1【記録254 戦士オルトス…魔物の狩人】
「誰だ!」
今回の相手は勘がいい。
鬱蒼とした森の中で僕が彼の大きい背中を認識した瞬間に、その大きな背中の主は背後の僕に向かって思いきり携えた手斧を握りこちらに振ってきた
「……おぉ」
僕の首元に斧が止まっている。
その技術と正確さに少し感嘆する。かなりの手練れなのだろう。
振り切っても別に構わない。僕は首を切られてもべつにどうということはない。
死の概念、死神である僕に取り憑かれたらどんなに振り払おうとも確定した死の運命から逃げることは不可能なんだ。
「誰だ」
落ち着いた声で言いながらヒゲを少し蓄えた野性味溢れる男はこちらを睨みつける。
警戒しているのだろう。視線を上下させて僕の可愛い顔や体を見回して武器類を確認しているのか。
「僕はエスカトロジー・フレデリカ。死神さ」
僕はあえて端的に伝える。
「死神……?」
目の前の男は目をしかめてこちらを睨みつけ、手斧をもう一度ぐっと握りしめる
あぁめんどくさい。大抵はこんな反応だ。
今まで何億、いや何兆とこの反応をされただろう。
死神という概念はどの世界にも存在しているくせに死神って言われるとピンと来ないことに飽き飽きする。いやもう飽きたという概念を超えたよね。
「無駄だよ。もう君に取り憑いた。君の死は運命的に確定した。だから何をしようと……」
「ふん!」
そんな説明をしている最中に彼は躊躇なく手斧を軽々と振り僕の首を飛ばした
一瞬世界がひっくり返って見えたが無駄だ。
首が飛んだとほぼ同時に、僕は男の真後ろに立っている。
本人にしか見えない実体のない存在なんだから首を切ろうが何をしようが無駄なだけだ
「っ!?」
首と体がお別れして煙のように消えていく僕に驚いていくのと同時にこちらの気配を察知して振り返り、目を丸くして驚く。
無骨な見た目をしている割に感情は意外と表に出ているのが印象的だった。
「無駄だって言ったろ? 僕は死神……正確には死神じゃなくて死の概念なんだけど。まぁはっきりしてるのは君が僕を認識出来たということは君は近いうちに死ぬと運命的に決まったということさ。」
「……」
彼は驚きを嚙み潰し、息を少し整えて顎に手を置き考え始める。
無精髭にツンツンの黒髪、それなりに歳は取っていそうだが体はゴツゴツとして固そう。
みっちりと筋肉が詰まってる様子は一瞬ドワーフを彷彿とさせるが身長の高さ的に人間……あまりにも強靭に鍛えられてる。修行にたくさん時間を使ったんだろうね、
まぁ死ぬからそんな分析はどうでもいいんだけれど。
「大丈夫? 理解できてるかい?」
数秒考え込んでいたようだからそんなふうに言ったものの、ただ彼は目の前の存在がどういうものか理解をしてるみたいだった。
「少しだけ時間をくれ」
「え?」
「貴様は俺を殺しにきたんだろう。死神にこんなことを言うのは無粋かも知れんが少しだけ時間をくれないか」
彼はなんと膝をついた。
頭を下げ、こちらに何度も「時間をくれ」と僕が返答する前に地面に、運命に、吐き捨てるように時間をくれと懇願する。
「信心深くもない俺が神に畏敬の念を込められるわけでもないが、神に願うとしたらそれだけなんだ。頼む。まだ殺さないでくれ」
なるほど、一目見て勝てない相手と悟っているんだな。正解だ。
「殺さないよ。僕がするのは死を見届けることだけ」
ただ僕は膝をつき、頭を下げた相手に対し僕は少し優越感を覚えながら彼に言う。
女の子らしくいじらしく、自慢のツヤツヤな金髪をくるくると指でいじりながら返す。
「だからかしこまる必要はないさ」
「なら……いつ死ぬ」
「ん?」
「なら俺はいつ死ぬんだ。それが聞きたい。死神ならわかるだろう?」
