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第83話 再会の警告と迫る影

「美樹さんが軍用フォーマットを使うなんて……何がそんなに急ぐんだ?」

 ログを握る。キーボードを叩く指先に、微かな焦燥が滲む。指が、震えているのを自覚した。

 士官学校の研究室は深夜の静寂に包まれ、窓の外では遠くの基地灯がぼんやりと瞬く。解析が進むにつれ、データの隙間から浮かび上がる異常が目に刺さる。断片的な符号が妙に歪んでいて、まるで誰かが意図的に仕掛けた暗号のようだ。

 その時、不意に窓の向こうから微かな電子音が聞こえた。

 耳を澄ませば、それはUCAVデータリンクの信号音。だが、何かが違う。鼓膜に、違和感が纏わりつく。

 実験機からのデータリンク信号にわずかにノイズが混ざっていて、規則正しいはずのビープ音が不気味に揺らいでいる。窓枠に手を置き、冷たいガラス越しに基地の闇を見つめた。ガラスが、体温を奪う。夜風が微かにカーテンを揺らし、心臓が一瞬強く脈打つ。

「……不協和音?」

 整然と並ぶはずの信号に、微妙なズレが混じっている。これはただの偶然なのか、それとも――いや、違う。何らかの意図的なノイズなのか。頭の中で可能性が渦巻き、背筋に冷たいものが走る。脊髄を、氷が這い上がる。

 もしこれが外部からの干渉なら、実験機のAIが危険に晒されているかもしれない。

 その時、コンコンと控えめなノックの音。

 思考は一瞬で途切れた。肩が、跳ねた。

 振り返ると、扉の向こうに立つ影。薄暗い廊下の灯りがその輪郭をかすかに照らし、胸に予感が広がる。肺が、縮む。深呼吸してドアノブを握り、ゆっくりと開ける。金属が、冷たい。

 そこにいたのは美樹さんだった。

「義之君、やっと会えた」

 柔らかな微笑み。しかし、その目の奥には張り詰めた緊張が宿っていた。瞳孔が、微かに震えている。

 彼女の制服には基地の埃が薄く付着し、長い移動の疲れが微かに見える。それでも、その瞳は鋭く俺を捉え、言葉以上に多くのものを語っていた。

 彼女の制服の裾が揺れるのを見て、「美樹さんが叫びそうなのを我慢してる」と一瞬で察した。

 唇が、かすかに震えていた。

 再会の喜びを隠しきれない俺は、言葉を発するよりも先に彼女の表情を読み取ろうとする。美樹さんの表情は穏やかだったが、その奥には何か深い決意が滲んでいた。初等科の図書館で初めて会ったあの瞬間が、ふと脳裏をよぎる。あの時と同じように、彼女の存在は俺に力を与える。

 いや、違う。今は不安も与えている。

「……どうしたんですか?」

 問いかけると、美樹さんはほんの僅か、視線を逸らした。彼女の指先が制服の裾を軽く握り、微かに震えているのが見えた。関節が、白い。

「話したいことがあるの。時間がないから、手短にね」

 その一言で、心臓が肋骨を叩いた。彼女の声には普段の優しさが残りつつも、切迫した響きが混じる。これはただの再会ではない。美樹さんがここに来た理由、それはきっと――。

 静かに扉を閉め、彼女を迎え入れた。

 扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。

 彼女の手が震える。

 部屋に差し込む基地の灯りが彼女の横顔を照らし、その表情に隠された不安が浮かび上がる。彼女を椅子に促し、自分も机の前に座った。空気が重く、言葉を待つ沈黙が部屋を満たす。

 息が、詰まりそうだ。

***

「初等科の頃に一緒に未来を考えたいって、あの時思ったの。私は義之君のおかげでここまで来られた」

 美樹さんは少し寂しそうに微笑む。頬が、かすかに赤い。

 その言葉が、初等科時代の記憶を呼び起こした。あの図書館で、彼女が俺に星座図鑑を手に持つ姿を見せた瞬間。彼女の声が孤独だった俺を包み、未来への一歩を踏み出させた。あの出会いがなければ、今の俺はなかった。

「俺も美樹さんのおかげで、ここまで来られた」

 正直な気持ちを口にした。喉が、熱い。

 彼女が俺が転生者であることを知らなくても、美樹さんとの出会いが俺に与えた影響は計り知れない。彼女の言葉が、俺の心に温かい灯りをともす。だが、美樹さんは微かに目を伏せ、わずかに震える手を握りそうになって、それを制した。

