故意に恋を、始めてみる。
「恋愛って、メリットないと思うの」
「わかる」
そこから始まった恋人関係は、本当の恋愛にはなれない。
「今2人いるから、3人目でもいいなら」
「は?」
17時過ぎ、放課後の教室。用意したセリフを放てば、予想通りの反応をした男子。
続け様に言葉を吐く。
「既に2人とお付き合いしているの。告白は断らない主義だから、あなたが3人目でいいなら付き合いましょう」
「……人違いじゃない?」
「え?」
今度はこっちが戸惑う番だった。
確かに目を凝らすと、知らない人。だとしたら。
「今朝私の机に、17時に1−3って手紙を置いた覚えは……」
「ないかな」
「ごめんなさい!!!」
思い切り頭を下げる。
やってしまった。大失態を犯してしまった。告白してすらない人を振ってしまった。知らない人の尊厳を傷つけてしまった。
「確かに人違いです、ご迷惑をおかけしました、私はもう帰るのでごゆっくりどうぞ」
一息で言いながらリュックを背負う。
手紙を置いた本人がまだ来ていないのはわかっているけど知らない。そもそも一方的に時間を決めた側が遅刻しているんだからこっちがこれ以上付き合う必要はない。
今の自分にとっては傷つけてしまった目の前の彼の方が大事だ。即刻消えなければ。
「え、いいの?待ち合わせの人、まだ来てないんじゃない?」
「はい全然大丈夫です」
「ほんとに???」
怪訝な顔を浮かべられながら下を向いてドアに向かう。
優しい人だ。この人なら告白する時も匿名で勝手に時間と場所を決めて尚且つ遅刻することなんてないんだろうな。
「兵野?なんでうちのクラスいんの?」
「宇佐」
そうだ彼は兵野くん。友達のインスタで何度か見た顔だと思い出す。
教室に入ってきたのは隣の席の宇佐くん。
「竹野に科学の教科書借りっぱだったから、ロッカーに入れとこうと思って」
「また教科書忘れたんかお前」
「うるせえ」
このまま会話していてくれればこっそり出てもわからないかな、と思いながら電車の時間を調べる。あと5分で特急が発車する。早めに話を終わらせよう。
「あの、宇佐くん。」
「え、はい。小野木さん。」
「この手紙を置いたのは宇佐くんでしょうか。」
「……そうですけど」
よかった。二の舞はしなかった。流石に兵野くんにこれ以上迷惑はかけられない。
「よければ隣のクラスで用件を聞きたいんだけど、いいかな」
「あ、ちょっと待って。俺小野木さんに先生からの用事預かってる」
思わず兵野くんを見上げる。
嘘でしょう。これ以上巻き込まないために気を回したのに。
「そうなの?部活のことかな。ごめん宇佐くん、また今度でいい?後日連絡するね」
「あー、はい。……じゃあ」
さりげなく私が連絡するまで話しかけないでと意味を含ませたけど、伝わってなさそう。
私に告白すること兵野くんにバレてしまったことも、後で謝ろう。
宇佐くんを見送って、兵野くんに向き合う。
まずは謝罪をしなければ。
「……巻き込んで、ごめんなさい。」
「いいよ。俺も今嘘ついたから、お互い様ってことで。」
本当に優しいなこの人。やっぱり先生からの用事って嘘だったんだ。
「正直助かったから、ありがとう。」
「やっぱり??告白って良い感じの断り方するの難しいよな」
「そ、うだね」
ここまで気遣いできると逆に怖いな。
「じゃあ本当は断りたかったんだ」
「えっ」
「カマかけてごめん」
墓穴を掘った。
「大丈夫……」
思わず声が掠れる。全然大丈夫じゃないけど。
「もしあれだったらさ、」
「わあごめん電車に乗り遅れちゃうまたね兵野くん今日はありがとう」
ダッシュで駆け抜ける。
最後に謎にカマをかけられたことを除けば、彼に多大な迷惑をかけてしまったからお詫びをしなければいけないと思う。
でもそれ以上に、これ以上一緒にいるともっと墓穴を掘り進めそうだから早く帰りたかった。
「また改めてお詫びするから〜!」
滅多に出さない大声で言い逃げする。
来週あたり飲み物でも奢れば良いかな。運動部だし。知らないけど。
そう思っていた自分を殴りたい。と思ったのは翌日。
自分に非がある状態で放置するのはよくないと、身を持って学んだ。
「清香に教科書借りにきた」
清香?
「清香〜。物理の教科書貸して」
清香??
「ありがとう清香。じゃあ今日の放課後、いつもの場所で」
清香???
