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 彼は一軒の家の前で足を止めた。

 大きくはないが決して小さくはない。そんな感じの家


「帰ったぞ」


 そう一言告げながらドアを開けると女が一人飛び出してきた。


「あなた!」

「ライネル!」


 ライネルと呼ばれた金髪の女はオルトスと強い力で抱き合う。

 そしてその後ろで僕はぐるぐる回ってくる足を避けながらそれを見ている。


「おとうさーん」


 今度は人間の子供が一人出てきた。

 なかなか立派なものだ。家族水入らずという中に死神が邪魔して少し申し訳なくなる。


 すまないね。君たちのお父さんは死ぬというのに邪魔者がいて。


 そんな風にとりあえず心で謝っておいてその光景を見つめていた。


「カイル! ただいま!」

「お父さんお仕事終わったの?」


「あぁ終わったよ。ごめんなぁ一週間留守にして!」


 女の次は子供だと言わんばかりに抱きかかえる。

 丸太くらいある腕に抱えられて子供はキャハハと喜んでいる。嬉しそうに。


 こんな家族の光景は幾度となく見てきた。とても退屈で一度見れば十分な光景。


 きっと今こうしている間にもどこかの世界で取り憑いてる僕が同じような光景を見てるに違いない。どうせ死ぬんだから感動もクソもないし退屈だとしか思えないな。


 全ての流れを見ている運命もこんな気分なんだろうかと少し考えるが、あいつは人間の始まりから観測をしてるわけで終わりだけ見ている僕とは違う。


 不公平だ。間違いなく不公平。

 とはいえ常に面白い光景が見たいってわけでもないから別に怒りはしないんだけど。


「魔物は? 大丈夫だったの?」

「あぁ、またしばらくは姿を現さないだろう」

「よかった。今回は長かったから……」


「途中で強い旅人夫婦に会ってな。協力していつもより広い範囲で魔物を駆除していたから長引いたよ」


 ライネルは少しうつむきがちにオルトスを見て怪我がないかを確認している。

 改めて見てみるとこのレベルの戦士ならきっと無傷だろう。

 夥しいほどの人間の死に目を見ている僕から見てもこの戦士は上澄みだ。


 この男を傷つける魔物がいたらよっぽどのものだとは思う


 そんな魔物が溢れているような世界ならきっと死が溢れてる。つまり僕も溢れてる。

 ただこの街を見回しても僕は少ない。ということは死に至るレベルの魔物は少ない。


 だから少しだけこの男の死因には興味がある。


 そんな世界でこの男を殺すのは病魔か、魔物か、それとも人か、少し楽しめるのかなと淡い期待を抱いていた。


「まぁ大体そんな期待は壊されるんだけどね」


 そう独り言を言いながら僕は期待を落ち着ける。


 ただ見届ける作業を延々と繰り返してるのだから少しは楽しい死に方をしてほしいけれど、まぁそんな期待しても無駄だったことは何度もあるから心からは期待しない。


 幸せそうな分、落差のある死に方をしたらまぁ面白いのかなって感じがする。

 僕個人としてはぺらぺらの靴で山を登ったら滑って死んだり、そんなコメディチックなものを期待してるんだけど、この男はどうなるか。


 基本的に退屈だけど、どう死ぬんだろうと考えてる時は少し人間にも興味が湧く。


「一応聞きたいんだが……カイル、ライネル、俺になんか変なところはないか?」


 こちらの心境を察したのか、ちらりと僕を見た後に改めて二人に問いかける。


「「変?」」


 少年と女は二人目を合わせる。


「あぁ、いや、なんか、金髪の……女が近くにいるとか……」

「金髪……? なにそれ」


「あぁ、いや見えなきゃいいんだ」


 あぁ僕のことか。なにを聞くかと思えばまだ僕が死神で他の人に見えてないことを疑っているみたいだ。


 金髪なら目の前のライネルという奥さんもそうじゃないかとツッコミそうになった。

 ふふん。心配しなくても君は死ぬよ。オルトス。


 そして未来のその事実を知っているのは君と僕、あとどこかで見ている運命だけだ。

 奥さんにも内緒な秘密の事実だな。


 そうやって笑う僕に視線を一瞬向けてからオルトスは変なことを言ったなと頭を掻きながら奥の部屋に向かおうとすると


「ちょっと待って」


 彼女、ライネルはオルトスの腕を掴んだ。


「えっ?」

「金髪の女って誰?」


 ぐっと強くオルトスの腕を握るライネル


「えっあっいや……だからさ」

「あなた! 浮気してるの!?」


 急に大きな声を出す。

 僕もオルトスも息子のカイルも目を見開いている。


「一ヶ月に一回、一週間森の見回りに出ているけれど、その間、あなた浮気してるの!?」

「な、なんだ! そんなわけないだろう! 俺は君を愛しているんだ!」


「嘘! その金髪の女の子に会ってるんだ!」


 すごい剣幕でまくし立てるライネルにオルトスは困惑している。

 それにしてもとてつもない。思い込みが強いタイプなのだろうか。


 オルトス以外に見えていないことをいいことに僕は興味本位で近づいてみた。


