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 物騒な装備をした人間に連れられ、オルトスは王宮まで連れていかれる。


 城に入ってみるとそれはそれは豪勢なものだった。中にいる人でさえジャクソンという枯れ木のような老人とは全くの別世界の住民のように見えるほど綺麗に整っている。


 もちろん野生味に溢れるオルトスはそんな光景に似合っていない。

 兵士に連れられ、あたりをキョロキョロするだけで目がチカチカとしそうだった


 僕は基本的に誰に取り憑いたとか、その時の出来事は基本的に覚えてない

 けれどそんな僕ですら既視感を覚えるほど豪華な装飾と真っ赤なカーペット。 

 最後に通されてみた玉座ですらキンキラキンにキラキラ。


 やるならキラキラに豪勢に! と言うのは僕の美学に準じていていい感じに見える。

 だけど人間と同じセンスと思うとなんか嫌だから一応悪趣味ってことにしておく。

 キラキラして悪趣味、運命はセンスが悪いって言うけどやっぱり豪華な装飾や意匠は視界が華やかになっていい。


 この圧倒されるような美しさを理解できないなんてセンスが悪いのはあっちのほうだ。


「国王、南の洞窟についてですが」


 そんな玉座を前にオルトスは兵士や悪趣味な国王に見守られながら膝をついて進言しはじめた。

 この玉座の間へ通され国王らしきヒゲの男と目を合わせすぐさま頭を垂れる。人間というのは権威に弱いのかなんなのか。


 どんな生物であれ等しく平等に死ぬのに年齢以外の階級で上と下を分けることになんの意味があるのか、社会とは縁遠い死神には到底わかるはずもない。


「あぁ固くなるな。こちらはオルトス殿に多大な恩義がある。だからこそあまりこういう荒事ばかり押し付けるのは悪いのだが……」


 国王は手のひらをこちらに見せて、首を左右にひねりながらオルトスに語りかける。

 しかしオルトスは片膝をついたまま国王と目を合わせず淡々と話を続ける


「いえ、魔物を討伐する代わりに兵役を免除し自由に生活させていただいているのです。なんなりとご命令ください」


 こう見ると国王とオルトスは似てるようで違う。

 年齢は同じくらいだろうけど筋骨隆々としたオルトスに対し国王は飄々としている。


 まぁどっちも僕より年下だし、持ってるオーラも僕の方がすごいけど


「そうか……すまないな。この国で腕が立つのはオルトス殿しかいなくてな」


 国王は少し頭を抱えてオルトスを見つめた。

 オルトスはこの国で一番強いらしい、まぁそんな風には見える。

 ここまでオルトスについていくうちに何人か兵士を見たが、彼らと見比べればオルトスとの実力差は一目瞭然だ。


 兵士というだけあって体つきはいいが、なんというか……オーラがない。この国の兵士全体に言えることだが、戦う人間の雰囲気ではないのは伝わる。


 きっとこの街や国は平和なんだろうな。


「聞いてくれるなら話は早い。じゃあ、詳細を報告してあげなさい」

「はっ」


 うん、あいつは死ぬな。僕が取り憑いているぞ。あっちにいる僕と目があった。

 他人に取り憑いてる僕と目が合うことはよくあるが大抵見て見ぬ振りをする。


 取り憑いた僕同士で話してもそこまで盛り上がらないからだ。 


 玉座の右隣について立つ死期が迫っている兵士は国王に言われるとガサガサと懐から紙を取り出して読み上げ始めた。


「南のラムダハルの洞窟の中に不審な動きが見える。辺り一帯に魔物の死体が転がっているのだ。そこで見回りの兵士、十二名が確認に向かったのだが……」


 そこで彼は口をまごつかせる。


「どうした、早く読まないか」

「は、はっ! 確認に向かった兵士のうち、十一名が死亡、一名が右腕を失いながら帰還した」

「っ!?」


 オルトスの表情が変わった。


「なんだ、何があった」

「帰還した兵士、カイムに話を聞くと、大きな狼のような魔物が洞窟を住処にしていたとのことです。サイズは人を優に超え、我が国における定義では【魔物】ではなく、【魔獣】に属するとのこと」


「魔獣……なんでこの地に!」

「わからないんだ。オルトス殿。どこからか逃げおおせたか、餌を求めてきたかはわからんのだが、ただラムダハルの洞窟に住み着いていることは確かなんだ」


 空気が重い。

 オルトスもまさかといった顔つきで冷や汗をかいている。


「それで王命というのは、その魔獣を仕留めて来いとのことでよろしいか?」


 そう静かに彼が言うと国王はこくりと首を縦に振った。


「なるほど……一応確認するが魔獣というのは、俺が昔に討伐したような魔物に属しない、災害に匹敵する力を持った生物。今回の相手もそれで間違いないな?」


 改めて確認するようにオルトスは言った。

 死因はこれだな。きっと僕と同じように直感したんだろう。


「あぁ……すまない。頼れるのは魔獣討伐の経験もある戦士の君しかいない」


 国王がそう言うと兵士は唇を噛みながら口を開いた。


「腕の一振りで半分死んだそうだ。ものの数十秒で十一人の兵士の命と一人の兵士の腕を奪っていったと報告がある……その兵士も帰還してすぐ息を引き取った。焼けるような熱さを纏って暴れ回ったそうでな」

