返らない。
教官が頷く。でも──俺の心は落ち着かない。脈拍が早い。
机に拳を押し付ける。関節が白くなる。
俺の言葉が、上杉に届いたのか?
届いて、どうなる? ……分からない。
***
ある夜、校庭を歩いてると──
上杉が一人で練習してた。
暗闇の中、剣道の型を繰り返す。
汗が──本物だ。月光に光ってる。
「努力してるのは俺だけじゃない……」
当たり前だ。分かってた。でも──胃が捻じれる。
見たくなかった。
上杉が努力する姿なんて。瞼が熱くなる。
敵は、楽してる奴じゃなきゃダメなんだ。
じゃないと、俺は──何と戦ってる? 首筋に冷や汗が流れる。
頭がクラクラした。こめかみの血管が脈打つ。
自分の浅さに? 胃が捻じれるような感覚。それとも──
月光に映える汗。集中した横顔。
あいつも──必死なのか? 喉が詰まる。
寮に戻る。足が重い。眠れない。
布団で目を閉じる。汗臭い空気。鼻が詰まる。
俺の決意が──揺らぐ。心臓がドクドクと耳に響く。
あいつと俺、どこが違うんだ?
生まれ? 環境? それだけか? ……たぶん、違う。
翌朝、鏡で自分の顔を見た。
疲れた目。充血してる。荒れた肌。指で触ると痛い。
でも、その奥に──まだ何かある。腹の底が熱い。
「それでも負けるわけにはいかない」
呟く。声に力を込める。
でも──本当は何に負けたくないんだ? 舌が乾く。
制服の襟を正す。手が震える。
校舎へ向かう。冷たい風。肌を刺す。
上杉への敵意が俺を突き動かす。
でも──敵意だけか? 違う気がする。胸がざわつく。
いつか、あいつと一緒に空を飛べるかもしれない。
仲間として? ライバルとして?
分からない。息を深く吸う。
でも、まず追いつかなきゃ。
努力で。それしか、俺にはない。拳を握る。
親父の言葉が響く。
「俊介、お前ならやれる」
やれるのか? 分からない。背筋が震える。
でも、やるしかない。
それが、俺の選んだ道だ。
……選んだ? 本当に? 喉の奥が苦い。
でも、もう戻れない。
前に進むだけだ。
一歩踏み出す。靴が地面を踏む音。
重い。でも、止まらない。
ネットコン13挑戦中。締め切りは7/23 23:59まで。
最後まで全力で駆け抜けます。
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