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閑話 玲奈視点:夜の海への小さな一歩

 真田先輩と下山先輩に相談した後、洋子と一緒に寮の自室に戻った。窓の外では、夜の海が静かに波打っていて、遠くに不審船の灯りがまだ微かに瞬いているのが見える。録音データとさっき見た機械のことを考えると、胸がざわざわして眠れそうにない。

 心臓が、肋骨を叩き続けている。

 お兄様の実験機が狙われてるなんて、頭から離れない。

「玲奈、まだ起きてるの?」

 洋子が隣のベッドから顔を覗かせてきた。彼女の手にはポテチの袋が握られてて、少し緊張を和らげるいつもの軽さが感じられた。

 パリッという音が、静寂を破る。

 枕を抱きしめて、

「うん……お兄様のこと考えちゃって」

 と答えた。枕が、汗で湿っている。

 洋子はポテチを一口食べて、

「真田先輩と下山先輩が動いてくれるなら、少しは安心じゃない?」

 と笑う。でも、その笑顔が引きつっている。

 頷いたけど、

「でも、私たちでもっと何かできないかなって思うんだ」

 と呟いた。喉が、渇く。

 真田先輩は「明日、監視カメラをチェックしよう」と言ってくれたし、下山先輩も機械の動きを分析してくれるって約束してくれた。対番の先輩たちは頼もしい。でも、お兄様が危険に晒されてるなら、じっと待ってるだけじゃダメだ。お兄様なら、きっと自分から動くよね。

 ベッドから立ち上がった。

 足が、震えている。でも、止まらない。

「洋子、もう一度外を見てこようよ」

「え、今!?」

 洋子が目を丸くしたけど、私の真剣な顔を見て、

「分かったよ。玲奈がそう言うなら付き合う」

 と頷いた。でも、彼女の手も震えていた。

 静かに制服の上着を羽織り、寮を抜け出した。夜の空気は冷たくて、海風が頬を刺す。

 肌が、粟立つ。

 校舎の裏手に向かうと、さっきの機械はもういなかったけど、遠くの砂浜の方から微かな音が聞こえてきた。

 ザザッ……という、波に混じる不自然な響き。

 鼓膜が、震える。

「お兄様なら、どうするかな……」

 深呼吸して、心を落ち着けた。冷たい空気が、肺を刺す。

 お兄様なら、きっと証拠を見つけるために一歩踏み出す。私だって、お兄様の背中を追いかけてるんだから、少しでも力になりたい。

 いや、ならなければ。

「洋子、あの音、砂浜の方だよ」

 彼女は「うん、私も聞こえた。行ってみよう!」と気合を入れた。

 でも、声が上ずっている。

 校舎の影を抜け、横須賀基地に近い海岸へ向かった。


***


 砂浜に近づくと、波の音に混じって人の気配がした。カサッ、という小さな擦れ音。

 背筋を、何かが這い上がる。

 洋子と目を合わせて、岩陰に身を隠した。岩が、背中に冷たい。

 双眼鏡を取り出すと、暗闇の中で黒い船影が基地の方角へゆっくり近づいてるのが見えた。

「やっぱり不審船だ……!」

 声が震えた。唇が、青ざめている気がする。

 洋子が「軍港のすぐ近くでこんな動き、おかしいよね」と小声で呟く。

 彼女の息が、耳元でかかる。熱い。怖いんだ、洋子も。

 頷いて、

「お兄様の実験機を狙ってるんだ。もっと証拠が欲しい」

 とスマホを構えた。手が、震える。画面が、ぼやける。

 その時、砂浜の向こうから足音が近づいてきた。黒服の男たちが懐中電灯を抑えて歩いてる。

 心臓が、止まりそうになった。

 息を潜めて、録音アプリを起動した。男の一人が無線機に話しかける声が聞こえた。

「実験機の信号、明日未明に干渉する。あと5分で準備を――」

 心臓が跳ねた。

 血管が、破裂しそうだ。

 お兄様が危ない!

