第22話 士官学校合格
クリスマスイブの朝、外は薄く雪が積もっていた。
窓ガラスを冷たい風が叩く。かすかな音が、静寂を際立たせる。
美樹さんがいない初めてのクリスマス。
士官学校の規律で帰省できない──分かってはいる。でも、食堂の空席を見つめてしまう。視線が吸い込まれる。
ため息が漏れた。肋骨が内側に沈む。
彼女の笑顔が浮かぶ。心にぽっかりと──いや、そんな詩的な表現じゃない。ただ、寂しい。胃の底が冷たくなる。
コーヒーカップを握る。掌に熱が伝わる。湯気が揺れて、一瞬だけ寂しさを紛らわせてくれた。でも、すぐに冷める。指先から温もりが逃げていく。温もりなんて、そんなもんだ。
***
年末、寮の自室でネットを開いた。
通知を開く瞬間、心拍が耳を打つ。掌に汗が滲む。なんでこんなに緊張してるんだ、俺。
画面に映ったのは──
『合格』
時間が止まった。いや、止まったような気がした。
喉が詰まる。息ができない。……いや、息を忘れてただけか。
胸が熱くなって、思わずPCを叩き潰しそうに──危ない危ない。手が震えてる。指先がじんじんと痺れた。みっともない。
でも、嬉しい。頬が勝手に緩む。
窓の外を見る。雪が舞っている。瞼の裏が熱い。美樹さんの声が──聞こえるわけない。でも、聞こえた気がした。
「おめでとう、義之君」
小さく笑った。喉仏が上下する。
「ありがとう」
誰に言ってるんだ、俺は。舌が上顎に張り付く。
暖炉がパチリと鳴った。偶然だ。でも、祝福みたいで──いや、考えすぎか。背筋がぞくりとした。
すぐに、沙織さん、千鶴さん、真奈美さんからも合格の知らせが届いた。
メールに電話。みんな興奮してる。鼓動が早まる。
「義之君、私たちも一緒よ。楽しみね」
沙織さんの声は相変わらず優雅だ。でも、少し震えてる? 耳がピクリと動いた。
「これからが本番だよ」
千鶴さんは冷静。でも──嬉しそう。声の端に温度がある。
「義之君なら大丈夫。私も頑張るね」
真奈美さんの声が耳に残る。柔らかい。鼓膜が優しく震える。
仲間がいる。
肩の力が抜ける。この絆が──って、また詩的になってる。顎に力が入る。でも、本当にそう思う。心強い。
***
クリスマスを寂しさだけで過ごすわけにはいかない。
そうだ、玲奈を誘おう。
電話をかける。受話器を握る手が、微かに湿る。窓の外の雪が、さっきより激しくなってる。
「お兄様、クリスマスに一緒に?」
驚いてる。当然か。声が上ずってる。
「もちろんだよ。玲奈を楽しませるために頑張るよ」
言ってから、なんか偉そうだなと思った。舌を噛みそうになる。
彼女は一瞬黙って──
「本当に私でいいの?」
声が小さい。胸がきゅっと締まる。なんでそんなこと聞くんだ。
「お前がいてくれるから楽しいんだ」
本音だ。喉の奥が熱くなる。美樹さんがいなくて寂しいのも本音。でも、玲奈といる時間も大切だ。
「うん、嬉しい!」
弾んだ声。少し、心が軽くなった。肩甲骨の間がじんわりと温かい。
クリスマスの夜、会場は煌びやかだった。
シャンデリアの光。暖炉の火。華やかすぎて、少し居心地が悪い。首筋がむず痒い。いや、慣れろ、俺。
玲奈がワインレッドのドレスで現れた。
息を呑む。大人びて見える。妹が、いつの間にこんなに──瞬きが増える。
「似合ってるよ、玲奈。素敵だ」
月並みな褒め言葉しか出てこない。語彙力、どこ行った。口の中が乾く。
「お兄様、本当にそう思ってる?」
目が輝いてる。素直だな、玲奈は。まぶしい。
「せっかくだから、踊ろう」
手を差し出す。指先が小刻みに震える。少し照れる。でも、兄の威厳ってやつを──威厳なんてあるのか、俺に。顎を引く。
最初の曲が流れる。ゆったりとしたステップ。
玲奈は最初緊張してたけど、すぐに笑顔になった。
その笑顔が──また詩的になりそう。腹筋に力が入る。でも、本当に温かい。鼻の奥がつんとする。
2曲目が終わった時、沙織さんたちが現れた。
「義之君、私たちとも踊ってくれるわよね?」
沙織さんの扇子が揺れる。優雅だ。計算してるな、絶対。目を細める。
「次は私ね。ピアノも弾くから」
千鶴さん、相変わらずマイペース。唇が微かに上がる。
「私も楽しみにしてた。あ、本持ってきたから」
真奈美さん、またか。額に汗が滲む。読む時間あるかな。
順番に踊る。足が軽くなっていく。美樹さんのいない寂しさが──薄れてく。いや、消えはしない。胸の奥がちくりとする。でも、和らぐ。
(美樹さんがいないのは寂しい。でも、みんながいる。それはそれで、ありがたい)
複雑だ。でも、それでいい。深く息を吐く。
***
プレゼント交換の時間。
玲奈にペンダント。シンプルだけど、似合うと思って。
沙織さんには扇子の飾り。千鶴さんにはノートカバー。真奈美さんにはスカーフ。
選ぶの、結構悩んだ。掌に汗をかきながら店を回った。センスないから、俺。
「お兄様、ありがとう! 素敵!」
玲奈が喜んでる。鼻の奥がつんとした。よかった。
……本当は、もっと良いものを選べたかもしれないけど。
「センスいいわね」
沙織さん、本当にそう思ってる? 眉がピクリと動く。
「授業で使える」
千鶴さん、実用的でよかった。ほっと息が漏れる。
「嬉しい色」
真奈美さんの笑顔。肩の力が抜ける。ほっとする。
シャンデリアの光がプレゼントに反射して──きれいだ。素直にそう思った。瞼がじんわりと熱くなる。
***
年末、美樹さんが帰省したと聞いた。
心臓が跳ねた。全身の血が沸騰する。会える。
迎えに行く。駅までの道のり、足が勝手に早まる。久しぶりに見る彼女は──凛としてた。背筋がピンと伸びる。士官学校で磨かれたんだな。
でも、笑顔は変わらない。胸の奥が、ぎゅっと締まる。
「義之君、合格おめでとう。本当に嬉しいわ!」
満面の笑み。目頭が熱くなる。これが、最高のプレゼントだ。
「ありがとうございます、美樹さん。また一緒に学べます」
なんか堅い返事になった。舌がもつれる。緊張してる、俺。
「大変なこともあるけど、あなたなら大丈夫」
彼女が続ける。声に確信がある。
「1年生は体力と規律が大変。でも、義之君なら乗り越えられる」
信じてくれてる。喉が締まる。その信頼に応えなきゃ。拳を軽く握る。
「はい、頑張ります」
……もっと気の利いたことを言いたかった。
(来年から、新しい挑戦が始まる。美樹さんに恥じない自分でいよう)
決意を新たにする。腹の底に力が入る。
窓の外、雪が降り続けてる。
白い。新しい一歩を──また詩的だ。頬が熱くなる。でも、そんな気分なんだ、今は。
未来が、待ってる。
……たぶん、俺なら大丈夫だ。
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