第24話 北園の視線
士官学校の朝。冷たい。鼻の奥がツンと痛む。
早起き。習慣になった。前世じゃ考えられない。瞼がまだ重い。
名家の跡取り──か。
失敗は許されない? 誰が決めた? 俺か? 父か?
胃の底が冷たくなる。……どっちでもいい。やるしかない。
部屋を出る。廊下は静か。足音が響きそうで、つま先立ちになる。
同期たちはまだ寝てる。俺は中庭へ。ランニング。
空気が澄んでる。肺が冷たく痛い。心地いい。でも──
緊張感が消えない。肩が内側に丸まってる。なんでだ?
士官学校に入る前から、俺の名前は知られてたらしい。
上杉家。それだけで期待と嫉妬。両方感じる。首筋がじりじりと熱い。
反感を抱く奴もいる。当然だ。前世の俺だって、そうだったかも。
ランニング終了。汗が冷える。寮に戻る途中──
北園。
背筋に冷たいものが走った。汗? 違う。もっと──
肩甲骨の間がぞわぞわと粟立つ。息が浅くなった。
窓辺に立ってる。外を見て──何考えてる?
疲れた顔。でも目は死んでない。瞳孔が小さい。鋭い。
前世で見た顔だ。這い上がろうとする奴の顔。俺も、そうだったか?
「北園か……」
呟いた。声が掠れる。
東北出身。田舎から這い上がるために来た。
その熱意──尊敬する。本当に。でも、俺への視線は敵意だらけ。背中が焼けるようだ。
分かる。俺だって、前世なら──
授業開始。
北園は前の席。黙々とノート。ペンを握る音が聞こえる。集中力がすごい。
横目で見ながら思う。俺の鼓動が耳に響く。何を考えてる? 主席狙い? それとも──
授業終了。廊下ですれ違う。
軽く会釈。無視された。顎に力が入る。
明らかな反発。理由? 分かってる。喉が締まる。分かってるけど──
昼休み、食堂。
北園が同期と話してる。低い声。時々こちらを見る。
敵意。視線が突き刺さる。皮膚がチリチリする。何を話してる? 俺の悪口? たぶん。
***
午後の授業。教官が質問。
「この士官学校で最も重要な価値は何だと思うか?」
静まり返る教室。耳鳴りがする。
手を挙げる。掌に汗が滲む。なんで? 目立ちたがり? 違う。答えなきゃ──
「責任だと思います」
月並みだ。舌が乾く。でも他に何が──
「一度与えられた任務を最後まで遂行する覚悟、それが──」
自分で言ってて空虚だ。胸の奥が軋む。責任? 俺に何の責任が?
教官が頷く。
「いい意見だ」
満足そう。それでいいのか? 腹の底がむず痒い。
北園が手を挙げた。椅子が軋む音。
「俺は、努力だと思います」
目が合った。真っ直ぐ。瞼が熱くなる。痛い。
「名家の人間は責任を語れるかもしれませんが──」
来た。心臓が跳ね上がる。
「俺たちみたいな普通の人間は這い上がるために努力するしかない!」
普通の人間。
前世の俺も、そうだった。喉の奥が詰まる。努力して、努力して──死んだ。
今は? 名家の跡取り? 笑える。口角が引きつる。
教室がざわつく。空気が重い。
教官が静かに、
「その意見も一理ある」
胸の奥で何かが軋んだ。肋骨が内側から押される感覚。
罪悪感? 違う。喉が締まる。もっと──
夜、寮の窓から外を見る。ガラスが冷たい。
北園の言葉が──刺さってる。こめかみがズキズキする。抜けない。
正当性? ある。間違いなく。
俺だって前世は「普通の人間」だった。指先が震える。這い上がろうとして──
今は? 生まれた時から勝ち組? 転生特典?
ふざけるな。
俺だって──奥歯を噛みしめる。何を必死になってる? 北園と張り合って?
……情けない。鼻から息が漏れる。
翌日の課題。『士官としての自己目標』。
ペンを握る。手が湿る。書けない。
責任? 何の? 上杉家の? それとも──
北園が教官に質問してる。
「自分の努力がチームにどう貢献できるかを具体的に示す方法はありますか?」
身を乗り出してる。真剣。目が光ってる。
焦り? 感じる。背中から汗が流れる。田舎の期待? 家族?
夕方、教官が評価を公表。
「特に北園君の文章には心を動かされました。努力という言葉の重みを感じました」
静まり返る教室。
北園、無言。でも──少し肩が震えた? 嬉しいのか。当然だ。俺の胸がチクリとした。
***
寮に戻る。足が重い。同期が声をかけてきた。
「お前、北園と話したことあるのか?」
「いや、ほとんどないな」
嘘じゃない。でも──舌が上顎に張り付く。話したくない、が本音か。
「あいつ、お前のこと意識してるみたいだぞ」
知ってる。視線が痛い。首筋が熱くなる。
「名家の跡取りがどうとか言ってた」
名門コンプレックス。
前世の俺もそうだった。胃がキュッと縮む。大手企業の二世社員を妬んで──
今は俺がその立場。皮肉だ。
笑った。乾いた笑い。喉が痛い。
「そうかもしれないな。でも、俺がやるべきことは変わらない」
訓練から脱落する同期。
北園は残ってる。努力で。
俺は? 才能? 血筋? それとも──前世の知識?
どれも違う気がする。でも、どれも正しい。頭が重い。
「ここで結果を出す。それだけだ」
声に出した。唇が震えた。誰に言い聞かせてる?
窓の外を見る。息でガラスが曇る。
北園の『努力』。
俺の『責任』。
どっちが正しい? 分からない。こめかみが脈打つ。
でも──両方必要なんだろう。きっと。……たぶん。
明日も早起きだ。
北園も起きてるだろう。努力のために。
俺は? 責任のため? 違う。腹の底が冷える。もっと──
美樹さんに追いつくため。
それが本音か。頬が熱くなる。情けないな。
でも、それでいい。深く息を吐く。
北園には北園の理由がある。俺には俺の。
ぶつかるのは──仕方ない。肩の力を抜く。
明日への決意? 大層だ。鼻で笑う。
ただ、やるだけ。北園も、俺も。
それぞれの方法で。
ベッドに横になる。マットレスが軋む。
……眠れるかな。瞼の裏がじんじんする。
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