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第75話 最上級生としての責任と次世代空母計画

 これまでの雑務からは解放されたが、その代わりに新たな責任がのしかかる。

 肩が、軋む。骨が重さを訴えている。

 寮内の運営や下級生への指導、さらには彼らからの質問対応まで、これまで以上に多くのことに気を配らなければならない。最上級生ともなれば、ただ自分のことだけを考えていればいいという立場ではなくなるのだ。

 寮では、これまで以上に規律の維持が求められる。下級生たちはまだ軍人としての自覚が完全には身についていない者も多い。彼らの生活態度や学業、訓練の様子を把握し、必要ならば指導を施すのも最上級生の役目だ。

 朝の点呼で、彼らの顔を見る。まだ幼さの残る表情。

 俺もかつてはそうだったのか。

 そして、俺に対する下級生たちの態度も明らかに変わった。これまではただの先輩だったが、今では頼れる指導者としての目で見られることが多くなった。何かと相談を持ちかけられることも増えるだろう。

 その視線が、皮膚を刺す。

 昨日も新入生が俺の部屋をノックした。

「上杉先輩、AIの基礎理論について教えていただけませんか?」

 目が輝いている。期待に満ちている。

 俺の喉が渇いた。

「……今度、時間を作ろう」

 そう答えるのが精一杯だった。

 下級生の目線が変わったことで、自分もまた違う立場になったことを実感する。責任は重くなるが、それもまた成長の一環だ。

 成長。その言葉に、奥歯が軋む。

 責任が増えたことを実感しながらも、それを受け入れる覚悟はできている。

 ……できているはずだ。

 いや、できていなければならない。


***


 今年度予算で次期新型空母研究予算が正式に承認された。

 ついに、来たか。

 胃の奥で、何かが蠢いた。

 これにより、双胴船型空母計画が本格的にスタートすることになる。量子コンピューターを活用した設計最適化が可能となり、船型、飛行甲板、格納庫の配置など、数十万通りのシミュレーションを実施することができるようになる。

 数十万通り。その数字が、頭蓋骨の内側で反響する。

 また、ロボット技術を導入し、24時間体制での建造が決定した。量子コンピューターによる工程・進捗管理を行うことで、短期間での建造が現実のものとなる。恐らく当初案にあった建造期間は4.5年から4年に短縮されるだろう。これにより従来型空母の7~10年程度かかっていた建造が半分程になる。

 時間が、圧縮されていく。まるで俺の心臓も一緒に圧縮されるように。

 研究室で柴田さんが資料を広げながら言った。

「上杉君、これ見て。建造スケジュールが前倒しされてるわ」

 紙の音が、耳に痛い。

「4年で空母を? 正気とは思えませんね」

「でも、君ならできると思ってるのよ、上は」

 その言葉に、背筋が凍る。

 今回の研究計画で特に重点を置かれるのは、

 

 量子コンピューターによる設計最適化

 量産時の建艦作業のロボット化

 双胴設計の実用性

 飛行甲板の耐久性

 電磁カタパルトの適応性

 UCAV運用能力

 

 これらの技術的要素を徹底的に検証し、次世代空母としての基盤を確立する。

 基盤。その言葉が、俺の肋骨に食い込む。

 さらに、インドへの双胴船型中型空母(4.5万トンクラス)の輸出計画も浮上している。この技術を実証するための試験運用としても機能し、将来的な国際的な軍事技術協力の強化にもつながるだろう。

 インドは世界初となる双胴船型空母の導入に前向きで飛燕改とAegis-β4の導入も考えているらしい。すでにインドの軍需メーカーが視察に来たらしい。

 世界が、俺の技術を中心に回り始めている。

 その実感が、吐き気を誘う。

 インドはインド洋における軍事バランスを大きく傾けることができるだろう。

 又、飛燕改やAegis-β4のライセンス生産による技術の吸収も考えているのだろうだが、恐らく肝心な部分はブラックボックス化されるだろう。それにインドでは双胴船型空母の整備は出来ないので日本ですることになる。そこをどう考えるかが輸出が成立するかの鍵になるだろう。

