原初ダンジョンへの入場申請
「やあ、今日も忙しそうだな」
「まあな」
覚醒者協会の支部長室ではゲンタがなにかの書類を確認している。そこへリオンがノックもせずに入って来て、勝手にインスタントコーヒーを入れている。
「ついでに俺のも頼む」
「わかっている」
幾度となく交わされている挨拶代わりのやり取り。二つのカップを持ちソファーへ移動すると、テーブルへとカップを置いて、リオンは自分の分を飲み始める。書類を読み終わったゲンタは机の引き出しから一枚の紙を手にとり、リオンの正面に座るとその紙をリオンに差し出した。
「これは?」
「原初ダンジョンへの入場申請だな」
リオンはその紙を手にとり必要事項として書かれている提出者名を確認した。
「リンネくんか、でどうするつもりだい?」
「てっきり学園を卒業してからだと思っていたのだがな」
「だがこれがここにあるということは、試験もクリアしているということだろう?」
「そうなんだよなー、それも優秀な成績でときたもんだ」
「なら行かせてあげれば良い」
リオンは一通り見終わった紙をゲンタに返してコーヒーを一口飲む。
「でだ、入るのは良いだがまだあいつらは未成年だ、そこで──」
「私に子守をしろというわけだな」
「すまないが、頼めるか」
「まあいいだろう、リンネくんたちとは幾度かダンジョンへ潜った仲だし、今も定期検査を受けてもらっているからな」
「いつもすまんな」
「そのうち貸しはまとめて返してもらうよ」
「お手柔らかに頼む」
ゲンタは残ったコーヒーを飲み干し、机へ戻るとリンネの原初ダンジョン入出の許可する手続きを始める。リオンは自分の分とゲンタの分を空になったカップを洗い場で洗う。
「それではな」
リオンはそう言って部屋を出ていく。ゲンタは返事を返した後にリオンが特に変わっているように見えなかった事を再認識した。少し前にリオンの様子がどこか変に思えるとリンネから聞かされていたので、注意して見てみたのだがおかしな点は無かった。
リンネ自身も勘違いかもしれないけどということだったので、本当に勘違いだったのだろうと結論付けた。仮に多少の変化があったとしてもわからないくらいの変化なら機にしても仕方がないと思っている。
後はリンネたちが原初ダンジョンに共に行く事で本人に判断してもらうしか無いなとも思っていた。ゲンタはその事をリンネへとメッセージを送り、ついでに原初ダンジョンの入場申請を受理したこと、リンネたちが未成年のために保護者と引率を兼ねてリオンが同行する事も追記した。
「本当なら俺も久しぶりに原初ダンジョンへ行きたかったんだがな。その前に鈍った体を整えないとな」
軽くストレッチをしてみたところ、体の所々が固くなっているのを再認識した。書類仕事ばかりしていたことで色々とにぶっているようにゲンタは感じていた。
◆
地下の研究室へ戻ったリオンはゲンタと話している間もずっと肩に座っていた少女へ視線を送る。少女はどこかリンネを思わせる姿をしている。
「とうとうリンネくんたちは原初ダンジョンへ行くことになったようだ」
「予定よりも早いのではないですか」
「そうかも知れないな、ただ能力的には問題ないと報告は受けている。どうやら装備に関してもなんとかなったようだからな」
「そうなのですね、どのあたりまで行けるか見ものですね」
「それはそうと、どうするつもりだい?」
「そうですね、まだ顔を合わせるには早い気がしますので様子見ですね。そもそもリオンが私を見つけるのはまだまだ先の予定だったのですよ」
「それでいいなら好きにしたら良い」
「何もなければですけどね。それまではリオンの中で様子を見させていただきます」
リオンの肩に座っていた少女はそう言うと姿を消した。リオンがμαのバージョンを上げた事でその姿を現した少女だが、その正体はリオンにも良くはわかっていない。
「さてと、いつもの記録を取るか」
リオンは毎日の日課である自らの行動記録やμαの中にあるリオン自身のデータを端末へと保存をした。何かがあった場合の保険のためにしていた行為だが今では貴重な研究データとなっているようだ。
「ふむ、特に記憶と記録の齟齬はないようだな、μαのアップデートだが今のところ不具合は出ていないようでなによりだ」
この記録はリンネのμαのバージョンが違うことに気がついてから毎日取っている記録になる。幾度かμαをバージョンアップさせているが、今のところ不具合はないように思えている。
一通りの作業を終えたリオンは研究室を出て、空き部屋になっていた部屋を勝手に占拠して作り出した自分専用の仮眠室へと移動する。部屋の内装はベッドが一つと机と椅子があるだけで一言で表すなら殺風景と言えば済むだろう。
「少し仮眠をとった後にダンジョンへ潜る用意をしないと駄目だな。ゲンタにも頼まれたわけだし、リンネくんたちの邪魔にならないようにしないといけないな」
リオンはいつも着ている白衣を脱ぐとベッドへ寝転びすぐさま眠りについた。