「これ、真田先輩たちに見せなきゃ」

 洋子に囁いた。声が、掠れる。

「でも、どうやって?」

 洋子が小声で聞く。彼女の手が、私の腕を掴んでいる。爪が、食い込む。

 一瞬考えて、

「直接教官に報告するのは危険だ。先輩たちに相談して、ちゃんとしたルートで動こう」

 と答えた。お兄様なら、冷静に仲間を頼る。私もそうしなきゃ。

 でも、本当は叫びたい。今すぐ、お兄様に――

 男たちが遠ざかるのを待って、そっと岩陰から離れた。

 月が雲に隠れ、辺りが一層暗くなる。

 闇が、私たちを飲み込もうとしている。

 不審船の灯りだけが、まるで獲物を狙う目のように海面に映っていた。

「明日未明って、もうすぐじゃない」

 洋子の声に焦りが滲む。喉が、震えている。

「うん。急がないと」

 足音を忍ばせながら、寮への道を急ぐ。足が、もつれそうだ。

 途中、振り返ると、砂浜に残された男たちの足跡が月光に照らされていた。その足跡が、お兄様に向かって伸びているように見えて、背筋が凍った。

 胃が、縮む。吐き気が、込み上げる。


***


 寮に戻る途中、

「真田先輩と下山先輩に今すぐ知らせたい」

 と洋子に言った。息が、白い。

 彼女は

「うん、私もそう思う。でも、夜が明けるまで待った方が安全じゃない?」

 と心配そうに返す。彼女の顔が、月光で青白い。

 首を振って、

「お兄様が危ないなら、少しでも早く動きたい」

 と答えた。喉が、詰まる。

 洋子は少し考えて、

「じゃあ、私が真田先輩の部屋に行ってくるよ。玲奈は下山先輩に」

 と提案した。

「ありがとう、洋子」

 笑った――でも、頬が引きつった。本当は怖かった。

 真夜中の寮は静かで、廊下の足音が響く。

 一歩一歩が、雷のように響く気がする。

 下山先輩の部屋をノックした。

 拳が、震える。

「玲奈? こんな時間に何?」

 と眠そうな声が返ってきた。急いで事情を説明した。

 早口になる。舌が、もつれる。

「不審船が砂浜に近づいてて、新しい録音が取れたんです。お兄様の実験機が狙われてるみたいで……」

 下山先輩は目を覚まして、

「分かった。録音を聞かせて」

 と真剣に言った。さすが対番の先輩だ。

 でも、先輩の顔も青ざめている。

 同じ頃、洋子が真田先輩を連れてきた。

「玲奈、また何か見つけたの?」

 と真田先輩が聞く。頷いて、

「砂浜で不審船と男たちを見ました。明日未明に何か仕掛けるみたいです」

 と答えた。声が、震えた。隠せない。

 真田先輩は

「それは急がないと。教官に報告する前に、私たちで証拠を固めよう」

 と決めた。でも、その声に不安が滲んでいる。

 下山先輩が

「録音から動きのパターンを分析するよ。玲奈、よくやった」

 と微笑む。

 胸が熱くなった。

 でも、同時に怖い。間に合うのか?

 仲間がいる。この絆があれば、お兄様を守れる気がする。

 いや、守らなければ。守れなかったら――

「お兄様、私が絶対守るから」

 心の中で呟いた。でも――本当に間に合うのだろうか。

 手が、震える。止まらない。

 窓の外で、不審船の灯りが不気味に揺れている。

 まるで、死神の目のように。

 夜の海への小さな一歩が、大きな危機に繋がる最初の一歩だった。

 明日未明――その言葉が、鋭い刃のように胸に突き刺さる。

 時計を見る。あと、何時間?

 砂浜での戦いは、もうすぐそこまで迫っていた。

 そして私は、まだ士官学校1年生でしかない。

 でも、お兄様のためなら――

 拳を、握る。爪が、手のひらに食い込む。痛い。

 この痛みが、現実だ。

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