 複雑な駆け引き。その渦中に、俺たちの技術がある。

 今後の進展次第では、日本の海軍戦力に大きな変革をもたらすことになる。

 変革……いや、革命かもしれない。

 そして俺は、その革命の火付け役だ。


***


 4年生になっても士官学校の授業よりも開発案件に関与する時間の方が圧倒的に増えてきた。

 教室よりも、研究室。黒板よりも、モニター。

 眼球が、青い光を吸収し続けている。

 

「士官学校内の研究室での産学共同開発」

 時間的な制約が厳しく、必要最低限の関与にとどめざるを得ない。これに深く関わる時間はないが、進捗だけは常に把握しておく必要がある。


「第6世代機の戦術ナビゲーションAIの最適化」

 今年中に試作機が完成する予定であり、さらなる最適化が求められている。戦術ナビゲーションAIの完成度が戦場での生存率を大きく左右することになる。

 生存率。その数字の向こうに、人の命がある。

 俺の手が、震えた。


「最新のシミュレーション環境でUCAV運用戦術の確立」

 双胴船型空母でのUCAV運用と密接に関連しており、慎重な検討が求められる。UCAVをいかに効率的に運用するかが今後の海戦における重要な課題だ。

 

 なぜ専門家ではなく俺に集中しているのか。

 椅子に深く沈み込む。疲労が、骨髄まで染み込んでいる。

 コーヒーを飲む。苦い。舌が痺れる。

 重要視されているのは間違いない。それだけの知識と実績を積み上げてきた自負はある。しかし、なぜ俺だけにこれほど多くの開発案件が集中するのか。

 士官学校の研究室での産学共同開発、第6世代機の戦術ナビゲーションAIの最適化、UCAV運用戦術の確立。これらはどれも、一士官学校生が関与するには異例なほどの重要案件だ。

「明らかにキャパオーバーなのに、何か意図があるとしか思えない」

 そう呟いた瞬間、廊下から声が聞こえた。

「上杉! また徹夜か?」

 戦術教官の藤堂中佐だった。

「いえ、まだ3時です」

「それを徹夜と言うんだ。お前、自分が人間だということを忘れてないか?」

 苦笑いが漏れた。忘れているのかもしれない。

 窓の外、夕陽が赤く燃えている。まるで俺の未来を暗示するように。

 転生者としての俺は、この世界の技術発展に大きく関わっている。しかし、それを知られるわけにはいかない。前世の知識を活かしながらも、あくまで自然に、そして慎重に振る舞わなければならない。

「俺は転生者であることを隠しながら技術の発展に関与しなければならない」

 綱渡り。その上を、俺は裸足で歩いている。

 足の裏が、痛い。

 この状況がいつまで続くのか、それともさらに負担が増していくのか。未来を考えると、不安は尽きない。

「この環境で、どこまでやれるのか……不安が募る」

 いや、不安じゃない。恐怖だ。

 俺の正体が、いつかバレるかもしれない恐怖。


***


 この1年は、これまでとはまるで違う時間になるだろう。最上級生としての責任を果たしながら、同時に開発案件に関わる。その両立は簡単なことではないが、もはや俺に選択肢はない。

 選択肢。その言葉が、喉に引っかかる。

 次世代空母計画の本格始動により、軍の技術革新はこれまでの常識を超えた領域へと進んでいく。量子コンピューターによる設計最適化、ロボット技術の導入、UCAVの本格運用。すべてが新たな時代を形作る重要な要素だ。俺はその変革の中心に立っている。

 中心。それとも、台風の目か。

 寮の自室に戻ると、机の上に手紙があった。

 美樹さんからだ。

『お互い、大変な時期ですね。でも、あなたなら大丈夫。世界を変える天才なんだから』

 手紙を握る手が、震えた。

 天才。その言葉が、重い。

 しかし、考えすぎるのはよくない。俺がやるべきことは、ただ目の前の課題を一つずつ解決していくことだ。最上級生として下級生の指導にあたり、研究者として技術の進歩に貢献する。それが、この1年の俺の役割になる。

 深呼吸する。冷たい空気が、肺を刺す。

「できることをやるしかない」

 そう自分に言い聞かせながら、俺は新たな責務を受け入れる覚悟を決めた。

 夜が、静かに俺を飲み込んでいく。

 明日もまた、長い一日が始まる。

 ……それでも、前に進むしかない。

 たとえ、その先に何が待っていようとも。

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