閑話 玲奈視点:砂浜の危機と救出
点呼前の早朝。横須賀基地近郊の海岸。夜の海風が砂浜を吹き抜け、潮の香りが漂う。鼻腔に、塩気が張り付く。
玲奈、洋子さん、真田さん、下山さんは岩陰に身を隠し、不審船の動きを監視していた。
岩が、背中に冷たい。震えが、止まらない。
なぜ先輩たちがここまで協力してくれるのか。その疑問を口にすると、真田先輩が静かに答えた。
「実は過去に不審船を見逃して後悔したことがある。今度は絶対に見逃さない」
声が、震えていた。後悔が、滲んでいる。
下山先輩も淡々と告げる。
「情報分析が得意なのは、家族がスパイ事件で失踪したから」
沈黙が流れた。
空気が、重くなる。肺が、縮む。
「だから、こちらにも個人的事情があるから人事と思えなくてね」
真田先輩の声に、かすかな震えがあった。
「だから玲奈も洋子も余計な心配しなくていいよ」
下山先輩がフォローしてくれた。でも、その声も震えている。
心の中で感謝する。皆、それぞれの理由でここにいる。
そして皆、怖がっている。
双眼鏡に映る黒い船影が、基地の方角へ近づく。
手が、震える。レンズが、ぶれる。
「お兄様の実験機を狙ってる……!」
声が震える。喉が、詰まる。
洋子さんがポテチの袋を握り潰し、
「軍港のすぐ近くでこんな動き、おかしいよ」
と呟く。パリパリという音が、異様に大きく響く。
真田さんが冷静に、
「船が監視カメラを避けてる。玲奈の勘、当たってる」
と頷く。でも、その顔が青ざめている。
突然、岩陰の向こうから物音。
カサッ、という擦れ音。
心臓が、止まりそうになった。
四人は息を潜める。肺が、空気を求めて叫んでいる。
黒服の男たちが懐中電灯を抑えて近づく。無線機から声が漏れる。
「実験機の制御を乗っ取れ。あと5分で信号を――」
心臓が跳ねる。
血管が、破裂しそうだ。
お兄様が危ない!――叫びそうになるのを、洋子さんが腕を掴んで止める。
爪が、肉に食い込む。痛い。でも、ありがたい。
その時、男たちが気配に気づく。
「誰かいるぞ!」
銃を構える音。
金属が、擦れる音。死の音だ。
パン! パン!
銃声が砂浜に跳ねる。
鼓膜が、破れそうだ。
弾丸が岩を削り、破片が飛び散る。破片が、頬を掠める。熱い。血が、流れた。
悲鳴が喉を突いて出た。声帯が、震える。
真田さんが素早く庇い、
「下がって!」
と叫ぶ。彼女の体が、盾になる。
閃光弾が目を焼く。
網膜が、真っ白になる。涙が、溢れる。
ズガンッ!
炸裂音。砂塵が舞い、視界が奪われる。
肺に、砂が入る。咳が、止まらない。
***
洋子さんが「何!? 派手すぎ!」と叫び、下山さんが「逃げなきゃ!」と手を握る。
手が、冷たい。震えている。みんな、怖いんだ。
だが、男たちが一斉に動き、銃撃が続く。
死が、すぐそこにある。
そこへ、北園先輩が駆けつける。訓練で鍛えた足取りで岩陰に飛び込み、私たちを背に立つ。
「俺が時間を稼ぐ! 左へ逃げろ!」
北園先輩が叫び、徒手空拳で敵へ向かう。
「上杉に玲奈さんたちを返すまで死ねねえ!」
汗を飛ばして吠えた。
額に、血管が浮かんでいる。
「北園君! なんでここに!?」
洋子さんが叫ぶ。
「バカ! 妹が夜中にコソコソ出て行くのを見過ごすわけねーだろ!」
兄の、愛だ。
パン!
男の一人が膝を押さえ倒れる。だが、敵は訓練された動きで反撃。銃声が響き、北園先輩が岩に身を隠す。
肩から、血が滲んでいる。かすったのか。
「くそっ、手強い!」
空から轟音が響く。
腹の底まで、振動が伝わる。
実験機が不自然な軌道で旋回し、不審船の上空に急接近。敵の無線が混乱する。
「実験機がこっちに――制御が効かないぞ!」
お兄様の偽装データが効果を発揮し、敵がパニックに陥る。その隙に、SDF特殊部隊が展開。麻痺弾が飛び交い、敵が次々と倒れる。北園先輩が「今だ!」と叫び、私たちを左へ導く。
通信機から声が響く。
「玲奈、真田さん、下山さん、洋子さん、今だ! 岩の裏から左に逃げろ!」
その声に、涙が溢れた。
「お兄様!?」
叫び、四人は走り出す。足が、もつれる。砂が、重い。
敵の銃撃が背後で鳴るが、北園先輩とSDFが盾となり、私たちを逃がす。SDFが不審船の通信を遮断し、お兄様の逆探知が成功。田中の声が響く。
「空母の位置を特定した! SDFが制圧に向かう!」
夜明け前、海岸は静寂に包まれた。
敵は拘束され、不審船は撤退。
足が、震えて立てない。
SDFに保護され、お兄様の元へ駆け寄る。
「お兄様、無事でよかった!」
涙目で抱きつく。体温が、伝わる。生きてる。お兄様も、私も。
洋子さんが「派手すぎだよ!」と笑い、真田さんが「無茶しないでね」と息をつく。
でも、みんな震えている。
下山さんが録音を渡し、
「役に立つよ」
と微笑む。手が、震えていた。
北園先輩が汗を拭い、
「お前ら、無事でよかった」
と呟く。肩の傷を、隠している。
***
朝陽が水平線を染める。
光が、網膜を刺す。でも、温かい。
お兄様は私たちを見回し、静かに笑う。
「巻き込んで悪い。でも、お前たちがいてくれたおかげだ。ありがとう」
顔が熱くなる。頬が、燃えるようだ。
「別に……!」
そっぽを向く。でも、涙が止まらない。
洋子さんが「わかりやすっ」と小声で呟き、北園先輩が笑う。
でも、その笑顔が引きつっている。
朝の光が五人の影を長く伸ばす。
でも――これで終わりじゃない。
胸の奥で、不安が蠢く。
海面に残る不審船の航跡が、まだ何かを語りかけているような気がした。
握りしめた拳に、砂がざらりと零れる。
手のひらに、爪の跡が残っている。血が、滲んでいる。
戦いの記憶と、守れた安堵と、これから来る何かへの不安が混じり合う。
「お兄様」
小さく呟く。声が、震える。
振り返ったお兄様の瞳に、同じ決意が宿っているのを見た。
でも、お兄様の手も震えていた。
新たな戦いへの覚悟が、朝焼けの中で静かに灯った。
波が砂浜に寄せては返す。
その音が、まるで時を刻む鼓動のように聞こえた。
いや、私の心臓の音かもしれない。
まだ、震えが止まらない。