「焼けるような熱さ……っ!」


 グッと拳に力が入るのを見届け、国王が改めて伝える


「覚えがあるだろう、火炎爪の狼との噂だ」

「あの時の……っ!」

「オルトス殿がこの国に来た時にライネルが話してくれたな。我が国でも対処に困窮していた火炎爪の魔獣を殺したと、それと酷似した魔獣が最近目撃されてな、調査に出したらこのザマだ。誠に恥ずかしい話ではあるが我が国は小さく兵力には限界があるのだ。お願いできないだろうか」」


 なるほど。きっと彼らにも僕は取り憑いていただろう。少し記憶を探ってみる。


 僕は面白い死に方を手記にまとめていて、多少記憶に残っているけれどそれ以外は覚えないようにしている。

 観測が可能な全ての世界にいる死を理解した生命に取り憑いて死を見届けているのに、それらを思い出のように覚えていたら頭がパンクしてしまう。

 だから基本的に死に際なんて覚えてないし覚えないようにしているけれど、死んでから数日ならある程度の死に様が分かっていれば思い出せる


「おぉ……」


 僕はなんとなくこの男、戦士オルトスの死期を察した。

 オルトスはこの王命を受け死ぬ。その魔獣に殺されるだろう。


 切り裂かれるか焼かれるか、燃えるような熱を発している狼のような魔獣に。


 改めて言語として心で認識するとオルトスはそれに反応したかのように唾を飲んだ。


 きっとこの男も頭ではっきりと察した。落ち着いているように見えるが彼は今自分の死期を察して、それを受け入れるために何度も息を整えている。


 残念ながら元から確定してるんだ。受け入れようが受け入れまいが、彼は死ぬ。


「こういう風に言ってはいるが、私たちは無理強いはできない。選択を押し付けるようで申し訳ないが王命を受けるか、君が決めてくれ」

「残酷な選択を迫るものですな……」


 ため息をついて頭をワシワシと掻いているオルトスに僕は近づいた。

 そして僕はトントンと彼の肩を叩いて、ゆっくりと耳元で囁く


「……あのね、ちなみにこの王命を断っても君は死ぬからね。運命的に君の死は確定だ。この王命を断ってもなんらかの原因で死ぬ。妻のライネルに殺されるなりしてね。だからどっちを選んでも君の死は避けられない。君は僕と言う死に取り憑かれているんだ」


 僕はあえて厳しくそう言いつける。これは優しさでもある。


 期待を待って死ぬよりも、覚悟を持って死んだ方が残り少ない命も有意義だ。

 面白くなるかもしれないしウィンウィンってやつだね。


「魔物や魔獣は駆除してその地を浄化する必要がある。魔なるものはあたりを汚染し我々に牙を剥くからだ。しかし今回の相手は我が国の兵士で敵う相手ではなさそうでな」


 そう申し訳なさそうに言い残して国王が玉座から立ち上がったその時

 茶化すこともためらわれるほど真剣に、彼は覚悟を決めた


「やりましょう。魔獣討伐」

「っ!? ほ、本当か!?」

「はい、全身全霊を持って、魔獣を討伐する」


 肩越しに後ろで浮いている僕を睨みつけたって無駄だ。意味なんてないよ。オルトス

 


 オルトスはそのまま帰路についた。

 一日だけ、今日一日だけ家族と過ごす

 全く喋ることもなく黙って一歩一歩足取りは重く、命を確認するように踏みしめる。


「……死神! いるか」


 街中で大きな声で僕を呼ぶ。後ろを見ろと言いたいところだけど


「なに?」


 普通に返事をした。


「ここまでわかっていたのか」

「知らないって言わなかったっけ」

「……なるほど」


 僕の存在は運命からの啓示、死の予兆でしかない。

 いじわるしようと優しくしようと僕にはどうにもできない。


 死神であり死の概念と僕が自称するのはそういう理由だ。僕に取り憑かれた時点で僕がどうしようとその生物は近いうちに生命活動を停止する。


 死を管理しているわけじゃない。ただ僕はその命が終わったと言うことを見届けるだけなんだ。


「すまない。最初は幽霊のようなものと疑っていたが本当に死神らしいな。俺は今回魔獣に殺されることになるだろう」

「まぁわからないよ。その前に死ぬかもしれないんだぞ?」


 オルトスの柔和な態度に少し反発したくなって彼の言葉を否定する。


「いいやわかる。一度だけ、魔獣を殺したことがあるんだ。かなり苦戦はしたが殺した。今回もその時の腕を買われてのことだろう……浄化だなんだというこの国の文化だか宗教だかのほうはよくわからんがね」


