第12話 美樹さんとの初デート~華族としての重圧と新たな一歩
美樹さんとの初めてのデートが決まった日、俺の胸は高鳴りつつも不安でいっぱいだった。
華族の跡取りと高位華族、そして生徒会の副会長と友人の立場を越えた関係としての初めての外出。
お互いの存在は、家柄や学校内外でも注目を集める特別なものであり、普通のデートのような軽やかさでは済まされない。
美樹さんにふさわしいのか。鏡を見つめながら、胃の底が重くなった。
本当に俺でいいのだろうか。
いや、そんなことを考えても――
肩に力が入る。美樹さんにふさわしい時間を作りたいという強い思いが、指先を震わせた。
美樹さんが楽しいと思える時間、そして自分もリラックスして自然体でいられる場所を考え、何日もかけてプランを練った。
***
当日は、早朝から緊張のあまり落ち着かず、鏡の前で何度もスーツの襟を整えた。
普段着慣れているはずの服が、この日ばかりは肩に重くのしかかる。
父から運転手込みで借りた黒塗りの車に乗り込み、一条院家へ向かう道中、心臓が肋骨を叩き続けた。
「美樹さん、喜んでくれるだろうか」
その一言が頭をぐるぐると回り続ける。
一条院家の広大な門が見えてくると、喉がカラカラに乾いた。門番の案内で車を進め、玄関に到着すると、美樹さんがゆっくりと姿を現した。
美樹さんはシンプルだが品のあるワンピースに身を包み、髪を軽くまとめた姿で現れ、その美しさに息が止まった。
「お待たせしました、義之君」
柔らかい微笑みとともにそう言う美樹さんの姿に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「今日はありがとうございます、美樹さん。どうぞこちらへ」
自分でも驚くほど声が上ずった。車のドアを開けると、美樹さんは優雅に乗り込んだ。
その一連の動作に、背筋がピンと伸びる。
***
最初の目的地は、都内でも有数の歴史的庭園だった。
車が静かに門をくぐると、美樹さんが窓の外を見つめた。
「こんな場所があったのね。静かで素敵」
美樹さんの笑顔に、肩の力が抜けた。
庭園を散策しながら、美樹さんは時折立ち止まっては風景を眺めた。
「義之君、あの池の鯉、見て」
無邪気に指差す姿に、多忙な日々から解放された美樹さんの素顔を見た気がした。
昼食は、庭園近くの老舗和食店で。
個室に通されると、美樹さんが小さく息をついた。
「こういう静かな場所で食事するのって、久しぶり」
その言葉に、胸がチクリと痛んだ。
「確かに、普段の食事とは違いますね。でも、こうして二人でゆっくり話せるのはいいですね」
少し緊張をほぐすために冗談を交えると、美樹さんは軽く笑いながらうなずいた。
会話の内容は自然とお互いの家族の話に移った。俺が父や曽祖父の話をすると、美樹さんは興味深そうに聞いてくれる。
「上杉家って、本当に歴史の中で特別な役割を果たしてきたのね。義之君がその跡を継ぐのも納得だわ」
美樹さんの言葉に、喉の奥が熱くなった。
「でも、俺もまだまだ勉強中です。美樹さんの方が、家庭でも学校でもいろいろな役割を果たしていて尊敬しますよ」
美樹さんは軽く首を振りながら言った。
「私なんてまだまだよ。でも、一緒に頑張れる相手がいるって素敵だと思うの」
その言葉に、鼓動が早くなる。
***
昼食後、近くの美術館へ移動した。
展示されているのは歴史的な絵画や工芸品で、美樹さんの興味を引くテーマが揃っている。
美樹さんは一つ一つの作品に真剣な表情で向き合い、説明文を丹念に読み込んでいた。
……美樹さんが歴史的なものに興味があるなら、いつか秋葉原で曽祖父の足跡を見せてあげたいな。
「この壺、見て。模様の精密さがすごいわ」
美樹さんが指差した展示品に目を向けると、確かにその芸術性には圧倒されるものがあった。
「美樹さん、本当にこういうものに詳しいんですね」
俺が感心すると、美樹さんは頬を赤らめた。
「詳しいわけじゃないの。ただ、昔の人が作り上げたものに触れると、自分も頑張らなきゃって思うのよ」
その言葉に、胸の奥が締め付けられる。
美術館を出る頃、美樹さんが突然立ち止まった。
「義之君、未来ってどうなるのかな?」
唐突な問いかけに、頭が真っ白になった。
「技術で変えられるなら、変えてみたいですね」
そう答えたが、美樹さんの求めていた答えだっただろうか。
彼女は微笑んで、俺の手に軽く触れた。
指先に電流が走った。
「義之君らしい答えね。私も、その未来を一緒に見たいわ」
***
夕方、一条院家へ向かう車の中で静かに会話を楽しんだ。
今日のデートを振り返りながら、美樹さんはこう言った。
「今日は本当に楽しかったわ。義之君と一緒に過ごせる時間がこんなに素敵だなんて、改めて思ったの」
その言葉に耳まで熱くなった。できるだけ冷静に答えた。
「俺もです。美樹さんが楽しんでくれたなら、頑張ってプランを考えた甲斐がありました」
でも、本当は――
もっと気の利いたことを言いたかった。もっと自然に振る舞いたかった。
玄関先で美樹さんを見送るとき、美樹さんは振り返って柔らかい声で言った。
「また一緒に出かけましょうね。義之君となら、どこへでも行ける気がするわ」
「次回は、秋葉原をご案内します」
「ありがとう。楽しみにしているわ」
その言葉が、今日一日の締めくくりにふさわしいものであると同時に、俺の胸に深く刻まれた。
玄関の前で袖口を握り、肺を満たすほど息を吸った。
帰りの車の中、美樹さんの笑顔を思い出しながら思った。
「華族としての責任を背負いながらも、美樹さんと一緒ならきっと乗り越えていける」
……たぶん、そうだろう。
不安は消えない。でも――
初めてのデートは、スーツの袖を何度も直しながら新しい関係の一歩を踏み出した日となった。
次のデートではもっと自然体で楽しめるようにしたい、出来れば秋葉原に連れて行ってあげたい。
そんな思いを胸に秘めながら、俺は静かに夜景を眺めていた。
窓ガラスに映る自分の顔が、少しだけ大人びて見えた。
ネットコン13挑戦中。締め切りは7/23 23:59まで。
最後まで全力で駆け抜けます。
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