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 村が滅ぼされて目の前で魔獣に食われてる。


 成人し鍛冶屋の父親の後を継ぐため修行をしていた際に村が魔物に襲われた。


 大コウモリという魔物の群れだ、集団で人の集落を襲う夜行性の魔物で人の血を吸って肉を食う。

 昨日鍋を囲った友人が目の前で吸われ干からび、腕や足の食いちぎられる。

 そうしてる間にもコウモリは夜空を舞い火を恐れずに人間目掛けて飛び込んでくる。


 俺はたった1つ、父親の使っていた斧を持って逃げた。


 特別製の魔物除けの鉱物、タンザナイトを使った業物。


「お前は、それを持って生きろ……!」


 凄惨な光景を前にした恐怖で腕を食いちぎられながら発した父の最期の言葉には何も言えなかった。

 俺は走って逃げた。


 振ってくるコウモリにはそれを振り回して追い払う。

 コウモリは襲ってはくるもののタンザナイトの斧を振ればすぐさま逃げていく


 目の前で腕や足を食いちぎられる父や母、逃げた先で膨らんだ腹が食い破られそのまま捨てられていた妹。


 それに覆い被さるように倒れ、四肢を食いちぎられて干からびていた妹の旦那。


 夜間用の松明が倒れたことにより火が燃え移り真っ赤に辺りを照らし続けるせいで惨劇の様子がまざまざと見える。


 森に逃げる道中でも何人を見捨てただろう。


 家族の死を見てから「助けて」と言われても恐怖で足が向かわない、自分を守るためにしかその時は斧を振れなかった。

 幸いなことは景色は赤かったことだ。血が目立って見えなかったこと。


 コウモリに舐めとられ吸われてしまっていただけかもしれないがあまり人の血を見ることはなかった。

 そうやって逃げて逃げて、森の奥深くまで逃げた。


 その道中でやっと覚悟が完了して、魔物を斬りつけられるようになったた。

 父が打ったタンザナイトの斧はどんなに魔物を斬りつけても錆びることも刃こぼれもしない。


 これで守れたかもしれないと思って罪悪感を抱えたまま村に戻った頃にはもう焦げ跡と人骨しか残っていない。


 勇気を出すのが遅すぎたのだ。少しでも早く覚悟を決めて戻れば1人でも助けられただろう。

 しかし時は巻き戻らない、俺は斧で魔物を斬り殺す。そうしてるうちに時が経つ。


 あの時助けられなかった人たちの分まで俺は斧を振り魔物を殺した。


 何匹殺せば村のみんなは許してくれるだろう。


 何匹が村のみんなを殺したのだろう。


 手当たり次第に魔物か魔障ではない動物か分からなくても人以外の生き物は殺した。


 コウモリの巣を見つけたら燃やして根絶やしにした。

 そんなことを森の中1人で魔物を狩り続け、その先に魔獣クラスの炎のような狼とも出会い殺した。


 その時は立場が逆転していた。


 子供の目の前で親が死ぬのを魔獣の子供に見せてしまった。

 痛みは全てにおいて平等だ。痛覚がなくても心は痛む。


 この子供の狼の心はひどく傷んでいただろう。唯一生かしておいた。

 俺はその子供の狼に自分を重ねたんだろう。


 魔なるものの浄化など宗教じみた思想に興味はなく、ただ親や友人隣人の死に対する八つ当たりをしていたんだ。


 生きてくれ、親の分まで幸せになるのが息子の役割だ。

 そう言われて生き続けたのだ。死ぬわけにはいかないと。

 ならあの狼もと生かしたのだが……それが巡り巡っているのかもな。


 俺はあの時、魔物を殺しすぎたせいできっかけは分かっても殺しを継続する理由が分からずどう幸せになったらいいかも分からなかった。


 逃げたことを許してほしい。

 あの仇の大コウモリは倒せたか分からないけど、今は魔物を代わりにいっぱい殺してるんだ。


 ただその一心で魔物を殺し、どこかに漂っているかもしれない魂に許しを求めた。

 いや自分で自分が許せなくてそうしていたのだ。


 魔獣を殺した後も、森の中で1人でどこの誰か分からない人が魔物に襲われないように巡回し殺した。

 魔物の返り血が赤黒く鎧を染め上げて細かい傷に入り込み固まっている。


 そこから鎧の鉄と混じった腐臭が漂って、気にし始めると吐きそうになる。

 唯一、タンザナイトの斧だけが美しく青銀の輝きを放っていたのを俺は覚えている。

 その輝きが父の打った斧に宿る生命のようで美しかった。


 そうやって魔物を殺し続けながら野宿を続け何年も過ごしたある日、商人の一団と思われる荷馬車が猪の魔物に囲まれていたのでそれらを全て殺した。


 躊躇を一切せず首に斧を振って返り血を浴びる。きっとその光景は悍ましいことだったろう。

 幾度と冒険者を助けたが、正確に首を落とし返り血を浴びた姿を見てみんな逃げ去ってしまう。

 今回も同じだろうと思って黙って去ろうとすると荷馬車から魔物を見るような視線が己に突き刺さる。


 その視線の先に、今の妻がいた。


 彼女は荷馬車から飛び出すと、血と腐臭に塗れてただフラフラと過ぎ去るもはや魔物を殺す装置や現象と成り果てた俺に治療を施した。


「神の恵みよ、ヒール」


 彼女はとても美しく、身なりだけで自分と住んでる世界が違うと言うことを見せつけているようだった。


「これで大丈夫。あなた、ずっとこちらに?」

「……」


 答えなかった。なんで答えたらいい?


