表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/122

第74話 次世代AI革命と新たな未来への航路

 GPUが存在する限り、大規模言語モデル(LLM)*1 の開発は必然だ。

 この世界では、前世よりもはるかに進んだハードウェアがすでに存在している。量子コンピューターが研究機関だけでなく、金融・セキュリティ・インフラ・製造業などの企業にも採用され始めている。もはや、量子コンピューターとAIの組み合わせは、今後の技術進展において不可欠な要素となるのは明らかだった。

 強化学習と量子コンピューターの融合による適応型AIの採用もできる。

 そう、すべての条件は揃っている。あとは――

 士官学校での自習時間を使い、少しずつLLMの論文を執筆してきた。UCAVや第6世代機のAI開発に時間を取られ、進捗は遅かったが、ようやく論文が完成した。

 深夜の図書館。ペンが紙を擦る音だけが、鼓膜に響く。

 キーボードを叩く指が痺れてきた。コーヒーはとっくに冷めている。舌に残るのは苦味だけだ。

 前世で実現されていたLLMをベースにしながらも、今回の論文では量子コンピューターを前提とした次世代LLMの概念を提案した。

 従来のニューラルネットワークが抱えていた計算量の問題を、量子コンピューターの並列処理によって解決し、より効率的な学習を可能にするものだ。

 計算式が頭の中で踊る。美しい。いや、恐ろしいほどに。

 モニターの青白い光が、眼球の奥まで突き刺さる。瞬きを忘れていた。目が乾く。

 そして、この延長線上に「量子回路学習(QCL)」*2 が存在する。

 今後、QCLの技術が確立されれば、AIの学習能力そのものが根本的に変わる可能性がある。従来のAIでは不可能だった大規模データの学習が可能になる。

 そして、短期間での最適戦術策定が可能になるはずだ。

 さらに、画像生成AIの論文も追加で執筆した。クリエイター保護の法制化が済んでいるため、著作権上の問題はクリアされている。これによって、より高度なビジュアル生成AIの発展が促進されるだろう。

 手が止まった。指先が冷たい。窓の外、星が瞬いている。

 首を回す。骨が鳴った。何時間、同じ姿勢でいたのか。

 LLMと並行して、AI技術全般の発展を推進する。この論文は、単なる研究成果ではなく、AIが次のステージへと進むための基盤となるはずだ。

 ――いや、ならなければならない。

 そうでなければ、この痺れた指も、充血した目も、報われない。


***


 量子コンピューターとLLMの組み合わせは、すでに戦略思考型AIの一部で採用されている。この技術は従来のAIでは実現不可能だった領域に踏み込み、戦術の予測精度を飛躍的に向上させた。

 戦略思考型AIの最終形態は、QCL(量子回路学習)を採用する可能性が高い。現在は監視AIの手法を取り入れているが、量子コンピューターとの組み合わせが進めば、AIは自己改良を繰り返し、より精密な戦術指示をリアルタイムで出せるようになる。

 自己改良。その言葉が、俺の背骨に冷気を這わせる。

 これが実現すれば、指揮官の判断を支援するだけでなく、複雑な戦況分析を瞬時に行うAIの開発も可能となる。従来の計算機では処理に膨大な時間がかかったシミュレーションが、量子コンピューターの並列計算能力によって短時間で実行できるようになるのだ。

 まるで未来が、喉元まで迫っているかのようだ。

 今回の第6世代機の開発は監視AIの手法を取り入れたが、量子コンピューターとLLM AIの組み合わせは恐らく高度な自己改良も可能になるはずだ。今の開発環境も大幅に改善されるだろう。

 今後、戦略思考型AIの発展は、軍事技術のみならず、多方面の分野に波及するだろう。QCLが確立されれば、戦略AIはただの補助ツールではなく、戦場の未来を決定づける存在へと進化するに違いない。