 ただそんな風にしたせいかどうでもいい一人喋りが始まってしまった。

 仕方ないから僕はそれをとりあえず聞くことにした。


「俺の故郷は魔物に襲われて滅びた。唯一生き延びた俺はずっと殺していた。罪滅ぼしのように魔獣だけじゃなく魔物を一匹残らず殺した。あの時はそうしなきゃいけない気がしてただ反射で殺し続けた。まるで死神のように」


 オルトスはあえてその表現を使っていたのが分かって少し気に入らない。


「偉そうに死神を騙るのか、死に目を見届けるのがどれだけ退屈か知らないでしょ」

「あぁ退屈とは思っていなかった、義務だと思ったからな。けどただ作業のように殺すのと、お前のようにただ見るのと、特に感情の違いはないだろう」


「ふん」


 そうやって鼻だけを鳴らして言葉を返すことを放棄するとオルトスはまた喋り出す。


「ただ殺す中でライネルに出会った。彼女に出会って誘われてこの国へ来た。小さくまとまっている国だが、その分住んでいる人同士の距離も近いからとても楽しく過ごすことができたんだ。貴族の跳ねっ返り娘で冒険者だった彼女に実力を買われ、さらに王とまで縁ができた。魔物に壊されて失った人との繋がりを彼女が取り戻してくれたんだ」


 なぜ死ぬと決まった人間は人生を振り返るかのように話すのだろう。


 そんなことを考えたことがある。


 いろんな考えが頭に浮かんだが、結局今自分が生きていると自分で思いたいからって結論になった。

 自分は生きたんだという証として誰かに聞いて欲しいんだろう。

 相手がどう思ってるかは関係なく、ただ話して生きた証を残したという気分に浸りたいだけなんだと僕は思ってる。


「そんな中、この知らせだ」

「……今の話と王様の命令って関係ある?」


 ぐっと拳を握りしめるオルトスに僕は踏み込んでみる。


「俺が魔獣を殺したの南のラムダハルの洞窟だ」

「うん」


「実はな、魔獣はその時二匹いたんだ」


 あぁなるほど、言わんとしてることは想像がついた。


「まぁ厳密には魔獣じゃなくて一匹は子供だから魔物だが、親を殺したなら子も殺すべきだったが殺せなかった。親に守られて奥にいた子供の魔物、その姿を見たら殺すことはできなかった。あの時は魔物も魔獣も関係なく殺していたが、カイルという息子が生まれてからは子供まで殺さなくて正解だと今でも思ってる」


「あぁそう」


 僕は周りを見てぶっきらぼうにそう返答する。

 別にこの男が嫌いなわけじゃない。


 そんなありきたりな話に興味がないだけだ。


 今まで関わった人間のことは覚えてないからありきたりかなんてのはわからないはずなだけど、なんの新鮮味もないということはありきたりなんだ。


 僕の経験がそう言ってる。退屈な会話や出来事は記憶に残らないほど見飽きてる。


 人間の呼吸と一緒で、意識してなくてもそれを絶えず見ているから退屈だ。

 だから僕はこうやって爪を確認して生返事をして聞いているフリをする。


「あの時見逃した子供だと思うとな」


 ぐっと強く拳を握る。複雑な心境なのは間違いない。

 願わくばどこか自分の見えない場所で生きて欲しかったんだろうな、この男としては。


「じゃあ殺せないわけ?」

「いや、俺は街の危機を守って家族を守る必要がある。もし死ぬことになっても構わない、魔獣にこの国を襲わせない」


 オルトスは奥歯を噛み締めて「あの時みたいにはさせない」と小さく呟いた。


「うん、頑張れば? せめて相打ちでいくといいよ」

「はは、なんとなくお前が見えてきた気がするな。すまない、つまらない話をして」


 オルトスは彼なりの照れ隠しか分からないが、頭の後ろをボリボリと掻く。


「うん、本当につまらなかった」


 僕は何も隠すことはないので正直に話の感想を伝えた。


「そう言われると腹が立つが……まぁいい」


 彼の口から乾いた笑いが漏れる。そんな彼の後ろをのんびりと憑いていく

 何かを覚悟をしているからか、それとも恐れているからか、僕には露骨に背中が小さく見えている。


「正直言うと君は話すのは好きじゃないと思ってたんだけどね」

「話せる時間も残り少ないとなるなら話したくもなるさ」


 それならもっと面白い話をするんだね。

 僕は話をするのは好きだけど、話を聞くのはあまり好きじゃない。


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