第11話 彼女たちの計画~放課後の呼び出し
放課後のチャイムから10分。
西棟の廊下に、俺は立っていた。
なぜここに。
「義之君、少し時間をもらえるかしら?」
沙織様。千鶴様。真奈美さん。
華族令嬢3人が、空き教室の前で待ち構えていた。背筋に、冷たいものが走る。
逃げ道は、ない。
「……わかりました」
声が、掠れた。
扉をくぐる。埃っぽい匂い。鼻腔がひくつく。夕日がオレンジ色に教室を染める。彼女たちが、俺を取り囲んだ。
喉が、カラカラに乾く。
美樹さんに何と説明すれば——いや、もう知ってる?
心臓が、うるさい。
「で……何のご用件でしょうか」
沙織様が扇子を広げる。パチリという音。俺の肩がビクッと跳ねた。
「義之君、安心して」
にこり。
安心? できるか。
「私たち、別にあなたを責めに来たわけじゃないわ」
「……はあ」
責める? 何を? いや、少し心当たりが。婚約の件か。美樹さんとの。
胃が、きゅっと縮んだ。酸っぱいものが込み上げる。
「そんなに警戒しなくても」
真奈美さんが笑う。黒髪が揺れる。楽しそうだ。なぜ。
俺の手が、勝手に震えた。
「本題に入りましょうか」
沙織様が扇子を振る。風が、俺の頬を撫でた。冷たい。
「義之君」
声が、近い。耳元で囁かれたような錯覚。
「あなたが美樹さんと婚約したこと、私たちも祝福しているの」
「……ありがとうございます」
本当か? 口の中が、砂みたいだ。
「でもね」
来た。脈が跳ねる。
「私たちは中等部の頃から、あなたを慕っていたわ」
息が、止まった。
いや、違う。肺が勝手に縮んだ。酸素が、足りない。
慕う。その言葉が、空気を重くする。知ってた。知ってたけど。面と向かって、3人同時に言われると——
汗が、背中を伝った。シャツが肌に張り付く。気持ち悪い。
「だからこそ」
沙織様の瞳が、俺を射抜く。
息ができない。
「私たちは、あなたの支えになりたいの」
は?
頭の中で、何かが弾けた。
「そして、美樹さんの」
は??
耳鳴りがする。
「……え?」
思わず聞き返す。頭が、ついていかない。血管がドクドクと脈打つ。
「美樹さんは素晴らしい方だわ」
沙織様が続ける。扇子が、ゆらりと動く。
その動きで、俺の視界が歪んだ。
「でも、上杉家と一条院家の婚約となれば、プレッシャーは計り知れない」
確かに。いや、違う。何かがおかしい。
舌が、口の中で絡まる。
「だからこそ、私たちは"友人"として協力したいの」
友人。その言葉に、微妙な含みを感じる。
背中がゾワッとした。
「ねえ、義之君」
沙織様が一歩、近づく。
俺の足が、勝手に後ずさった。
「あなたの技術って、すごいじゃない?」
技術? なぜ急に。
頭がぐるぐる回る。
***
「上杉家のPMC、メイド部隊の装備」
沙織様の声が、教室に響く。
鼓膜が震える。
「秋葉原のデータセンター」
扇子が、俺を指す。
指先が、冷たく痺れた。
「あれって、あなたの曽祖父様が始めたものよね。でも今は、あなたがその未来を担ってる」
胸の奥で、何かがざわついた。
……たぶん、心臓が変な動きをしてる。
「華族として、ただ守るだけじゃダメ」
沙織様の目が、光る。
瞳孔が開いてる。怖い。
「情報を集めて、未来を切り開く力が必要」
千鶴様が頷く。首筋に、汗が滲む。
「私たちだって華族の一員よ。中等部の頃、屋敷で見た訓練」
あの時のことか。
胃がギュルリと鳴った。恥ずかしい。
「通信システム、PMCの統制」
千鶴様の瞳が鋭くなる。
殺気? いや、まさか。
「私、戦術に興味があるの」
監視塔から全体を見渡すような、冷徹な視線。背筋が、ぞくりとした。
鳥肌が立つ。
「士官学校なら、ちゃんと学べるじゃない?」
待て。士官学校?
