第23話 義之の士官学校入校
4月初旬。
士官学校の正門が、俺を見下ろしていた。
重厚な門構え。期待と──いや、正直に言おう。怖い。胃がきゅっと縮む。
一歩踏み出す。足が重い。膝が微かに震えた。なんだこれ、緊張してるのか、俺。
受付テント。教官たちの表情が厳格すぎて笑えない。喉がカラカラに乾く。
「上杉義之です。本日から──」
声が上ずった。舌が口の中でもたつく。情けない。
教官がちらりと俺を見る。値踏みするような目。背中に冷たい汗が伝った。
「上杉、お前も華族の一員だな」
また華族か。肩が内側に丸まる。
「期待しているぞ」
その一語が、鎧のように肩にのしかかる。
「はい。努力します」
敬礼。手が微妙に震えてる? 指先が冷たい。バレてないよな。
周囲の視線が突き刺さる。首筋がじりじりと熱くなった。
『華族の上杉』
聞こえてくる囁き。鼓膜がビリビリと震える。もう始まってる。この視線との戦いが。
……慣れてるはずなのに。なんで今更。顎に力が入る。
***
寮への道。重い扉を開ける。金属の冷たさが掌に伝わる。
広い廊下。新生活の匂い──って何だそれ。鼻の奥がむず痒い。緊張で頭がおかしくなってる。
深呼吸。肺に冷たい空気が入る。落ち着け、俺。
「君が上杉義之君だね」
振り返ると、笑顔の先輩。心臓が跳ねた。
「俺は有馬雄介。よろしく」
有馬……どこかで。記憶を探る間、瞬きが増える。
「有馬先輩、鳳櫻祭で剣道の──」
「まさか覚えてるのか!」
驚いてる。そんなに意外か? 頬が少し熱くなった。
「演武、印象的でした」
本当だ。あの時の凛とした立ち姿は──また詩的になってる。唇を噛む。
「対番制度って知ってるか?」
有馬先輩が説明を始める。2年生が1年生をサポートする制度。
「困ったら何でも聞け。まあ、上杉君なら大丈夫だろうけど」
大丈夫。本当にそうかな……いや、きっと大丈夫だ。腹に力を入れる。
「よろしくお願いします」
頭を下げる。首筋が熱い。プライドなんて、ここじゃ邪魔なだけだ。
寮の案内。洗濯室、食堂、自習室。
「制服は自分で洗う。アイロンも」
「はい」
PMCの訓練でやったから大丈夫。でも、毎日は──面倒だな。指が無意識に服の裾を掴む。
「AI講義もあるぞ。去年から始まった」
AI。俺の得意分野。肩の力が少し抜けた。でも──
「君にはピッタリだろう」
その言葉に、また期待を感じる。背筋が強張る。重い。
***
夕食の時間。
食堂は騒がしい。新入生、上級生、みんなが混ざってる。耳が痛くなるほどの喧騒。
沙織さんたちは──見当たらない。目が勝手に探す。女子寮は別か。会えるのは授業だけ?
胸の奥がちくりとする。寂しい。いや、違う。心配だ。喉の奥が締まる。彼女たちも同じ不安を──
背中に視線。
冷たい。肌が粟立つ。敵意? 振り返る。
一人の男が睨んでる。瞳孔が縮んだ。
『華族かよ……』
聞こえた。わざとだろう。奥歯を噛みしめる。
「先輩、あの人──」
声が掠れた。唾を飲み込む。
「ああ、北園俊介だ」
有馬先輩の声が低くなる。空気が変わった。
「入試トップの君に嫉妬してる」
入試トップ。そんなの関係ないのに。額に汗が滲む。
「俺が学年主席を取る」
北園の声が聞こえる。鼻息荒い。耳に不快に響く。
目が合った。
瞬きを我慢する。瞼が乾いて痛い。
逸らさない。逸らしたら負けだ。顎に力を込めた。でも──
この敵意、面倒だな。胃液が込み上げる。
「気をつけろ。華族で優秀となると、目立つ」
有馬先輩の忠告。分かってる。脈拍が早まる。でも──
「はい」
それしか言えない。舌が上顎に張り付いた。
席に着く。北園の視線がまだ突き刺さる。背中が焼けるようだ。
(なんだよ、そんなに俺が気に入らないか)
食事が喉を通らない。飯が砂みたいだ。いや、食べなきゃ。無理やり飲み込む。明日から訓練だ。
***
部屋に戻る。
静かだ。一人の時間。耳鳴りが残ってる。
電話を取る。受話器が妙に重い。家に──
「お兄様!」
玲奈の声。明るい。胸の奥が温かくなる。ほっとする。
「ちゃんとやれてる?」
心配してる。声の震えで分かる。
「大丈夫だよ」
嘘じゃない。でも、本当でもない。喉が詰まる。
「寮は厳しいけど、先輩も親切だし」
「でも──」
玲奈の声が曇る。
「無理しないでね」
無理しない? それができたら苦労しない。苦笑いが漏れる。
「分かってる」
でも、分かってない。きっと。……たぶん。
電話を切る。手が汗で湿ってた。
窓の外は暗い。星も見えない。ガラスに映る自分の顔が、疲れて見える。
明日から本格的に始まる。訓練、授業、そして──
北園との戦い? いや、そんな大げさな。でも──……いや、考えすぎか。面倒なのは確かだ。
ベッドに横になる。マットレスが軋む。
天井を見上げる。しみが妙に気になる。
美樹さんは今頃何してるんだろう。鼻の奥がつんとする。2年生寮で──会えるかな、明日。
目を閉じる。瞼の裏がじんじんする。
新生活。始まったばかり。
これから何が待ってるか分からない。腹の底が冷たい。でも──
いや、でもじゃない。
やるしかない。拳を握る。
深呼吸。肋骨が大きく動く。
明日も早い。
俺は仲間と共に──仲間。まだいない。喉が締まる。これから作るんだ。
この場所から、空を飛び、未来を守る。
大げさだ。頬が熱くなる。でも、それが夢だ。
……眠れない。
心臓の音がやけに大きい。
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