 はいそうです。それで終わる話だが、何もかもを見捨ててその代わりに魔物や生き物を殺し続ける。

 そんな俺はもう自分が人間なのか、生きてるのかすらあやふやだったのだ。


「私はこの商人の護衛をしている冒険者です。この辺りに魔獣が出ると伺いました。知ってたら教えていただけないでしょうか?」


 魔獣、いつか殺した親子連れの大狼。子は見逃したがあいつのことか。


「魔獣クラスの狼なら殺した」

「えっ? 火炎爪の狼と聞きましたがどうやって……」


「前足の腱を切って下がった頭を落とした」


 目を合わせずその場を立ち去ろうとしても質問してくる彼女はなぜか目を輝かせる。


「凄いですね……っ! うん凄い……! あなた! お名前は!?」


 その輝きが薄気味悪かった。

 無視をしてその場を去ろうとしても腕を掴まれる。


「名乗る気がないなら分かりました! それでもいいので来ていただけませんか!? 一緒にいたら心強いです! 私、新米の冒険者なので回復は得意なのですが攻撃がまだ……」


「えっ!? あなた腕利きだって聞いたから雇ったんだけど」


 荷馬車から顔だけ出したふくよかな男は顔を歪めてその女性に言う。


「回復の腕はいいから嘘じゃないです! それじゃあなんですか? 新米だからダメなんですか? 新米はただ薬草集めしとけばいいって言うんですか? 戦えるのにそんなことをさせておくんですね! あ、私が女だから? そうなんですか?」


 この女は思い込みが激しいようで雇い主の商人に捲し立てた。

 困った顔をして押されてる様子に俺は


「くくっ」


 くつくつと笑ってしまう。


「あっ、今笑いました?」


 頑固な妹を思い出してしまった。

 村長の息子である旦那に対して強情に意見を通すものだから困惑しながら妹を諌める光景を思い出す。


 生きていた妹夫婦のことを久しぶりに思い返した。


 腹を食い破られたあの死体ではなく、元気で笑顔が美しい生きている時の記憶。


「いや、知り合いに似ててな」

「そうですか……? まぁいいです。それでついてきてくれますか?」


「あぁ、なんならお守りしよう。攻撃が苦手なら尚更俺が必要だろうし、むしろ君はここで降りていいかもな」

「えっ、ちょっ!? なんでなんですか! 私の依頼なんですから!」


 少しばかり嫌味な冗談を言うとムキになる姿も妹に似ている。

 あぁ、久しぶりに笑えたかもしれない。


 今までの張り詰めていた何かが緩む。

 今の自分は返り血と腐臭を纏っている。人間かも怪しい自分に彼女は話をしてくれた。


 自分が、ただ魔物を殺す現象から人間になれた気がした。


 あの時逃げた自分を許しきれたわけじゃないが、少しだけ時間をかけてもいいかもと思ったのだ。

 人間のまま時間をかけて、あの時の自分を許せるようになろう。


 ライネルはそうやって俺の心を解きほぐしてくれたのだ。


 なんでこんな俺に目をかけてくれたのか聞いた時は「顔が好みだった」なんて言われたものだから驚いたが、そうやって結ばれることができて親になることまで出来たのだ。


 これ以上の喜びはない。そう思っていた反面、俺には罪悪感があった。


 魔物から逃げて、俺1人だけ幸せになることを死んでしまった村のみんなに咎められるんじゃないかという不安や罪悪感。


「それって許してもらうことなの? あなたは今生きてるじゃない。自分が死ぬんだから相手も死んでほしいなんて普通は思わないと思うけど? 許す許さないなんてなおさらよ」


 魔物から逃げてきたことを話したら彼女は生まれたばかりの息子を抱いてそう言った。


「だから、あなたがもし許してもらえるとしたら魔物を切った数じゃなくて生きた年数だと思うな。あなたのおかげで何十年も幸せでいられたよ。ありがとう。って空の上で両親に会った時に笑って伝えてあげた方が喜ぶと思う。


 それにごめんなさいよりありがとうの方が言われて嬉しいもん。

 彼女はそう付け加えて抱いた息子を揺籠に寝かしつける。


「俺は……父親になれるだろうか」

「もうなってるじゃない」


「幸せだったと伝える……そうだな、同じような状況でも俺は息子に、カイルに生きて幸せでいて欲しいと願うかもしれない。幸せに生きれたと報告して欲しい」

「そうだよ。あ、でもその報告は私が死んじゃってからね。私が先に待って2人であなたの両親に挨拶をするの。だから私より先に死んだら本当に泣いて暴れちゃうんだからね」


「ふっ、お前が言うと冗談に聞こえないな」


 親父、俺は幸せになれているだろうか。

 親父が俺や妹と過ごした日々、そこから生きたであろう日々の幸せの総量に俺の幸せは追いつけているだろうか。


 息子まで出来て、幸せでいっぱいだが俺は死ぬらしい。

 死期は分からないが、魔獣との決戦で死ぬ気がしている。


 笑顔が眩しく、ちょっと思い込みが激しいが素敵な妻ライネル。

 何事にも興味があり王宮騎士や商会の雇った小綺麗な御者、目に入る立派そうな人にすぐ憧れる息子。


 もし、魔物に目をつけられたら……


 将来自分のような戦士になろうとしている息子があの魔獣と出会ったら……

 俺の記憶は幸せを噛み締めると必ず悍ましさも噛み潰す必要がある。


 死神に憑かれた今、そんな光景が頭に甦り、絡んだ糸を解くように自分を見つめ直している。


 死ぬのだ。死の前の整理と言うやつだ。これは……

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