閑話 真奈美視点:義之君への感謝の気持ち
初等科の図書館で義之君と初めて出会った日のことは、今でも鮮やかに覚えてる。
昼休みの静寂、古い木の棚の間を漂う埃の匂いが鼻をくすぐり、窓から差し込む陽光が本の背を淡く照らしてた。
私は目立つことが苦手で、いつもひとりぼっちで本を読んでたんだ。分厚い歴史書を手に持つ私の小さな世界は、静かで平穏だった。
でも、その日、彼の存在がその平穏に小さな波紋を広げた。
波紋。静かな、でも確かな。
埃っぽい空気が肺に染み込み、静寂が私を包む。
木の床が微かに軋んで、図書館の古い椅子が私の重みを静かに受け止めてた。
彼は少し離れた棚の前で、本を手にじっと立ってた。陽光が彼の髪を照らし、真剣な瞳がページに注がれてた。
私は何気なく彼を見てたけど、彼がこちらに気づき、ふと顔を上げたんだ。少し驚いた表情が、私の視線と交錯する。
時間が、止まったような気がした。
埃が光の中で舞って、彼の存在が静かに際立ってた。
「真奈美さん、いつもここにいるね」
彼の声が静かに響いた。
私は驚いて本を握る指が小刻みに揺れて、恥ずかしさに顔が熱くなったよ。
「……うん、ここが落ち着くから」
控えめに答えると、彼が小さく笑った。その笑顔に温かい光が宿って、肩の力が抜けていく。陽光が彼の背を照らして、私は目を伏せた。
それから、私たち、図書館で時折言葉を交わすようになった。彼の真剣な瞳と優しい口調が、私の安心の場所になったんだよね。
安心の場所。それ以上の、何か。
***
中等部に進学したある日、図書館の隅で本を読んでると、彼が近づいてきた。夕陽が床を赤く染めて、彼が私の隣に座って、静かに声をかけてきたんだ。
本の匂いが鼻をくすぐって、彼の声が静寂に溶け込む。
「真奈美さん、最近元気がないね。どうしたの?」
その一言に、胸の奥の不安が込み上げてきた。私は目を伏せて、本のページを握る手に力が入ったよ。古い紙の感触が掌に伝わって、ためらいながら口を開いた。
「……実は、家のことで悩んでて。家業が上手くいってないの」
言葉が、かすれる。
彼が真剣な表情で私を見つめて、頷いてくれた。その眼差しに、鼓動が早くなったんだ。
私は深呼吸して、打ち明けた。
「父が財閥系の商社との取引で不利な条件を押し付けられてて、経営が圧迫されてるの。黒田家は伝統ある男爵家だけど、規模が小さくて、抗えないんだ」
私の声がわななく。涙が滲んできた。彼が静かに聞いて、頷いてくれたよ。図書館の静寂が私たちを包んだ。
「財閥に依存すると、そういうことが起きるんだね……」
彼の低く呟く声に共感が込められて、私の胸の奥が、じんわりと温かくなった。
その夜、父の書斎で書類を見ながら、
「このままじゃ黒田家は……」
呟いて、涙が流れたんだ。ランプの薄暗い光が揺れて、紙の匂いが漂ってた。でも、義之君の言葉が頭をよぎって、希望が灯ったよ。
なぜだろう。ただ聞いてくれただけなのに。
***
数日後、彼から呼び出されて、図書館で再会した。彼の手元に資料が広げられてた。彼が私に目を向けて、話し始めたんだ。
「真奈美さん、黒田家の商品ってこれだよね?」
彼が示したのは伝統工芸品のリストだった。私は驚きながら頷いて、指先がひんやりとした。その真剣な眼差しに、息を呑んだよ。
「そうだけど……どうしてこれを?」
聞くと、彼が
「少し調べたんだ。黒田家の取引条件が不利になってる。財閥が価格を低く抑えてるんだ」
その言葉に胸が苦しくなって、感謝と恥ずかしさが交錯した。私は目を伏せて、涙が滲んできた。
風が、窓の外で木々を揺らしていた。
数週間後、父が書斎で告げた。
「黒田家の商品が新しい取引先で評価されて、上杉家のグループが取り扱いを提案してくれた。これで経営が安定しそうだ」
その瞬間、義之君の顔が浮かんだ。彼の言葉が現実になって、家業を救ってくれたんだ。胸が熱くなって、涙が溢れそうになった。
父の声が静かに響いて、希望が灯ったよ。書斎のランプが揺れて、紙の感触が掌に残ってた。
私はその夜、父の笑顔見て、義之君への感謝が溢れて止まらなかったんだ。
星が、窓の外で瞬いていた。
***
次の日、図書館でお礼を言った。彼が本を読んでる。私は深呼吸して、近づいたよ。
「義之君、本当に――」
言葉が詰まる。どう伝えればいいんだろう。
喉の奥で、何かが絡まってる。
「……ありがとう。あなたがいなかったら、黒田家はどうなってたか分からない」
彼が顔を上げて、軽く笑った。その笑顔に、胸の奥が、じんわりと温かくなった。
「真奈美さんが感謝することじゃないよ。僕が少し手を貸しただけで、良い商品を作ってるのは黒田家なんだから」
その控えめな態度に、頬がカッと熱くなって、私は続けた。
「でも、私には大きなことなの。義之君のおかげで希望が見えたよ」
でも、それだけじゃない。言えない何かが、胸の奥で疼く。
彼が照れくさそうに笑って、
「また何かあれば言ってね」
呟く。その笑顔が心に刻まれた。窓の外で風が木々を揺らして、彼の笑顔が私の未来を照らしたんだ。
私、義之君に感謝してる。彼がいなかったら、私、黒田家の重圧に押し潰されてたかもしれない。
華族社会って厳しくて、私みたいな男爵家の末っ子は目立たない存在だよ。
目立たない。それが、私の居場所だった。
でも、彼が私の悩みに気づいて、行動してくれた。あの図書館での言葉、彼の優しさが、私に笑顔を取り戻してくれたんだ。
美樹さんと義之君が婚約すると聞いた時、正直、胸が痛んだ。
痛み。でも、それは――
肋骨の内側で、何かが軋んだ。
二人はお似合いだもの。美樹さんは素敵な人だし、義之君の夢を支えてくれる。私なんかじゃ、きっと力になれない。
でも、この感謝の気持ちは変わらない。いや、もっと強くなった。
彼の夢が未来を切り開くなら、私、そのそばで応援したいって思う。
友達として。それ以上は、望んじゃいけない。
指先が、冷たく痺れる。
義之君への感謝は、私の支えだ。この気持ちを胸に、いつか彼と一緒に未来を創る力になりたい。
……たぶん、それが、私の選んだ未来なんだ。
ネットコン13挑戦中。締め切りは7/23 23:59まで。
最後まで全力で駆け抜けます。
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