あといつもの場所ってどこだ。
「……うん…………」
私は意外と、押しに弱いタイプらしい。
そして彼は意外と意地が悪い。返ってきた教科書に挟まれたメモに書かれていた
“駅の裏口“
という文言と、描かれたウサギを見ながら駅に向かう。
ウサギは多分、宇佐くんのこと。そうなると話というのは十中八九昨日のことだ。脅されでもするのか。はたまた実は宇佐くんのことが好きで私に怒っているとか……。
いや、怒ってはいるか。一方的に振られ、巻き込まれ、助けた相手に置き去りにされれば、誰しも自尊心は傷つく。
……宇佐くんが鵺とか描きづらい名前をしていれば、気づかないふりをしてもバレなかったのに。この考えは流石に現実逃避すぎるか。
深呼吸して、前を向く。
兎にも角にも、先手必勝。
「小野木さん、こっち」
「兵野くん。お待たせしました。これ、昨日のお礼」
兵野くんと仲が良いらしい同じクラスの人に聞いた、スポーツドリンクを差し出す。
彼氏の好きなものを聞く彼女に見えたらしく、快く教えてくれたのはありがたい。
「律儀だ、ありがとう」
「元々巻き込んじゃったのはこっちだから」
「まあそうなんだけどね」
なんだこいつ。いけ好かない。
「話って何かな」
「昨日のこと」
「……だよね」
「別に宇佐と付き合っても振ってもどっちでも良いんだけどさ」
「え、良いの?……なんで目逸らすの…………」
「別に……。俺に関係ないしなあ」
「……じゃあなんで、周りに誤解されるようなことしたの」
「…………」
しゃがみ込んだ兵野くんに合わせて膝をつく。
言いづらいことなのか、いきなり体調不良に陥ったのか。
「……言わなきゃダメ?」
「ダメ」
これ多分自分の都合の用事があるんだろうな、そうじゃなきゃこれだけ賢く立ち回れる人がわざわざこっちから聞くように仕向ける必要ないもの。
「……本当は断りたいけどOKするのって、なんで?」
話逸らした。いや、今日の行動との繋がりがある……?
「前に、断ったら逆ギレして殴られたことがあって、それ以来かな」
「え」
「一旦付き合って、あっちから振ってもらうのが一番平和だって思ったの。OKした後素っ気ない態度とったりすれば、案外すぐ振られるから」
顔を見れば、目を見開き、何かを言いたげに口をもごつかせている。
「……まあ、そしたら今2股になってるんだけどね。今日で兵野くんとも付き合ってるって思われたっぽいし、3股かもね」
「……おお」
「2股っていうのは昨日言った、よね……?なんで今日みたいな態度取ったの?」
「……似たような、考え方してるのかも……って思って」
割と少数派な考えだと思っていたけど。
言葉を探しているのか、目を泳がせる兵野くん。
……自分の考え方と似ている、かも、なら。
眉を寄せている兵野くんに構わず続ける。
「恋愛って、メリットないと思うの」
「わかる」
「……え?」
「わかる」
「高校生の今?」
「うん」
「周りが夏休みにイチャつく相手探している今?」
「うん」
「……やば…………」
「そっちが言う?」
思わず口に出してしまった。
こんな同じくらいドライな考え方をしている人がいたなんて。
「……でも確か宇佐は、そういう系の人、だと思う」
「そういう系」
「暴力振るうかは知らないけど、一途っていうか」
「結婚を視野に入れるくらいの?」
「そうそう」
「……多分、そっちの方が多数派だよね」
「それもそう」
ようやく合点が入った。
「2股とか口に出すと、最悪逆ギレして殴るかもしれないから、遮ってくれた……てこと?」
「まあ、そんな感じ」
「ありがとう……」
「……はい」
まだ何か理由がある言い方すぎる。
「正直、それだけじゃなくて」
「うん」
見当はつく。というか、多分考えていることは同じだ。
でも、なんだか少し気恥ずかしくて、お互い言葉を探していて。
……なら、合理的に、論理的に。
深呼吸の後、目を合わせる。
「恋人関係、始めませんか」
「……同じこと、考えてました」
「うん」
「……言わせてごめん」
「……言った、から、同じこと考えていたなら、詳細は、考えて」
「はい。多分考え始めたのは、俺の方が先ですし」
……意外と負けず嫌いなんだな、この人。
「とりあえず、今お付き合いしている人に連絡するね」
「ああ、うん。俺もだ」
……恋人いたのに……いや、私に言う資格はないな。
夏休みに入る寸前、2日で始まった利害一致の恋人関係。
そこから始まった恋人関係は、本当の恋愛にはならない。




