閑話 沙織視点: 上杉義之という人物
私が上杉義之君を初めて知ったのは、小学生の頃だった。
侯爵家の長女として、一学年上の美樹様と自然と関わることが多く、彼女と一緒にいる義之君をよく見かけた。
「上杉君って、いつも一条院様の後をついてくるわね」
友人たちと話していたのを覚えている。彼は目立たない性格で、特に印象に残ることもなかった。
美樹様の華やかさに比べれば、ただ静かに控えている存在だった。
でも、その印象が覆ったのは中等部2年の秋だった。私は家業に深く関わってなかったけど、黒田男爵家の状況は耳にしていた。
財閥に依存する小さな家で、最近は経済的に苦しくなってるって話だった。
そんなある日、黒田家の長女、真奈美さんから驚くべきことを聞いた。
「最近、上杉子爵家のグループから商品を高く買い取ってくれるようになって、助かってるの」
「上杉子爵家のグループ……?」
真奈美さんによると、以前より良い条件で取引ができるようになり、黒田家の経営が少しずつ上向いてきたらしい。
さらに驚いたのは、その裏に義之君がいる可能性が高いってことだった。
「義之君が?」
私が聞くと、真奈美さんは
「直接確認したわけじゃないけど、周囲の状況からそう思うの」
答えた。
最初は信じられなかった。あの静かで目立たない義之君が、そんな大きなことをするなんて想像もできなかったからだ。
でも、周りに話を聞いてみると、似たような噂がいくつか耳に入ってきた。
「上杉君、時々誰かのために動いてるらしいよ」
「直接感謝されることはしないけど、確実に人を助けてるみたい」
その声を聞くたび、私の中で彼への見方が変わっていった。
彼の行動には、静かな波紋のような力があった。周囲を変える、目に見えない影響力。そして何より、それを表に出さない。
黒田家を助けたのが本当なら、彼は自分の力で必要な人を救い、結果を出す人なんだ。
「彼は私が思ってる以上に先を見てる」
私は夜の屋敷で考える。無意識に扇子を握った。指が、微かに震えてる。彼の行動がいかに重要で、どれだけ影響力があるか分かった気がした。
黒田家との取引の真相を知った時、私の中で義之君はただの同級生じゃなくなった。彼は周囲を動かし、未来を作れる人だ。
「あの人は……一体何を考えてるの?」
***
中等部3年の春になって、私は気づいた。
私が持つ財閥ロビー力は極めて限定的だ。侯爵家長女の範囲内だ。だけど彼は財閥・子爵家として動ける。上杉子爵家の財力も桁違いだ。
彼への興味が芽生えた。彼がどこに向かい、何を成し遂げるのか。それを見届けたい気持ちが湧いてきた。
私は彼の屋敷にPMCの訓練を受けに行く名目で時折、通うようになった。
それでも彼が自分の立場をひけらかさず、気さくに接する姿も印象的だった。爵位や序列に縛られず、誰とでも対等に話す。
その振る舞いは優雅で自然だった。
ある日、私は思い切って声をかけた。
「上杉君、どうしてそんなにいろんな人と気さくに話せるの?」
突然の質問に少し驚いた彼は穏やかに笑って、
「立場なんて関係ないですよ。誰だって助けが必要な時がある。それを見過ごすのは寂しいじゃないですか」
答えた。
その言葉に、胸の奥が熱くなった。彼の行動には信念がある。自分の力や家柄を、他者のために使う信念だ。
彼が動くと、周囲が自然と変わっていく。
その静かで確実な影響力に、私は彼のすごさを改めて実感した。
義之君は、もうただの同級生じゃなかった。私にとって彼は特別な存在になりつつあった。
華族として生まれながら、その枠を超える姿は、私が思い描いていた華族像とは全く違った。
扇子を握り締めて胸を張る──それでも手が、小刻みに震える。
「こんな人が、どうして目立たない存在でいられるんだろう?」
疑問が浮かぶけど、彼が目立とうとしないのは、自分を誇示することに価値を見出してないからだ。
彼の目指すのは、周囲を動かす影響力なんだろう。
それ以来、私は彼を意識するようになり、機会があれば話すようになった。
彼はいつも美樹様と一緒で、彼女の隣で控えめにしていることが多い。
それでも、美樹様が席を外した隙に、少しだけ会話を交わすことができた。
「沙織さん、最近どうですか?」
気軽に声をかけてくれると、鼓動が跳ねる。
彼のさりげない言葉には温かさがあって、私を『近衛沙織』じゃなく、一人の人間として見てくれるのが分かった。
高等部に進学した頃、私は自分が彼に惹かれてることに気づいた。彼の瞳には、家柄や立場が映ってない。
ただ、私そのものを見てくれる。それがどれだけ嬉しいか、気づいた時にはもう遅かった。
「彼の名前を……」
呟くたび、頬が熱くなる。
でも、彼の隣にはいつも美樹様がいる。彼女の隣で見せる穏やかな表情。あの二人の絆を壊すなんてできない。
でも、自分の気持ちを抑えられない自分もいた。
胸の内で、何かが軋んだ。
ある日、ライトノベル好きの友達から借りた本で、《チョロイン》って言葉を見つけた。
『《主人公》に簡単に惹かれちゃうヒロイン』だって。窓の外の風鈴が遠くで鳴った。
「私、これに当てはまってるのかしら……?」
そう思った瞬間、耳まで熱くなった。自分でも滑稽だと思う。でも、本に書いてあったセリフが頭に残った。
「チョロインでもいいじゃない。惹かれた気持ちは嘘じゃないんだから」
その言葉が、背筋をピンと伸ばしてくれた気がした。
私が義之君に惹かれるのは、彼が家柄や立場に縛られず、目の前の人を大切にするからだ。
その優しさと強さに、どうしようもなく魅了されてしまった。美樹様がいることも分かってる。
彼女と並ぶ義之君がどれだけ絵になるかも分かってる。……でも、彼のそばにいたいと思ってしまう。
たとえ選ばれなくても、この気持ちは嘘じゃない。
「チョロインでも上等よ」
私は自分に言い聞かせるように呟いた。自分の気持ちに嘘をつかないためだ。
そして、彼のそばにいられるだけで幸せだと思える自分を認めた。
指先が、ひんやりと冷たい。
あの人の瞳は、いつも未来を見ている。
義之君は、私の心に大きな光を灯してくれた。それが私の真実だ。
だから、これからも彼のそばにいたい。それが私の幸せなんだから。
彼の名は、きっと歴史に刻まれる。私はそれを、誰よりも信じてる。
義之君がAIで未来を変えるなら、私はその隣で支える強さを手に入れたい。
チョロインでもいい、未来を一緒に創るために。
ネットコン13挑戦中。締め切りは7/23 23:59まで。
最後まで全力で駆け抜けます。
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