 俺は肺を空にした。

 この技術が、誰かの明日を守ることを願って。

 ……そして、俺たちが制御できることも。


***


 論文の概要を柴田さんに説明した。

 研究室の蛍光灯が、頭蓋骨の内側で音を立てている。

「LLMの次世代モデルに量子コンピューターを組み込むことで、より効率的な学習が可能になります」

「これにより、戦術思考型AIや第6世代機のナビゲーションAIも、より適応力を持つものになるはずです」

 言葉を切った。柴田さんの顔面の筋肉が、みるみる緊張していく。

 柴田さんは俺の話を聞くなり、目を見開いた。瞳孔が一瞬、縮んだ。

「貴方ね……ニューラルネットワークと自然言語処理を一人で考え出したって聞いてたけど……」

 声帯が震えている。驚きか、それとも――

「研究所が10年単位でやってる研究を、高校生のうちにやって、さらに士官学校在学中に新しいAIを考え出すって……」

 柴田さんが立ち上がった。椅子が後ろに倒れそうになる。

「驚くというより、もはや呆れるわよ!」

 手のひらが机を打つ。振動が俺の腕まで伝わった。

「上杉君がAIの天才と異名されてるのは知ってたけど、これは天才じゃなくてAIの革命児よ!!」

 俺は柴田さんの反応を見て、喉が詰まった。

「そんなに驚くことですか?」

 本心だった。いや、本心のつもりだった。

「驚くに決まってるでしょ! これまでの流れからしても、常識で測れないレベルなのよ」

 柴田さんが俺の肩を掴む。力が強い。

「ちょっと、本当に人間? AIが人間のふりしてるんじゃないでしょうね?」

 半分本気の目だった。いや、7割は本気か。

 確かに、前世の知識を応用しているとはいえ、俺の考えた技術がこれほどの反響を呼ぶとは思っていなかった。

 思っていなかった、はずだ。

「でも、これが技術の進化のためには必要なことなんです」

「ええ、それは分かるわ。でも、もう少しペースを考えなさいよ。周りがついていけないわ」

 柴田さんが額に手を当てる。

「私、もしかして歴史的瞬間に立ち会ってるのかしら……」

 その呟きに、俺の首筋に汗が滲んだ。それでも、次の技術革新に向けた道筋はもう見えている。

 止まれない。いや、止まってはいけない。

 ……たとえ、人間離れしていると言われても。


***


 美樹さんが士官学校を卒業した。

 制服に身を包んだ彼女が、背筋を伸ばして敬礼する。

 朝日が彼女の金色の記章を照らす。眩しくて、目を細めた。

 進路として航空機管制か電子戦技術者のどちらかを希望していたが、最終的に電子戦技術者を選択した。その理由は、将来的に俺と結婚することを見据えての判断だったのだろう。航空機管制よりも電子戦技術者のほうが、将来的に技術で俺の役に立ちやすい。俺のためにそこまで考えてくれたことが、ただありがたかった。

 胸の奥で何かが熱くなる。言葉にできない何かが。

 配属先は戦艦「紀伊」。

 俺は空母勤務となるが、同じ艦隊に配属される可能性は極めて低い。もちろん、現役中に同じ作戦に関わる機会がないとは言えないが、基本的に別々の場所で勤務することになる。

 離れ離れ。その現実が、肺を圧迫する。

 それでも、美樹さんが電子戦技術者としてのキャリアを確実に積めるのは間違いない。軍の電子戦分野は今後さらに重要性を増していく。高度な技術と分析力が求められるその分野に、美樹さんが進むことに誇りを感じる。

「おそらく、現役時代は単身赴任のような形になるだろう」

 そんな覚悟はしていた。それでも、美樹さんが俺との将来を考えた上でこの選択をしてくれたことが、何よりも嬉しかった。

 現役期間は約5~6年。

 長いようで、短い。短いようで、長い。

 それまでの間はお互い別々の艦隊勤務になる可能性が高い。しかし、臨時の艦隊編成によっては同じ艦隊勤務となる可能性もある。

 現役を終え、予備役に編入した後のプランも考えている。

 一緒にMBAを取得するのも選択肢の一つだ。軍務で得た知識と経験を活かし、経営や組織運営の分野に進むのも面白いかもしれない。

 いや、それよりも――

「美樹さんと一緒に、AIの会社でも立ち上げようか」

 ふと口を滑らせた。美樹さんの目が丸くなる。

「まさか、世界征服でも企んでるの?」

「AIで世界を平和にする、だよ」

 苦笑いが漏れた。半分は本気だったけど。

 軍人としての経験が、新しいキャリアの基盤になる。これまでの時間が無駄になることはない。むしろ、それを活かして新しい世界へと踏み出すことができる。

「俺たちの未来は、まだまだこれからだ」

 そう呟いた声が、喉の奥で消えた。


***


 卒業時のダンスパーティで、俺が美樹さんのパートナーを務めた。

 シャンデリアの光が、網膜に突き刺さる。

 美樹さんの手を取る。絹の手袋越しに、彼女の体温が伝わった。

「これは一生の思い出になる」

 美樹さんもこの日のことを忘れないだろう。士官学校での厳しい日々を乗り越え、共に歩んできた時間が、この一瞬に凝縮されている気がした。

 音楽が流れる。ワルツのリズムが、胸郭を震わせる。

 ドレスに身を包んだ美樹さんは、普段の軍服姿とはまるで別人のように華やかだった。けれど、変わらない穏やかな笑顔がそこにあった。

 ドレスの裾が、俺の足に触れる。サテンの冷たい感触。

 その笑顔が、すべてを物語っている。

「俺が卒業するときは、ぜひ美樹さんにも来てもらいたい」

 彼女の頭が小さく動いた。約束、というには儚すぎる。

 ただし、彼女は艦艇勤務だ。スケジュールが合うかどうかは分からない。

「もし来られないなら、玲奈に頼もう」

 しかし、その案を考えた瞬間、背筋に悪寒が走る。

「待って」

 美樹さんが俺の袖を引いた。

「あの3人組から選んだら、卒業式が大惨事になるわよ?」

「……確かに」

「想像を絶する未来が待っていそうだ……」

 思わず頬が引きつりながら、パーティーの熱気とともに、この瞬間を心に刻んだ。

 美樹さんの手が、俺の手に重なる。体温が伝わる。

 ふと、彼女が小声で囁いた。

「義之君の論文、読ませてもらったわ」

「え?」

「AIが人類を超える日って、本当に来るのかしら」

 その問いに、俺の鼓動が跳ねた。

「来るかもしれない。でも――」

 美樹さんの手を、少し強く握った。

「俺たちがいる限り、AIは人類の味方だ」

 彼女が微笑む。安堵の色が見えた。

「次世代のAI、そして俺たちの未来——どちらも、まだ始まったばかりだ」

 窓の外、星が瞬いている。

 まるで、無限の可能性を示すかのように。

 ……俺たちは、どこまで行けるだろうか。

 AIと共に、人として。


***


*1:大規模言語モデル(LLM:Large Language Models)は、膨大なテキストデータとディープラーニング技術を用いて構築された高度な自然言語処理モデル

*2:量子回路学習(Quantum Circuit Learning: QCL)は、量子コンピュータを用いて機械学習を行うための量子アルゴリズム。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