第13話 AI技術の加速~基礎論文の投下
書斎に呼ばれた。父の表情がいつもと違う。
嫌な予感がした。
「士官学校進学で上杉グループを継承しないなどと誤解する輩が出ないよう、お前を当主にする」
……は?
「え、ちょっと待って当主教育も途中なのに当主になっても困るんだけど」
「お前には実地で課題を与える。それで実地を積み当主教育とする。文句も反論も受け付けない」
当主? 俺が?
手が震えた。まだ準備もできていないのに。
でも、父の顔を見れば反論は無意味だと分かった。
どうやら逃げ道も塞がれたようだ。俺は途方に暮れる。
士官学校への入校が決まってから、俺の中で焦りと使命感が湧いていた。
前世の記憶と今の知識を、ただ頭の中に眠らせておくつもりはない。
曽祖父が大慶油田で日本を強くしたように、俺も技術で未来を切り開かなければ――そんな気持ちが強くなっていた。
「今、やれることをやる。それが俺の責務だ」
でも、本当にできるのか?
いや、やるしかない。
***
横浜AI研究所への論文送信が、俺の日課になっていた。
上杉家の最先端拠点。そこに、俺の未来がある。
士官学校が始まる前に、少しでも未来を動かしたいという気持ちでいっぱいだった。
その日、自室で机に向かっていると、窓の外で夕陽がオレンジ色に染まっていた。
机の上には紙とペンが散らばり、画面にはデータがぎっしり。
集中してキーボードを叩いていると、ドアが軽くノックされた。
振り返ると、美樹さんが笑顔で立っていた。彼女の髪が少し乱れていて、白いワンピースに夕陽が映えている。
「義之君、忙しいところごめんね。ちょっと様子見に来ちゃった」
柔らかい声に、俺は一瞬驚いて、慌てて椅子から立ち上がった。
「美樹さん、よく来たな。どうしたんだ?」
彼女が鞄を肩から下ろして、部屋に入ってくる。
「義之君が論文送ってるって聞いて、気になってさ。つい寄っちゃった」
俺は苦笑して、
「ちょうどいいタイミングだよ。論文が今、完成したところなんだ」
美樹さんが俺の隣に立って、机の上の紙や画面を覗き込む。
「これが義之君の研究? 何をやってるの?」
興味津々な顔で聞いてくる。俺は画面を指さして、
「簡単に言うと、機械に言葉を教える方法だよ*1。美樹さんが『お茶淹れて』って言えば、すぐ淹れてくれるくらい賢くするんだ」
「ふーん、義之君より気が利くかもね?」
「いや、俺だって負けないよ。技術で勝負だ!」
美樹さんが小さく笑って、
「すごいね! 私、そういうの頼んだら、義之君のお茶より美味しいのが出てきちゃうかも?」
「それは負けられないな。俺のお茶だって負けないよ」
俺が笑い返すと、美樹さんも楽しそうに笑った。彼女が机の端に手を置いて、
「でも、どうやって機械にそんなこと教えるの? 私、機械ってボタン押すだけで動くものだと思ってた」
俺は少し考えて、
「うーん、簡単に言うと、たくさん話しかけて覚えさせるんだ。子供が言葉を覚えるみたいにさ。俺が作ったルールで、どんどん賢くなっていくんだよ」
美樹さんが「へえ」と頷いて、
「実際に見せてもらえる?」
俺が「頑張ってね」と入力すると、画面がピコッと光って、
「義之様、頑張ってください!」って返してきた。
美樹さんが目を丸くして、
「え、ほんと!? 可愛い!」
その反応を見て、俺もちょっと照れた。
「本当だ! びっくりした! これ、義之君が作ったの?」
「うん。これがもっと賢くなれば、いろんな場面で人を助けられる。たとえば、医者に患者の話を整理して伝えたり、災害で困ってる人に必要なことを聞いて助けたりさ。家族を守るためにも、俺はこれを形にしたいんだ」
美樹さんが目を輝かせて、
「義之君らしいね。すごいこと考えてて、私までワクワクしてきたよ。たとえば、私が『お腹すいた』って言ったら、どうなるの?」
「試してみよう」
俺が「腹減った」と入力すると、ノートPCから
「近くの食堂を教えますか? おにぎりでもいいですか?」
って返してきた。
美樹さんが笑いながら、
「ほんと賢い! おにぎりって可愛いね。義之君、これって毎日話しかけたら、もっと仲良くなれるの?」
「そうだな。毎日話しかければ、俺たちの癖とか好きなものも覚えてくれるよ。美樹さんが紅茶好きだって知ったら、『紅茶淹れますか?』って聞いてくるかもしれない」
美樹さんが「すごい!」って手を叩いて、
「じゃあ、私が『義之君のこと好きだよ』って言ったら、どうなる?」
俺は一瞬ドキッとして、笑いながら、
「えっと、それは……試してみる?」
「うそ、冗談だよ!」
美樹さんが顔を赤くして笑う。俺も照れながら、
「でも、そういう気持ちもちゃんと分かる機械にしたいんだ。家族や大切な人を守るためにもさ」
美樹さんが少し真剣な顔になって、
「義之君、家族のこと大事にしてるよね。私も応援するから、頑張ってね」
「美樹さんにそう言ってもらえると、頑張る甲斐があるよ」
俺は笑って、データを研究所のシステムに送った。画面に「アップロード完了」の文字が浮かぶ。
……これで、また一歩前進だ。
でも、当主としての責任も――
***
その夜、夕食の席で父がグラスを手に持って淡々と言った。
「お前が送った論文、主任が興奮してたぞ。現場の連中が必死に食らいついてるみたいだ」
美樹さんが隣で『え、本当?』と驚いて、俺は答えた。
「うん。でも、やりすぎないように気をつけないとな。俺の技術が未来を変える第一歩になるといいけど」
……本当に、俺にできるのか?
当主として、技術者として。
父が静かに笑って、
「お前がそこまで考えてるなら、誇りに思っていい」
母が優しく微笑んで、
「義之、美樹さんも一緒なら安心ね。二人でいい未来作ってね」
美樹さんが「はい!」って頷いて、俺も「うん」と返した。
「この研究が世に出たら、世界がどうなるかな」
俺が呟くと、美樹さんが隣で、
「きっと、いい方向に変わるよ。義之君がいるんだから。機械が言葉で人を助けるなんて、素敵だね」
彼女の笑顔が、俺の胸を温かくした。
「美樹さんのおかげで、俺も頑張れるよ。技術で家族や未来を守るって決めたからさ」
美樹さんが「私も嬉しいよ」って笑って、俺は次の計画を胸に秘めた。
机に戻って、またペンを手に持つ。まだまだやることは山積みだ。
美樹さんがそばにいてくれるなら、どんな未来だって創れる気がした。
でも、当主としての重圧は――
いや、今は前を向くしかない。
***
*1:自然言語処理 自然言語処理(NLP:Natural Language Processing)とは、人間が日常的に使用している言語(自然言語)をコンピュータで処理・理解・生成するための技術分野です。
ネットコン13挑戦中。締め切りは7/23 23:59まで。
最後まで全力で駆け抜けます。
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