喉の奥で、何かが詰まった。
真奈美さんが照れながら、でも目を輝かせる。
「私もね、AIとかデータの話、いつも聞いててワクワクするの」
手が、机の上で動く。まるでコードを書くような仕草。
その指の動きに、俺の眼球が勝手についていく。
「もっと知りたい。解析のチャンスがあるんじゃないかな」
3人の視線が、俺に集中する。息が、苦しい。
肺が、きちんと動かない。
「協力って……どういうことですか?」
声が、掠れた。
足元が、ぐらついてる。
沙織様が扇子で口元を隠す。
「これからも応援するわ」
笑ってる。目が。
ゾッとした。
「必要なら、情報収集や交渉の手助けを」
千鶴様が冷静に続ける。
冷静すぎる。計算してる。
「あなた一人で全てを背負う必要はない」
そうかもしれない。でも——
違う。これは罠だ。
「ありがとうございます」
喉が、詰まる。唾を飲み込もうとして、失敗した。
「でも、美樹さんとの婚約が公になった以上」
美樹さんの顔が、脳裏に浮かぶ。
胸が、ぎゅっと締まる。
「あまり親しくしすぎるのも」
パチン。
扇子が、閉じた。骨が鳴る。沙織様の手首が、微かに震えてる。
空気が、凍った。
「ふふ」
笑い声が、空気を震わせる。
背筋を、氷が滑り落ちた。
「そんなこと、美樹さんから聞いているわ」
え?
血の気が引いた。
「美樹さんから?」
まさか、もう——
頭の中が真っ白になる。いや、真っ黒か。
「友人としての付き合いは許されているのでしょう?」
罠だ。これは。
足が、床に張り付いて動かない。
「……まあ、はい」
「だったら問題ないわね」
3人が、にこりと笑う。逃げ道が、完全に塞がれた。
息が、できない。
***
「義之君」
真奈美さんが肩を叩く。温かい。
でも、その温度差で背中が粟立つ。
「私たちは味方よ」
その言葉に、胸が熱くなる。同時に、罪悪感も。
内臓が、ぐちゃぐちゃに絡まる感覚。
美樹さんを傷つけることにならないか? ……いや、美樹さんなら——
ダメだ。考えるな。
「わかりました」
観念した。
膝が、ガクガクする。
「何かあれば、頼らせていただきます」
彼女たちが満足げに笑う。教室の空気が、少し柔らかくなった。
でも、俺の筋肉は固まったままだ。
沙織様が、また扇子を広げる。優雅な仕草。でも、その奥に何かが潜んでる。
だが——
「士官学校に行くわ」
沙織様の爆弾発言。
は?
耳を疑った。いや、脳が理解を拒否した。
「現場を知るためにも」
千鶴様が続ける。
待て待て待て。
「私たちが後方から支援する」
扇子の先が、黒板を叩く。カツン。
その音で、心臓が耳の奥で暴れた。
「そのための許可を、今ここで取り付けたいの」
頭が、真っ白になった。
いや、もう何色でもいい。
「……えっ?」
声が裏返る。喉が引き攣った。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
士官学校? 皆さんが? 正気か?
口の中で、舌が暴れる。
「ええ、私たちも一緒に行くわ」
沙織様が扇子を開く。優雅に。当然のように。
俺の瞳孔が、開ききった。
「これからの時代、華族令嬢も力が必要でしょう?」
千鶴様が冷静に。真奈美さんが強い瞳で。
3人の圧が、俺を押し潰す。
「一人で戦うなんて見ていられない」
「解析で役に立てるかな」
「華族としての責務よ」
言葉が、次々と降ってくる。思考が、渦を巻く。
いや、教室が回ってる?
「待ってください」
必死だ。手が、空を掻く。
「どうしてそんなことに」
美樹さんは知ってるのか? 許可したのか? それとも——
胃液が、込み上げる。
「よく考えてください」
声に力を込める。震え声だけど。
「士官学校は軍人になるんですよ」
沙織様が静かに答える。
静かすぎる。怖い。
「分かっているわ。命を懸けるかもしれない。逆もあるわね」
逆? 人を——
血の味がした。唇を噛んでた。
「なら、尚更考え直してください!」
叫んでいた。
声帯が、引き千切れそうだ。
「義之君」
沙織様の声が、静かに響く。
耳の奥で、反響する。
「あなた一人を行かせるなんて、できないわ」
扇子が、静かに畳まれる。息を押し殺す音。
俺も、息を殺した。
「それでも、私たちはあなたの力になりたいの」
窓の外。雲雀の影が、揺れた。
現実? 幻覚?
「それから」
沙織様が微笑む。
また何か来る。身構えた。
「あとね、私たち3人とも、『さん』付けで呼んでね」
は? 今それ?
脱力した。完全に。
俺は言葉を失った。いや、思考が停止した。完全に、燃え尽きた。
美樹さん。俺は、どうすれば——
夕日が、教室を赤く染める。3人の影が、俺を包み込む。
逃げ場は、どこにもなかった。
膝が、笑ってる。
ネットコン13挑戦中。締め切りは7/23 23:59まで。
最後まで全力で駆け抜けます。
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