6 オルトス視点
俺とエスカは岩山につく、この中のラムダハルの洞窟にあの魔獣はいる。
あたりには魔物のものと思われる血の跡がたくさんついている。
外に出て狩りをして住処にしているのだろう。
昔は銀や金が取れた鉱山だったが、取れなくなってから放置しているらしい。
人や外敵になるものが近くに寄り付かず、少し遠出をすれば人間、森に川、資源という資源は豊富にあるこの場所はかの魔獣にとって絶好の地なんだろう。
もっと人を集めるべきだったかもしれない……洞窟を目の前に改めて一人で来たことに緊張が走る。
「いや、これは俺が残してしまった責任だ……」
あの時に見逃した責任がある。
本当は殺さなければならなかった存在を見逃し、それがまた被害を生んでいるなら自分一人で決着をつけるべきだ。
「入るぞ」
エスカに背中越しでそう告げ、腰のランタンに火を灯し中に入っていく。
生臭い、死臭と川の泥が混ざり合ったような不快な臭い。
俺の記憶が正しければこの奥に日の光が差し込む場所がある。
もしいるとしたらそこだ。以前魔獣と戦った時はそこだった。
「うわうわうわ、死んでるね」
この死神はこの暗さでも見えているのか、ランタンで周囲を照らすとまだ死んで日が経ってない肉片があちこちに散らばっていた。
死んだ十一人の兵士だろう、爪で思いっきり裂かれ、焼け爛れた痕がある。
顔と見られる部位、腕か足かわからない部位。
見るだけで状況が凄惨だったことが分かる。むしろよく一人生き延びたと感心するくらいには俺の視界に入ったものはそれだけ悲惨だった。
「君もこうなるかもしれないよ」
エスカはケタケタと死神らしく笑って俺にそう言いぶつける。
「先に行くぞ」
ただ触れないことはした。
五分ほどだろうか、少し歩くとランタンがいらないほど明るい空間に到着した。
光水晶という水晶があたりを照らして空間が鮮明に見えて回る。
とても広い空間で天井も高い。あの魔物が住み着くにはぴったりの場所だ。
その昔、風雨をしのぐために迷い込んだ時、ここで魔獣と戦ったのを鮮明に思い出す。
あの魔獣は俺ですら見上げるサイズ、危険なのは一目見ただけで分かる。
白い毛に赤い模様や瞳が印象的な、炎を纏う狼のような魔獣だった。
一見その美しさに目を奪われそうになるものの、その美しさには危険が孕んでいる。
自分に取り憑いている刺青に金髪の死神も特有の禍々しさがある。
ただそれとはまた別種の恐ろしさがある見た目をしていたことは今でも忘れない。
だからこそ一目見れば分かるはずなんだが…
「いない……?」
目論見が外れたか、まだ奥があるがその先は真っ暗で炎を纏う魔獣がいるとは思えない。
「狩りに出ているのか……?」
「うーん、まぁいなくてよかったね。なーんだ。つまんないの」
「いや……気配はある……っ!」
その瞬間、背中から身の毛もよだつ殺気のようなものを感じた。
いや殺気じゃない。辺りが突然より一層明るくなったことでその存在に気づいた。
「エスカ! 離れろ!」
俺は真後ろにいたエスカに一言、そう大きな声で告げるもすぐさま後悔した。
完全に忘れていた。
彼女は自分以外に見えない存在ということを。
そして彼女は人に死を告げ、人の死を見届ける死そのものであったのだということを。
陽炎のようにゆらりと現れこちらに伸びる爪は俺の肩を目掛けて振り下ろされている
「―――――――――っ」
声にならない遠吠えと共に、彼女の体を貫通して爪が飛んでくる。
野生の勘というべきか以前戦った経験というべきか、紙一重でそれを躱すことができた。
ただ炎を纏う魔獣の熱風が押し寄せ、爪で貫かれた彼女の体は煙のように消えていく
「あっぐ! 魔獣……っ! お前、親よりでかくなってるな」
狼のような見た目にしては大きすぎる。俺の身体だって大きい方だというのに。
なのに少し見上げなければ目が合わない、それほどの大きさだった。
毛が逆立ち、辺り一帯が熱気で包まれ始める。敵意をこちらに向けている。
(覚えているか魔獣……っ! すまないが貴様を殺す!)
力押しで来られる前にすぐさま腰から剣を抜き、眼前の魔獣の足元にスライディングで滑り込む。
しかし魔獣もそれに反応し後ろに下がることで立ち塞がる。
「おぉ、見た目とは違って素早い」
死神の声が後ろで聞こえる。
気にするな。魔獣から目を離すな。
そのまま腹を突き刺す算段で懐に潜り込み思いきり剣を突き立てようとした瞬間に魔獣が体を振るい熱をまた強く発しながら距離をとる。
オルトスもすぐに立ち上がる。
魔獣はその先に進ませないと空洞の奥を守るようだった。
何かあるのだろうか……? それはなんだ?
いや今そんなことはどうでもいい。なら何か大切なものがあるとして行動する!
「ふぅあっっ!!」
「―――」
今度はまっすぐに踏み込んで視界を塞ぐように最速の剣で顔を突きにいく。常に死角を作る。
そこから勝機を見出すんだ……っ!
「―――――っ!」
魔獣はグルルと唸りながら顔を左に避ける。しかし視線はこちらを向いたままだ。
こちらの動きを常に警戒している。
「ぐっ! しかし顔を逸らせば……っ!」
その瞬間、右手の剣の軌道で作った魔獣の死角、避けた方向と逆側から手を伸ばして魔獣の体毛を思いきり掴み腕の力で体を引き寄せて持ちあげ馬乗りになりにいく。
炎を纏って熱い……爪での一振りでも体が焼けるような熱気だというのに直接その毛皮を掴んでいる。
正直、前に戦った魔獣が弱かったんじゃないかと思えるほど、熱気や炎の温度が違う。
「リヒール!」
冒険者だった妻に教わった継続回復の魔法。体を焼かれながらも再生する。
痛みなんて我慢すればいい、体さえ無事ならこの魔獣を倒せる!
俺は掴んだ毛を一気に引き寄せ体を投げ形で背中にまたがる。
そしてそのまま思い切り剣を背中に突き刺す
「すまないな! 子供が待ってるんだ!」
「っ! ――――――っ!!!!」
突き刺す直前、大きなうなり声と共に魔獣が体を震わせてオルトスは吹き飛ばされる。
「がぁ!!」
思い切り体を地面に叩きつけられる。
(くそっ! リヒールが切れた……残りの魔力で出来るのはヒールとリヒールが一回ずつ)
「――――」
考えているとなにか唸っているのがわかる。
話しているつもりなのか……?