 指が、宙で止まった。

 その動作の意味を理解する。彼女は再会を心から喜びながらも、ここに来た理由を忘れたわけではないのだ。彼女の瞳に宿る緊張が、俺に迫る危機を静かに告げていた。

「センサーフュージョンで異常を拾ってるけど、これって義之君の技術だよね?」

 美樹さんが驚きを口にする。声が、上ずっている。

「そうだよ、複数のセンサーを融合して精度を上げてる」

 答えながら、彼女の表情を注視する。

「軍用通信を使ったのは、義之君に直接伝えるしかなかったから」

 美樹さんの表情が引き締まり、声に緊張が混じる。彼女の手が机の端を軽く叩き、その音が静寂に響く。

 木が、鈍い音を立てた。

「表向きはAIの自己進化の暴走懸念。でも、それだけじゃないの」

 肺から、息が抜けた。暗号通信は、ただの警告ではなかったということか。彼女の言葉が、胸に重くのしかかる。美樹さんがここまで来て、俺に直接伝えなければならない何かがある。それがどれほど深刻なものか、彼女の表情が物語っていた。

「電子戦部隊で拾った異常なデータパターンがあるの。義之君のAIに向けられた、明確な意図を持った干渉信号」

 美樹さんの声が震える。唇が、青ざめている。

「干渉信号?」

 背骨が、凍った。

「そう。誰かが――いや、何かが義之君のAIを狙ってる」

 窓の外を見た。さっきの不協和音が、急に現実味を帯びてくる。

 耳鳴りが、始まった。

「実験機のデータリンクにノイズが混じってた。それと関係が?」

「たぶん……いえ、きっとそう」

 美樹さんが立ち上がり、窓際に歩み寄る。椅子が、軋んだ。彼女の横顔に、基地の灯りが不安定な影を落とす。

「義之君、あなたの技術は革新的すぎる。それが――」

 言葉が途切れた。

 何も言わずに、ただ彼女の背中を見つめた。

 肩が、震えている。

「狙われてるってことか」

 口が、勝手に動いた。

「ええ。でも、誰が何の目的で……それはまだ」

 振り返った美樹さんの瞳に、恐怖と決意が交錯していた。初等科で出会った頃の無邪気な彼女とは違う。軍人としての責任と、俺への想いが複雑に絡み合っている。

 胸が、締め付けられる。

「美樹さん、危険を冒してまで知らせに来てくれたんだね」

「当たり前でしょ」

 即答だった。声が、強い。

「義之君が危ないなら、私は――」

 そこで言葉を飲み込んだ。でも、その先は言わなくても分かった。

 喉が、詰まった。

 再び沈黙が訪れる。だが、今度の沈黙は重くない。むしろ、互いの想いが静かに響き合うような、温かい静寂だった。

 心臓が、ゆっくりと鼓動を刻む。

「対策を考えないと」

 机に戻り、端末を開く。美樹さんも隣に座り、画面を覗き込む。彼女の髪から、懐かしい香りがした。

 鼻腔が、記憶を呼び覚ます。

「まず、干渉信号のパターンを解析する必要がある」

「私も協力する。電子戦部隊のデータベースにアクセスできるから」

 二人で画面に向かいながら、ふと思った。

 これは単なる技術的な脅威じゃない。俺たちの未来そのものへの挑戦だ。

 いや、俺が招いた災厄かもしれない。

「美樹さん」

「なに?」

「ありがとう。一人じゃなくて、よかった」

 彼女が微笑んだ。あの図書館で初めて見せた、あの笑顔と同じだった。

 でも、目尻に、涙が光った。

「私も同じこと思ってた」

 画面に新たなデータが表示される。異常なパターンが、まるで生き物のように蠢いている。これが俺たちの敵の正体か。

 指が、震えた。今度は隠さない。

 だが、恐怖はなかった。

 いや、嘘だ。恐怖はある。でも――

 美樹さんがいる。それだけで、どんな困難にも立ち向かえる気がした。

 窓の外で、不協和音が再び響く。

 今度は、それが警告ではなく、戦いの始まりを告げる音に聞こえた。

 背筋を、何かが這い上がった。

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