第18話 上杉子爵家諜報機関の拡大への道
俺の喉が、ひりつく。
「曽祖父と俺が転生者であるということは、決して誰にも知られてはならない」
何度も自室で曽祖父のBlu-ray記録を再生しながら、その言葉を舌の上で転がした。唾液が苦い。画面の光が網膜に焼き付いて、瞼を閉じても残像が消えない。
曽祖父の映像には、ただの家族や国家を守る者としての表情だけでなく、転生者としての覚悟が刻まれていた。顎の筋肉が微かに震えている。俺にはわかる——あの震えは、秘密を抱える者特有のものだ。
「転生という奇跡を授かった者は、それを隠し通さねばならない。それがこの世の摂理を乱さぬための唯一の道だ」
机の木目が指先に食い込む。曽祖父が生きた時代に思いを馳せた。冷たい汗が首筋を伝う。転生者として得た知識と経験を使いながらも、それを決して明かすことなく日本を支えた彼の姿は、俺にとって理想であり、重い使命の象徴だった。
父の書斎の扉が、軋んだ。革張りの椅子が体重を受けて沈む音。煙草の残り香が鼻腔を刺激する。
「諜報機関の拡大について、詳細を詰めたい」
父の声に、微かな疲労が滲んでいた。
***
書斎の空気が重い。窓から差し込む午後の光が、埃を浮かび上がらせる。
父が提案を受けて、俺の肩に力が入った。奥歯が軋む。
「父さん、諜報機関を強化する中で、技術や戦略において私が提案する内容は時に突飛に思えるかもしれません。しかし、それはすべて上杉家を守るためのものです」
父の視線が突き刺さる。皮膚がじりじりと熱を持つ。
「分かっている。お前が我々の未来を真剣に考えていることは十分伝わっている。ただし、動きが速すぎると敵対勢力の目を引く。慎重に行動せよ」
胸の奥で何かが疼いた。転生者であるという事実は、俺に限りない知識と視野を与える一方で、孤独をもたらしていた。手のひらが湿る。誰にも相談できない課題ばかりが、肺を圧迫するように積み重なっていく。
転生者であることを知っているのは、曽祖父の記録だけ。俺の知識や発想が時に異質に見えるとしても、それをどう説明するかは俺次第だ。舌が上顎に張り付く。
その孤独を抱えながらも、俺は静かに拳を握った。爪が掌に食い込む。転生者としての使命は、この世界の秩序を守り、家族や国を未来へと導くこと。そのためには、自分の存在が目立たないよう慎重に行動しなければならない。指先が冷たい。
***
机の上に広げた地図が、湿気を吸って波打っている。
「現代の諜報活動において、最も重要なのは技術です」
声が掠れた。咳払いをする。
「我々には、IT技術やAIを駆使して情報を分析し、迅速に対応する力があります。それを活用することで、これまでの方法では不可能だった規模の情報収集が可能になります」
地図の上に置いた指が、微かに震えている。ロンドン、シリコンバレー、ニューヨーク、ワシントン、ロサンゼルス——都市名を指すたびに、脈拍が速くなる。
「これらの都市には、既に我々のグループ企業が拠点を持っています。それらを基盤として、国際的な情報網を構築すべきです」
父の腕組みが解ける音。革張りの椅子が軋んだ。
「国際的な情報網か……」
地図を見つめる父の瞳孔が、微かに開いた。
「さらに、人的資源も重要です」
喉が渇く。水を飲みたいが、今は動けない。
「既存の諜報部員を中心に、新たにAIやサイバーセキュリティの専門家をスカウトします。また、PMCや武装メイド部隊の中からも適性のある者を選抜し、諜報活動に対応できる訓練を施します」
父の頬の筋肉がぴくりと動いた。
「確かに、それは理に適っている。だが、全てを実現するには相当な時間と資金が必要だ」
「資金ならば、上杉家の資産を活用するだけでなく、IT部門の利益をさらに活用すれば賄えます」
背筋を伸ばす。肩甲骨が痛い。
「時間についても、私が士官学校卒業までの期間で基盤を整え、その後も長期的に育てていけばよいでしょう」
***
夜の静寂が、鼓膜を圧迫する。
新たな諜報部の構想が固まっていく。ペンを握る指に力が入りすぎて、関節が白くなった。
名称:上杉特別情報局(USTI)
紙にペンを走らせる音が、やけに大きく響く。インクの匂いが鼻を突く。
部屋の外で、風が窓を揺らした。カーテンの影が壁に踊る。
「俺が士官学校に入る頃、この組織は準備が始まっているだろう」
呟いた声が、空気に溶けた。
「そして、その時にはさらに新しい課題が待っている」
胸の奥に、曽祖父の言葉が重く沈んでいる。
「技術も知識も、使い方を誤れば害となる。だが、それを正しく導くのが、お前の役目だ」
その言葉が、背骨を這い上がるように響いた。未知の脅威と歴史の激流に立ち向かう覚悟が、筋肉の一つ一つに染み込んでいく。それでも俺は迷わない。心臓が規則正しく打つ。未来を切り開くための強い意志が、血管を通じて全身に巡っていく。
窓の外、街の明かりが夜空に滲んでいる。冷たいガラスに額を押し当てた。体温でガラスが曇る。
曽祖父から託された秘密のBlu-rayの重みが、まだ掌に残っている。その内容を問いただすことも禁止されている。歯を食いしばる。顎関節が痛む。
転生者としての真実を、俺は最大限に利用した。呼吸が浅くなる。肺が十分に膨らまない。
「もし、この秘密が誰かに露見したらどうなるのか?」
その問いの答えは明白だった。喉の奥が締め付けられる。転生者としての事実が知られれば、それは上杉家だけでなく、日本全体にとっても大きな混乱をもたらす可能性があった。唾を飲み込む。喉仏が痛いほど動く。
俺は決して自分が転生者であるという秘密を漏らさないと誓った。掌に爪の跡が残る。その力を使う理由はただ一つ——家族と国を守るためだ。
夜の静寂の中で、上杉家の屋敷の明かりが静かに灯る。その影の中で、俺は確かに未来を見据えていた。瞼が重い。だが、眠るわけにはいかない。俺の持つ知識と覚悟は、これからの時代において、決して表に出ることのない「影の力」として機能し続けるだろう。
膝が震えた。立っているのがやっとだ。それでも、前を向く。




