第10話 美樹さんへの報告~士官学校入校の経緯
朝食の席。
箸が、止まった。
茶碗の湯気が揺れる。窓から差し込む朝陽が、やけに眩しい。
国防総省からの依頼。士官学校への進学。
胃の底で、何かが蠢いた。
美樹さんに、どう切り出す?
喉の奥で、言葉が絡まる。飲み込んだ味噌汁が、妙に熱い。
もう決めたことだ。
でも——
いや、違う。これでいい。家族の未来を守るための決断だ。
肩が、ずしりと重い。
外で鳥が鳴いた。能天気な声だ。
***
約束の場所は学習院の中庭。
桜が散った後の芝生で、俺は待っていた。
風が吹く。誰かの足音。振り返る。
制服のスカートが風に揺れる。柔らかな笑顔。胸の奥で、何かがざわついた。
「義之君、待たせちゃったかな?」
「いや、俺が早く着いただけです」
声が、かすれた。
額に汗。手の平がじっとりと湿る。深呼吸。
ベンチが冷たい。
「美樹さん、少し話を」
「うん、もちろんよ」
彼女が隣に座る。近い。鼓動が、うるさい。
「俺、士官学校に入ることにしたんだ」
彼女の目が、見開かれた。
手がスカートを掴む。指が白い。
「士官学校……軍人になるのね?」
「ああ」
「婚約者が軍人だなんて」
彼女が微笑む。なぜ笑える?
「ちょっと驚くわ」
「普通じゃない」
目を逸らさない。逸らしたら、負けだ。
「でも、そういう話になってしまったんだ」
説明を続ける。国防総省。AI開発。実戦経験。夢。
言葉が勝手に流れ出る。止まらない。
彼女の手が、俺の手を握った。
温かい。
初等科の図書館。あの時も、こうして——
***
「そうなんだ。義之君らしい決断ね」
「美樹さん?」
「君の決断にはいつも信念があるもの」
理解してくれた。胸が、少し軽くなる。
……いや、まだだ。
彼女の手に、力が入った。
「でも、私、遠くで見てるだけじゃ嫌なの」
は?
「君が戦場で未来を切り開くなら、私もそのそばにいたい」
頭が、真っ白になった。
「…え? 今なんて?」
彼女が立ち上がる。俺を見下ろす。瞳に、光。
「義之君が士官学校に行くなら、私も行くわ」
ベンチから飛び上がった。
「待て!」
両手を振る。必死だ。
「冗談だろ? 侯爵家の次女が士官学校なんて!」
彼女が笑う。首を傾げる。
「冗談じゃないよ」
「いや、ちょっと待ってくれ!」
言葉が支離滅裂になる。
「士官学校は過酷だぞ。体力的にも精神的にも。美樹さんにそんな——」
「私の運動神経、忘れた?」
あ。
「中等部の頃、体育でいつも上位だったでしょう?」
確かに。
「護身術だって習ってるし」
そうだった。
「君だって、私がリレーで抜いたの覚えてるよね?」
……覚えてる。悔しかった。
それとこれとは——
「だとしても!」
声が裏返った。
「軍人になる必要はないだろ! 俺だけでいい!」
彼女が一歩、近づく。
また手を握られた。熱い。
「君が頑張る姿を見ると、私、放っておけないの」
息が、止まった。
「君の夢は私にとっても大事だから」
初等科の「現実だよ」が、耳に蘇る。
胸が、ぎゅっと締まった。
***
「……美樹さん、それは……」
「君が一人で背負うなんて、ずるいよ」
ずるい? 俺が?
「私だって、君のそばで同じ景色を見たいの」
彼女がさらに近づく。顔が、近い。
心臓が、暴れた。
頭の中で組み立てたものが、ばらばらになっていく。
「よくわからないけど」
よくわからないって何だ。
「君が戦うなら、私もそこにいたい」
そこまで言い切るか。
「それが私の気持ちよ」
頭が、ぐるぐる回る。
侯爵家の令嬢が士官学校。
父上の顔。一条院家の反応。
無理だ。絶対に——
「美樹さん、ちょっと冷静に」
必死だ。声が震える。
「君のご両親が許すわけない」
微笑みが深まる。
「お父様なら、きっとわかってくれるわ」
「は?」
「義之君と一緒ならって言えばね」
「いや、無理だ! 絶対反対される!」
「じゃあ、私が説得する」
軽い。軽すぎる。
「君がそばにいてくれるなら、私、頑張れるから」
言葉が、出ない。
彼女の瞳が、燃えている。
本気だ。
完全に、本気だ。
目を閉じる。深呼吸。
「……美樹さん、本気なのか?」
風が吹いた。
「本気よ」
即答。
「君と一緒に未来を作りたい。それが私の答え」
彼女の手が、離れない。
握り返した。
苦笑が、漏れる。
「わかった」
諦めた。いや、認めた。
「俺が士官学校に行くなら、美樹さんが来ても止められない」
彼女の顔が、ぱっと明るくなる。
「でも——」
俺は彼女の瞳を見つめた。
「俺が君を守る。どんな戦場でも、君を危険に晒さない」
彼女の目が、丸くなった。
そして、笑った。
「ありがとう、義之君」
柔らかい笑顔。
「でも、私も君を守るよ」
は?
「一緒なら、どんな未来でも怖くないわ」
頭を抱えたくなった。
「これから先、波乱だらけになるだろうな」
「うん。でも、君と一緒なら、楽しそう」
楽しそう?
本当に?
重い息が、漏れた。
「俺の未来は士官学校とAI開発のはずだったのに」
独り言みたいに呟く。
「婚約者が軍人になるとか、誰が予想した!?」
計画が、完全に崩壊してる。
「大丈夫、私がついてるよ」
彼女の軽さに、笑いがこみ上げた。
……まあ、付き合うしかないか
***
その夜。
部屋で士官学校の資料を眺める。
暖炉の火が、壁に影を作る。
父が言った。
「義之、国防総省との交渉、お前らしい」
笑ってた。
母は目を潤ませた。
「ちゃんと話したのね」
ティーカップが、微かに震えてた。
玲奈が飛びついてきた。
「お兄様と美樹様、二人で軍人なんてかっこいい!」
言いかけて、表情が曇る。
「でも、無茶しないでね」
「わかってるよ」
頭を撫でた。
窓の外。
星が瞬く。
俺の決意が——
いや、違う。
覚悟か。
軽く肩を回す。
彼女の行動、きっと想像以上の波紋を呼ぶ。
一条院家が黙ってるはずない。
でも、もう止められない。
美樹さんの笑顔が、脳裏に浮かぶ。
胸の奥が、じんわりと熱い。
……まあ、いいか。
どうせ波乱万丈なら、一緒の方が。
いや、よくない。
それでも、もう止まれない。
……たぶん。
また息が漏れる。
今夜は眠れそうにない。
ネットコン13挑戦中。締め切りは7/23 23:59まで。
最後まで全力で駆け抜けます。
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