第16話 忍び寄る影と上杉家の決断
先日、秋葉原で出会った謎の男のことが、俺の頭を離れなかった。
あの男の──いや、なんて言えばいいんだ。挑発的な言葉? 手が汗ばむ。
違う、それだけじゃない。
背後に潜む意図を考えれば考えるほど、胃の底が重くなっていく。
「中華人民共和国を再建し、覇権を唱える」
その言葉は、単なる野心では済まされない何かを秘めているように感じられた。
今は分断されている中国がまるで統一国家のような言動は、やはり──
いや、考えすぎか。でも転生者なんだろう。……たぶん。
俺は自室に戻ると曽祖父のBlu-ray記録を再生した。
画面がちらついた。古いディスクだからか。それとも──
そこには、曽祖父がかつて語った言葉が鮮明に映し出されていた。
「時代の転換期には、複数の転生者が現れることがある」
転生者。
その言葉を聞くたび、胸の奥がざわつく。なぜだろう。
「彼らの多くは、未来への志を持ち、徳を積んだ者だ。しかし、全てが友好的とは限らない」
さらに記録を見返すと、別の重要な言葉があった。
「転生という奇跡を授かった者は、それを隠し通さねばならない。それがこの世の摂理を乱さぬための唯一の道だ」
俺は曽祖父の言葉を反芻しながら、指先が冷たくなるのを感じた。
「もし、あの男が転生者だとしたら……」
いや、まさか。でも──
視界の端が、ぼやけた。窓の外で、カラスが一羽鳴いた。背筋に冷たいものが走る。
さらに考えを巡らせるうちに、喉の奥が乾いていく。
「もし彼以外にも中国人やロシア人、大韓帝国から転生者が現れた場合はどうだろう?」
反日の感情が彼らの行動原理になれば、その標的となるのは──
頭の奥が、ズキズキと痛み始めた。
上杉家はITとAIを中心とした巨大なグループを築き、国内外で影響力を持つ存在だ。
経済的、技術的な覇権を握るその姿は、反日的な転生者にとって格好の標的になるだろう。
「俺には時間がある。今のうちに、備えを万全にしておかなければ」
拳を、握りしめた。
***
ある夜、父さんの書斎を訪れた俺は、意を決してその疑問をぶつけた。
「父さん、上杉家には暗部が存在するのですか?」
言ってから、心臓が肋骨を叩いた。唐突すぎたか。
父は静かに俺を見つめた。コーヒーカップを置く音が、やけに大きく響いた。
「……」
沈黙。息が詰まるような沈黙だった。
「どうしてそのようなことを聞くのだ?」
「曽祖父の記録を見ていて思ったのです」
舌が口の中で絡まる。うまく言えない。
「我々のように表舞台に立つ家が、背後を固める力なしにこれほど長い間生き残れるとは思えません」
俺の言葉に、父は少しだけ口角を上げた。苦笑いか。
「確かにその通りだ。我々の影には、表には出せない仕事を担う者たちがいる」
父は俺を自分の机の前に座らせ、静かに語り始めた。
「上杉家の諜報部は、曽祖父が第2次世界大戦後に設立した組織だ」
一呼吸。空気が重くなった。
「目的は、国内外の政治経済に関する情報収集と、必要に応じた影響力の行使だった。特にうちの暗部は日米自動車摩擦や半導体交渉では活躍した」
「では現在も、その組織は機能しているのですか?」
「もちろんだ。だが規模は縮小している」
父の声が少し小さくなった。
「時代が進むにつれて、国家が諜報を担うようになり、我々が直接行動する必要性は減った」
「父さん、それでは足りません」
声が震えそうになるのを、必死で抑えた。
「先日、秋葉原で私を挑発してきた男のことをご存じですね。彼のような反日的な思想を持つ者が、上杉家に敵対しようとこれからも現れる可能性があります」
父は静かに椅子に深く座り直し、俺をじっと見つめた。
また、沈黙。胸が締め付けられる。
「お前の言いたいことは分かった。だが、規模を拡大すれば、それだけ我々の影響力が公になるリスクも増える」
「耐えなければなりません。今後、私たち上杉家が直面する脅威は、単に経済的なものだけではありません」
父の指がテーブルを軽く叩いた。考えている証拠だ。
「分かった。お前の言う通り、現状の規模では未来の脅威に対応しきれない可能性がある」
父はそこで一度言葉を切った。瞳が揺れている。
「それから先日の男の名前は無名權波と名乗っているらしい」
「無名……權波?」
「明らかな偽名だな。香港を拠点にしている。天安門事件の際に──」
父は急に黙った。
「教師だった両親に連れられて、5歳の頃に南中国に亡命。そこまでは分かった」
それ以上は、という風に父は首を振った。
諜報機関の拡大計画を進める中で、俺は転生者としての視点を最大限に活用した。
しかし、曽祖父の教えを守り、それが決して露見しないよう背筋がピンと張り詰めていた。
「現代の諜報活動において、最も重要なのは技術です。我々には、IT技術やAIを駆使して情報を分析し、迅速に対応する力があります」
俺は机の上に置かれた地図を広げ、いくつかの都市を指差した。
指先がかすかに震えた。
「ロンドンやシリコンバレーで、経済動向や技術流出を監視する情報網を築くべきです」
喉が詰まる。言葉を絞り出す。
「さらに、人的資源も重要です。既存の諜報部員を中心に、新たにAIやサイバーセキュリティの専門家をスカウトします」
***
議論の末、俺と父は新たな諜報部の構想を練り上げた。
名称: 上杉特別情報局(USTI)
USTIで情報と技術を柱に今後、日本との交渉において超法規的な対処や限定的な物理力の行使。
日本の諜報機関との協力も結ばれていくだろう。
胃がキリキリと痛んだ。本当にこれでいいのか?
いや、上杉グループ全体を守る為に強力な情報網が必要だ。必要なんだ。
数週間後、新たな諜報部の準備が密かに進められていた。
海外拠点ではスカウトが進行し、AIを活用した情報分析システムの構築が始まっていた。
俺はその動きを見届けながら、曽祖父の言葉を胸に刻んでいた。
転生者の孤独は重い。俺は記録を見つめた。視界が滲む。目を擦った。
「転生という奇跡を授かった者は、それを隠し通さねばならない。それがこの世の摂理を乱さぬための唯一の道だ」
「技術も知識も、使い方を誤れば刃となる。だが、それを正しく導くのが、お前の役目だ」
俺が曽祖父から秘密のBlu-rayを与えられているのは家族みんなが知っている。
その内容を問いただす事も禁止されている。俺はその秘密を最大限に利用した。
利用……胸の奥で、何かが軋んだ。
俺は決して自分が転生者であるという秘密を漏らさないと誓った。
その力を使う理由はただ一つ――家族と国を守るためだ。
本当にそれだけか? 喉の奥で、何かが詰まった。
夜の闇の中で、上杉家の屋敷の明かりが静かに灯る。
冷たい風が頬を撫でた。
その影の中で、俺は一人──肩が震えた。本当に一人なのか?
俺の持つ知識と覚悟。それは、これからの時代において、決して表に出ることのない「影の力」として機能し続ける。
……続けるしかない。
拳を握る。爪が、掌に食い込んだ。
ネットコン13挑戦中。締め切りは7/23 23:59まで。
最後まで全力で駆け抜けます。
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