第17話 上杉家の新年~神田明神での初詣
新年の朝、上杉家の屋敷は清々しい冬の空気に包まれていた。
庭には降りた霜が──
いや、それよりも。
玄関の松飾りを見て、胸がざわついた。今年は何が起きるんだろう。
家族や使用人たちと新年の挨拶を交わし、穏やかな正月を迎えた俺は、美樹さんと玲奈とともに神田明神へ初詣に出かけることになった。
朝早く、準備を整えて玄関で二人を待っていた。
美樹さんは淡い水色の和装に身を包んでいた。忘れな草の色に似て、どこか懐かしい。
玲奈は──薄紫? いや、もっと繊細な色だ。藤の花のような。
それぞれが異なる美しさを放ちながら現れた瞬間、口角が勝手に上がった。
「お兄様、どうかしら?」
玲奈が少し照れくさそうに聞いてきた。
「二人ともとても似合っています。美樹さん、その着物も素敵ですね」
月並みな言葉しか出てこない。舌が上手く回らない。
「ありがとう、義之君。でも、あなたも紋付き袴がよく似合っているわ」
美樹さんが微笑みながらそう言うと、玲奈も満足そうに頷いてくれた。
歩いて出かけると、PMCの護衛がついた。正月だというのに、肩が重くなる。
神田明神へ向かう道中で軽い会話が弾んだ。弾んだ、と思う。
「お兄様、今年の抱負は何ですか?」
玲奈が興味津々で尋ねる。
「そうだな……」
抱負。喉の奥が詰まる。
「士官学校の入校準備をしっかり進めつつ、家業の基礎を──」
言いながら、耳まで熱くなった。型通りすぎる。
「本当に忙しい一年になりそうね。でも、義之君ならきっと成し遂げられるわ」
美樹さんの言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
本当にそうだろうか。
神田明神に到着すると、正月ならではの賑わいが境内を包んでいた。
多くの参拝客が訪れ、新年の願いを込めて手を合わせている。
途中で美樹さんと玲奈がはぐれそうになった。
手を──繋いだ。
美樹さんの手は思ったより冷たくて、玲奈の手は小さい。掌に、その感触が焼き付く。
俺たちは人混みを避けながら、ゆっくりと本殿へ向かった。
「今年も良い年になりますように」
美樹さんと玲奈の二人と一緒に、静かに手を合わせる。
俺は、家族や美樹さんとの未来が平穏であることを願った。
平穏。胃の底が、ずしりと重くなる。それが一番難しいことを、俺は知っている。
そして士官学校への入校準備が順調に進むように、と。
***
三人で笑い合いながら、境内に設けられた甘酒の屋台に向かった。
列が長い。でも、待つのも悪くない。
冬の冷たい空気の中、温かい甘酒が体に染み渡る。吐く息が白い。
美樹さんが小さくくしゃみをした。鼓動が跳ねた。可愛い。
……駄目だ、顔が熱い。
甘酒を飲みながら、三人で新年の計画について話した。
「義之君、今年は忙しい一年になるでしょうけど、私もできる限り支えるわ」
美樹さんが真剣な眼差しでそう言うと、玲奈も頷きながら言葉を続けた。
「お兄様、私もお手伝いします! 今年は私も色々学んで、もっと役に立てるように頑張りますね」
二人の言葉に喉の奥が熱くなった。同時に肩がずしりと重くなる。
家族と未来の伴侶にこうして支えられていることが、俺にとって何よりの励みだ。
でも、それは同時に──
背筋に、冷たいものが走った。
帰り道、車内で三人は穏やかな会話を続けた。いや、穏やかに見えただけかもしれない。
「美樹さん、士官学校への入校が近づくと、きっとますます忙しくなりますね」
俺がそう言うと、美樹さんは少し笑みを浮かべて答えた。
「ええ。でも義之君がしっかり頑張る姿を見ていると、私もやる気が湧いてくるわ」
玲奈もすかさず口を挟んだ。
「お兄様がどんな困難でも乗り越えられるのは、私たちがいるからですよ!」
本当にそうか? 胸の奥で、何かが軋んだ。
二人の言葉に支えられながら、俺は新たな一年の始まりを感じていた。感じようとしていた、のかもしれない。
新年の神田明神での初詣は、俺にとって家族や美樹さんとの絆を再確認する大切な時間となった。
未来はまだ見えない。
でも、この二人がいれば──いや、本当にそうか?
どんな困難も乗り越えられる。拳を、そっと握りしめた。思わなければ。
新年の一日が、静かに暮れていく。
新年が明け、世の中も仕事始めの活気に包まれる頃。
俺も日常へと戻りつつあった。戻らなければならなかった。
家督を継ぐ準備や士官学校への入校を2年後に控えての計画、AI技術に関する研究も手を抜くわけにはいかない。
今年も気が抜けない年になりそうだ。
いや、なりそうじゃない。なるんだ。
窓の外で、誰かが笑い声をあげた。正月はまだ続いている。俺だけが、もう戦いの準備を始めている。
……それでいい。
息を深く吸い込む。冬の空気が、肺を冷たく満たした。
……たぶん、これが俺の生き方なんだろう。
ネットコン13挑戦中。締め切りは7/23 23:59まで。
最後まで全力で駆け抜けます。
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