こちらを見上げる彼、何をそんなに必死になっているんだ。ただ死ぬだけなのに。
それに対し何億何兆回と繰り返した機械的な返答を送る
「知らない」
死神というのは気まぐれだ、可愛くもなれば機械的にもなる。
「なに?」
「僕の役割は君の死を見届けることだけだ。いつ死ぬかも、どう死ぬかも知らない。この後すぐか、それとも何日後かは知らないけど近いうちになにかしらで死ぬ。これから死ぬ生命体にこれから死にますよとベルを鳴らすように僕はそれを伝えるだけの存在なのさ」
「これから死ぬ……生命?」
「あぁ君や、死を理解している死期の近い生物には等しく僕は現れて死ぬことを伝えているよ」
深く、顎に手を当てて男は考えていた。
まぁいきなりで理解できないケースの方が多いから慣れている。
大抵は虫の知らせの擬人化って言うと「そんなことがあるのか」って理解する人間はいるが、分からないやつは永遠に分からないし、受け入れなければ視界から消えて遠くから見守るだけにするとか色々と人に応じてやり方は変えている。
さてこの男はどうなるか
「……なるほど」
彼は一見不自然なほど納得した様子を見せてすっと立ち上がる
この世界は電気が主流でピコピコする世界よりも、神や目に見えない概念の具現化を信じるほどの土壌があるらしい。
つまり魔術や魔法の類とかも存在するのだろう。だからこそ信じられる。
理解したらそれを受け入れるのになんの抵抗もないというのは個人的には助かる
そんなことを思っている間に彼は手斧を腰にしまい森の中をまた歩き始めた。
僕もとりあえずついていく。
「俺の名前はオルトス、お前の名は? 名前くらいはあるだろう」
彼は律儀に名乗り、背中越しに聞く
「僕? さっき名乗ったけどエスカトロジー・フレデリカ」
「少し長いな」
「そうかな? 本当はもっと長いよ。エスカトロジー・フレデリカ・ケレン・ヴァンファル・タナトス・スレアグラウ・K・ジョイント……」
「エスカでいいな」
僕の考えたとびっきりの名前の途中で切り上げられ多少なり不服だったが、ぶー垂れても僕が可愛いだけなので特に文句も言わずスルーすることにした。
死神は大人なんだ。
「まぁ大体の人間がそう呼ぶからいいけど……それで? 名前なんか聞いてどうしたの?」
「いや……んんっ! もうすぐ国の領土だ」
軽く咳払いをして仕切り直して背中越しに彼は言う。
「一応聞くが、街の中までついてくる気なのか?」
「もちろん、それが役割だもの。というかそんな離れられないよ」
「衛兵に止められても知らんぞ」
「ご心配なく、僕は取り憑いた相手にしか基本的に見えないさ。君だけに見える幻覚幻聴と捉えるのがわかりやすいかもね。ただ他の人に憑いた僕、つまり死神には見えてるけどね」
彼の背中に向かって少し浮かび、楽な姿勢でそう返す。
「取り憑いた人間と死神以外にはお前は見えない。そして逆も然り。ん? なら誰が死ぬのか分かるのか」
「話が早くて助かるよ。そういうことだね、僕には誰が近いうちに死ぬのかが分かる。ただ君がいつ死ぬかって言うのは知らない」
そう言うと彼はふんと鼻息荒く少し歩くスピードをあげる。
やはり機械に溢れた神に信仰の薄い世界よりも、こういう魔法に溢れて神秘や神を信仰する世界の方が話が早くて助かる。
見届ける役割の僕にとって自分から起こすべき行動は説明以外は基本的にない。
だからこそペラペラと色んなことを喋りたくなるんだけど、ただこのオルトスって戦士はそんなお喋りが好きじゃないらしい。
とはいえ僕は退屈を紛らわすためにひたすら話しかけてみる。
面白い死に方を手記にまとめていることや運命の悪口なんかをつらつらと。
この話だって僕が面白いと思えれば手記に記録として残すこと