第88話 戦いを披露する
「まあ、その、なんだ、そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど」
「えっ、私とするのってそんなに恥ずかしいことだったんだ……」
「いや、ちが、うくはないな、普通に人に顔見されてするものじゃないだろ」
「私はむしろもっと見てほしいかな」
困ったような表情で頭をポリポリと掻いたリンネは眼の前にいるレイネから目をそらし周りを一度見回す。アカリとミレイはじゃんけんで負けた事を少し悔しがっているようだ。アズサとライチはリンネがためらっているうちにブリュンヒルド化を済ませており、主体となっているサラが興味深そうに見ている。
リンネとレイネ、そしてその二人の間に浮いているスズネをナルミたち三人組は見ている。既にアズサとライチのブリュンヒルド化のシーンを見ているわけだが、アズサとライチはためらうこと無くあっさりと済ませたためにむしろためらいを見せているリンネに興味津々と言ったところだろうか。
「もう、ためらう必要ないのに」
レイネはそう呟くと、目を泳がせていたリンネの首へ両腕をまわし抱きしめるように引き寄せると戸惑っているリンネと唇を重ねた。唇を重ねることで粘液がふれあうことで、リンネとレイネとスズネは光の繭に包まれる。光の繭がほどけ溶けるように消えた後にはワルキューレスズネが姿を現した。
「よし、サラちゃん行こうか」
「はいスズネお姉様」
スズネとサラが前へ進み、残りのメンバーはその場で待機ということになっている。今回はワルキューレとブリュンヒルドの戦いをナルミやヒビキにキラリたち三人に見てもらうことにしたようだ。
リンネたちがこのボス部屋に入ってから全く動くことがなかった鎧武者が初めて動き出した。ボス部屋のボスは一定の距離に近寄ることで動き出すというのはどのダンジョンでも共通となっている。
先に攻撃を仕掛けたのはサラだった。前回はミストルティンという大きな銃を持っていたが、今回サラが手に持っているのは緑色をした大きな弓を持っている。まずは小手調べというように空へと弓を構え連続で矢を放つ。
「『五月雨、です』」
アズサの声がサラの口から聞こえ、スキルを使っている。弓術スキル五月雨は強弱をつけて空へと放つことでほぼ同時に広範囲へと矢を降らせるスキルである。ただ矢を撃つだけでなく、飛んでいった矢が放物線を描き落ち始めるタイミングで複数に分裂をするという、まさに雨の様に矢を降らせる技だ。
ただ鎧武者にとっては大した威力でもないようで、防ごうとすらしていない。一方スズネは抜き身の太刀を手に駆け寄り、鎧武者が地面すれすれを横薙ぎに振るわれた刀を踏み台として飛び上がり首元を狙い太刀を振るう。
鎧武者は巨体の割には素早い動きで後ろに下がり、太刀を空振ったスズネに下がりながら刀を振るった。スズネはなんとか刀を合わせて受けることは出来たが質量の差により吹き飛ばされた。
鎧武者が刀を振り切ったタイミングでサラが雷を纏った矢を放ち、その矢は鎧武者の首元へ命中した。首に刺さった雷を纏った矢により鎧武者の体内へ雷撃が広がった。それにより全身を焼かれた鎧武者のそこかしこから煙が立ち上っている。鎧武者は倒れることはなかったが、片膝をついてその動きを止めた。
「『剛力』『一刀両断』」
吹き飛ばされながらも全速力で戻ってきたスズネは、サラの盾を足場として上空へ飛び上がると、リンネのスキル剛力とレイネのスキル一刀両断をひざまずき首をたれている鎧武者の首へと叩き込んだ。
太刀を振り切り着地したスズネは、血を振り払う動作をした後に鞘へと収めた。それと同時に鎧武者は泥へと代わり消えていった。
「ふぅ、ワルキューレ化してここまで手こずるなんて結構強かったですね」
「そうだね、一人だと攻めきれない気がします」
スズネとサラがアカリたちの待つ場所に向かいながら今の戦闘の感想を話している。今回の戦いは必殺技と言えるものを使わずに戦うようにしていたために、今までのボス戦とは違い手こずる結果になった。ただしワルキューレ化やブリュンヒルド化をしていなければもっと苦戦していただろうというのが共通した意見だった。
本来なら鎧武者がボスとして出てこないはずの階層で、リンネたちが遭遇したのは他のパーティーにとっては幸運だったのだろう。ただ今回の鎧武者に関しては、苦戦はするものの、このダンジョンへ潜る実力を備えたパーティーなら苦戦はするものの倒せるくらいの強さだった。
そんな中スズネやカリンをはじめとするワルキューレたちは、今までのイレギュラーは何者かがリンネたちを試すために用意したのではないかと密かに思っている。ただ確証のないことから未だに情報の共有はワルキューレとブリュンヒルドの間でだけされている。夏から今に至るまでの暫くの間イレギュラー的なことが起きなかったことも、確証が持てていない一因でもある。
今回の鎧武者に関しては、ただの偶然か何者かの意思によるものか判断に困る程度の強さだったために、結局スズネたちはリンネたちへ共有をしない事にしたようだ。
「スズネさん、サラさんすごかったです」
「素晴らしい戦いでした」
「……」
初めてワルキューレとブリュンヒルドの戦いを見たナルミ、ヒビキ、キラリは大興奮といった感じだ。無言のキラリでさえも瞳をキラキラさせて頬がこころなしか熱を帯びているように見える。
皆の元へ戻ったスズネとサラから光が溢れ出し、それが収まるとリンネとレイネとスズネ、ライトとアズサとサラの姿が現れた。
「まあこんな感じだね、今後はみんなの前でもワルキューレ化する事もあるかも知れないから」
「一度ワルキューレーになっちゃうとしばらくなれないのが問題だけどね」
「そうなのですか、ところでその、ワルキューレ化やブリュンヒルド化って僕たちも出来たりするのですか?」
ごもっともな質問であるが、どう返答をしたものかと迷ったリンネは、とりあえずダンジョンから抜けた後に詳しく話すと返答するにとどめた。





