第111話 無名權波の連行と情報戦
ポーランド・ワルシャワ、日本大使館 03:30
無名權波は強襲部隊によって確保され、日本への移送が決定された。彼の顔には絶望の色が浮かんでいたが、すでにあらゆる抵抗の機会は失われていた。周囲には武装した警護がつき、脱出の可能性など皆無だった。
「ここまで来たか……」
彼は手錠をかけられた手を眺めながら呟いた。かつては最先端のハッカーとして世界を相手に情報を操っていた。しかし今、彼が操れるものは何もない。
その頃、日本の外交官と諜報機関の代表がロシア側と接触していた。無名權波が使用していた機材が、ロシア諜報機関の現地担当者の独断で提供されていたという事実が発覚したのだ。
「どうやら、ロシアの本部はこの件に関与していなかったらしいな」
「ふむ……現場の判断か。だが、結果としてロシアのメンツを潰すことになる。我々としても、彼らに恩を売る機会だ」
ロシアも日本も互いに直接の対立を避けたい状況だった。ワルシャワという地で派手な銃撃戦を繰り広げた以上、日本はロシアに一定の配慮を示さなければならなかった。そこで、無名權波が使用していた機材はロシアに返還することが決定された。
しかし、当然ながら日本側は手ぶらで帰すわけではなかった。
「SSD、HDDとUSBメモリーのバックアップはすべて取らせてもらった」
ロシア側に渡る前に、日本の技術チームが徹底的にコピーを取り、解析を進めていた。
「これは後々の交渉材料として使えるかもしれない」
データの全容はまだ明らかではないが、もし価値のある情報が含まれていれば、外交カードとして有力になる可能性がある。
「無名權波とは会わない」
俺はそう決めていた。理由は単純だ。
もし万が一、彼が俺を転生者だと察した場合、その影響は計り知れない。
彼の技術は前世では最先端だったかもしれないが、この世界では適切な防備を施せば対処可能なレベルだった。わざわざ危険を冒して会う必要はなかった。
それに、彼の精神状態を考えれば、俺と直接会うことで何かしらの行動を起こすリスクもあった。彼が一体何を知っているのか、どんな過去を持っているのかは分からないが、慎重になるに越したことはない。
だからこそ、彼のハッキングツールやデータの解析を優先し、直接の接触は避けた。
「期待はしていないが、何かの役には立つかもしれない」
無名權波が使用していたツールは、日本の情報部門によって解析が進められた。彼の使っていたプログラムのログデータやアクセス履歴が提供され、それを分析することで、彼がどのような手法を使っていたのかが明らかになりつつあった。
解析チームは徹底的にツールを解剖し、無名權波の手口を研究する。
「このコード……なるほど、前世の技術に近いな」
しかし、前世では最先端だった技術も、この世界ではそこまでの脅威ではなかった。セキュリティシステムを最新のものに更新し、適切な防御策を取れば防ぐことは可能だった。
「使えるものがあれば導入し、不要なら破棄しろ」
結局、無名權波の技術はこの世界では通用しない部分が多かったが、それでも一部のアルゴリズムや手法は有用だった。特に、暗号解読のロジックや、データ隠蔽の手法などは興味深いものであり、今後の研究に活かせる可能性がある。
無名權波の機材をロシアに返還することで、日本は一定の譲歩を見せた。しかし、実際にはそれ以上の収穫があった。
「ロシアはこの件で日本に恩を感じざるを得ないだろう」
この取引により、ロシア側も日本への配慮を示す可能性が出てきた。今後の外交交渉や情報戦において、日本が有利に動くための小さな布石となった。
「データの解析が進めば、さらに有力な情報が手に入るかもしれない」
無名權波自身はもはや重要な存在ではない。しかし、彼が残したデータと彼を取り巻く状況は、日本にとって今後の戦略を決定づける要素の一つとなり得る。
これがただの犯罪者の拘束ではないことを、俺たちは理解していた。
日本・某情報解析施設 05:00
無名權波の使用していた機材のデータは、徹底的な解析のために最先端の情報施設へと運び込まれた。
「まずは、HDDとUSBメモリーのデータを精査する。通常の暗号化ではなく、多重暗号化*1 の層が組み合わされている。やはり簡単には解析できないな」
技術部門の分析官が端末の前で呟いた。無名權波が使用していたハッキングツールは、単なる犯罪者のレベルではなく、軍事レベルの技術に匹敵する高度なものだった。
「このログを見てくれ。このアクセスパターン……奴は国家レベルの機密サーバーに侵入を試みていたようだ」
モニターには、複数の国際的な金融機関、さらには政府機関のデータベースへの不正アクセスログが浮かび上がる。そのいくつかは、日本の国防総省にまで繋がっていた。
「奴はこの世界で最も危険な技術を持っていたかもしれない」
しかし、現時点ではまだ詳細な解析が必要だった。もしこの技術が他の勢力に渡っていれば、日本の安全保障にも大きな影響を及ぼしていた可能性がある。
無名權波の尋問:答えなき対話
無名權波は、日本の安全保障機関に移送されたが、取り調べの場において彼は一貫して沈黙を貫いていた。
「君がやっていたことは理解している。だが、なぜここまでの技術を持ち、どのような目的で動いていた?」
尋問官の質問に対し、彼はわずかに笑みを浮かべた。
「俺に何を期待している?俺はただ、生きるためにやっていただけさ」
彼の態度は挑発的でありながらも、どこか投げやりだった。日本側としては、彼の協力を得ることは最初から難しいと考えていた。
「だが、お前の知識と技術は、こちらにとって有益だ」
「お前らがどこまで解析できるか、試してみるのも悪くないな」
無名權波は、ある意味で日本側を試していた。彼の持つ情報をすべて提供するつもりはなく、むしろどこまで日本が彼を理解できるかを測っているようだった。
解析チームは、無名權波の技術がただの犯罪行為にとどまらないことを確信しつつあった。
「この暗号技術は……ロシアの諜報機関と関連がある可能性が高い。但し、現地担当者の独断の可能性もあり」と報告された
「ロシア側が提供した機材でありながら、これほどの技術が込められているとは。単なる現地担当者の独断では説明がつかない」
「もしこれが本当にロシアの上層部まで関与している案件なら、慎重に動く必要がある」
この問題は、単なるハッカーの逮捕を超えたものとなりつつあった。日本はこのデータを外交カードとして活用しつつ、さらなる情報収集を進める必要があった。
「ロシアとの交渉材料としては十分すぎる。だが、問題はこれをどう使うかだな」
無名權波の拘束は、日本に新たな情報戦の幕を開かせることとなった。
彼が持つ情報は、これからの日本の国際的な立場に大きな影響を与えることになるだろう。
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*1:多重暗号化とは、データを複数の暗号化アルゴリズムや鍵を使って重ねて暗号化する方法です
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