「こんなに愛してるのに! 魔物に殺されてあなたがいなくなったらと思うと心配で辛いのよ!」

「心配する必要がないくらい強いぞこの男は」


「あなたがいなくなると毎晩眠れなくなるくらい!」

「それはそれは大変だな」


「とても! とてもあなたを愛しているのに!」

「君を見てればそれはよーくわかる」


「あなたは森へ行くと言って浮気してるのね!」

「魔物と会ってることを浮気というならそうなるだろうな」


「お前は黙ってろ!」


 からかうように相槌を入れる僕を慌てた様子でオルトスは大きな声でたしなめた


「黙らないわ!」

「いや、ライネル、君じゃなくて…」


 顔を真っ赤にしてヒステリーを起こす愛の化身ライネルに頭を抱えるオルトス。


 夫婦喧嘩とはどこの世界にもあるがこういうこじれた喧嘩は面白いな。

 僕はついつい取り憑いたオルトスよりもライネルに注目してしまう


「そうよ! あなたは最初はボロボロでなんで生きてるかも分からなかったのに、今は役割をもらって幸せそう! イキイキしてるあなたは素敵だからきっとその浮気相手の金髪の子もあなたが大好きに決まってる! うわあああああん!」


 おいおいおいついに泣き始めたぞ。

 面白かったけれどいくらなんでも癇癪持ちがすぎるだろ。


 大体僕はオルトスに取り憑いてるだけだ。

 死神に恋をするなんて生命の分際でおこがましいし、逆なんてもってのほかだ。


 とはいえ彼女に僕、つまり死神は取り憑いていないからそれを伝えることもできない。


「あのなぁ、話を聞いてくれ! ライネル、君はとても一途で俺を愛してくれている。とても嬉しいが、少しでも女性の側に近づいたりするとすぐこれだ! 少し余裕を持ってくれ!」


 オルトスは真剣な顔をして彼女の目を見つめ、肩を掴む。


「余裕でいられると思うの! あなたはね! あなたが思っている以上にモテてるの!」

「いや、それは……なんて返したらいいんだ! そもそも毎回この家に帰ってきてるじゃないか! ……というかなぁ! こういうやりとり何度目だ! 今年に入って十回はしてるだろ」


 ……多すぎじゃないか?


「うん、よく離婚しないなオルトス」

「だからお前は黙っててくれ!」


 オルトスは完全に板挟みだ。後ろに死神、前に超重量級の愛情。


「あなたさっきから誰と話してるの……?」

「あぁいやこっちの問題だ。そんなことより……」 

「もういい……殺してやる! あなたを殺して私も死ぬ!」


 途端に包丁を持ち出す。

 おー。ここで死ぬのかオルトスは。

 いや殺せないだろうが


「お母さん!」

「ライネル!」


「もう何も聞きたくない……今までは私の勘違いばっかりだったけど、あなたから女の話なんかしなかったのに」


 大きく甲高い声でそう叫ぶと、また動きがあった


〈ドンドン!〉


 大きくドアを叩く音が家中に鳴り響いく。

 ライネルのヒステリックな高い声をかき消すくらいにせわしなく、無機質に、焦りを感じさせるように早い速度で、何度も。


「オルトス! 戦士オルトスはいるか!」


 その言葉と、ドアを叩く音が繰り返し聞こえてくる。


「誰だ! 今取り込み中だ!」


 彼女の腕を掴んで包丁を押さえ込みながらそう言い返す


「国王がお呼びだ! 早く出てこないか!」

「なにぃ?」


 オルトスは顔を歪める。嫌な状況だということが一瞬で伝わる。

 きっとそれは外にいる人間にも伝わっているのだろう。


「と、とにかく! すぐ行くから少しだけ待ってくれ」

「緊急の王命がある。国王はお待ちだ。早くするように」


「ならもう用件だけ先教えてくれ! 本当に緊急ならすぐ向かうから」

「南の洞窟に不審な動きがある! 詳細については王宮で話す。我が国きっての戦士であるオルトス殿にぜひ聞いてほしいのだ」


 僕の後ろのドアをドンドンと叩きながら何者かが喋りかける。


 ドンドンドンドンという間隔がどんどんと早くなっているのを感じると緊急なのは事実だろうけれど、きっとオルトスにとっては目の前の包丁を持った女の乱心の方が緊急だろう。


 あのヒステリーを見ればきっと不躾にドアを叩くなんてことはしない


「っ! ……わかった! おいライネル。聞いてただろう。行かせてくれないか?」


 ただオルトスはそれを聞いて表情を一変させた。

 先ほどまでライネルの腕を掴んで包丁を抑えこんでいたと思えば、オルトスは力強く彼女を抱きしめ口づけをする。


「んっ……」

「君を愛してる。だから、行かせてくれ」


「わ、わかった。ごめんなさい、行ってらっしゃい」

「あぁ」


 彼女は正気に戻ったようで少し家の中の空気も緩んだ。

 彼女の頬にもキスをするとオルトスはまた外へ向かう


「お父さん! いってらっしゃい!」

「行ってきます」


 帰ってきたばかりだと言うのにこの男は忙しいものだ。


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