第74話 花火
夜となり、幸子とカナが用意した食事を終えたリンネたちは、浴衣姿になって庭に出ている。皆が皆、幸子が用意した手持ちの花火に興味津々である。現在は火薬というものが作られなくなり、それにより銃火器がただの鉄の塊と化しているため、花火といったものも見られなくなって久しい。
「これが花火ですか」
リンネが袋から取り出された手持ち花火を一本手に取る。幸子の手により厳重に保管されていたこの花火は、今となっては手にすることの出来ないものだ。ただ幸子としてもいつまでも保管をしていても仕方がないと思っていた。そう言った理由で今回リンネたちに使ってもらうのが良いだろうと出してきたわけである。保管状況も良かったためにしけっているということはなく、袋にして10袋ほどがこの場に並べられている。
「ろうそくを用意したからの、その紙に火を付けて誰もいない方向に向けると良い」
「えっとこうかな」
皆が見守る中で、リンネが手に持つ花火の先端をろうそくに近づける。すぐさま火が花火の先端の紙へと移り、そして先端から火花が飛び出した。
「うわっ」
最初は控えめにサーっと少しの火花が先端から飛び出し、それを見て油断していた所へ勢いよく火花が飛び出し驚いたわけだ。驚きとっさに一歩後ろに引いたリンネだが、なんとかそこで踏みとどまりサーっと音を鳴らして飛び出す花火を見つめている。その花火も次第に勢いが弱くなり消えた。
「ほれ、使い終わった花火はそこの水の入ったバケツへといれるがいい」
リンネは名残惜しそうに花火を水の入ったバケツへ入れる。手持ち花火はジュという音を鳴らし水へと沈んでいく。
「お主らも見ていないで自分でやってみるが良い」
無言でリンネの手に持った花火を見ていた面々が一人ひとり花火を手に持つ。リンネも再び花火を一本手にとり順番に火をつけていく。様々な花火が花を咲かす。パチパチと弾ける花火、サーっと前方へと火花を出す花火、色々な色へと変化する花火、それぞれが持つ花火を見ながらリンネたちは無言で花火を消化していく。
「きれいだね、昔はこういう花火みたいなのがいっぱいあったんだね」
「そうだな、打ち上げ花火っていうのもあったらしいぞ」
レイネがリンネの横に立って、手に持つ花火をぐるぐるまわして見せる。レイネの花火が描く光の残像を見て、リンネも新しい花火に火を付けて真似をして花火で文字を書く。
他の面々はと言うと、アカリは両手に花火を持ち庭を駆け回り、ミレイは色が変わる花火だけを手に持ち静かに眺めている。ライチはねずみ花火に次々と火を付けてしまい、なぜか追いかけられて、パンッという音にびっくりしながら逃げ惑っている。アズサはヘビ花火がにょろにょろとしているのを気に入ったのかずっと眺めている。
カナとシラベと幸子はそんなリンネ達を眺めながら、置き型花火の準備をしている。ただ一人リオンだけはその場を離れているようで見当たらなかった。
「みんなー、少し休憩してこっちの花火を楽しみましょうか」
カナの呼びかけで、リンネたちは手に持っていた花火をバケツに放り込み縁側へと座る。そのタイミングで幸子から麦茶が配られた。
「花火って楽しいね」
「そうだな、種類も色々あるからな、今では作られていないのがもったいないよな」
「そうですわね、火薬が貴重となってしまったのが理由だと習いましたが、花火が作られなくなったのは残念ですわね」
「ボクもそう思う。それにしてもライチは何をしていたの?」
「ひどい目にあったよ、ねずみ花火といったかな、なんでうちの方にばかい追いかけてくるんだろう」
「ヘビ花火かわいかった、です」
どこに可愛い要素があったのかはわからないが、アズサはヘビ花火が気に入ったようだ。ただひたすらもりもりと伸びるヘビ花火をどういったわけかアズサはうっとりとしてずっと見ていた。
「はーい、注目ー、いくよー」
カナとシラベはそれぞれ小さなろうそくを持っている。それに火を付けると中央から左右に分かれて置き型花火の導火線へとひを付けていく。全ての花火に火を付け終わった二人はろうそくの火を消して急いでリンネたちの所へもどってくる。
そしてまずは中央の置き型花火から火花が吹き上がる。それに続くように左右へと火花が上がっていくリンネたちはそんな置き型花火を一言も発することなく、全ての花火が消えるまで見つめ続けた。
「よし、最後はこれじゃな」
置き花火が終わり、残りの手持ち花火も消費し終わった所へ、別によけていた線香花火を持って幸子が一人ひとりにそれを配っていく。見た感じはただの紙の紐にしか見えない。
「これはなんですか?」
「これはな線香花火じゃ、花火の締めと言えばこれじゃな」
リンネの問に幸子が答え、幸子は手に持つ一本の線香花火に火を付けた。線香花火は小さくパチパチと音を鳴らす。手持ち花火や置き花火とは違いなんとも儚げな花火である。
リンネたちも幸子に続き線香花火に火を付けた。その小さな花火はパチパチと音をならし、しばらくするとぽとりと下へ落ちてしまう。
「「「あっ」」」
同時に落ちたのか思わずと言ったふうにつぶやきが漏れ聞こえた。
「まだあるからね」
カナがそう言って線香花火をおいてある場所を指し示し、自分も手に持つ線香花火に火をつける。その隣でシラベも消えゆく線香花火を見つめている。そして最後の一本の線香花火がぽとりと落ちた所で花火は終了となった。
「幸子さん、貴重なものを、そして貴重な体験をさせていただきありがとうございました」
「「「ありがとうございました」」」
「気にするでないわ、わしはいつでも子供の味方じゃからな、おぬしら子どもの笑顔が見れただけでわしは満足しておる」
「それじゃあ片付けは私たちがしておくから、みんなは寝ちゃっていいからね」
カナがそう言って、バケツを手に持っていく。シラベも置き花火やねずみ花火の残骸を拾ってカナの後を追っていった。
「それじゃあお言葉に甘えて今日は寝かせてもらおうか、もう明日には帰らないといけないからね」
「あーあ、今度外に出れるのはいつになるんだろうね」
「大学を卒業したあとになるかもしれないな」
「またみんなで、こういうふうに遊びたいね」
少し寂しそうなレイネの言葉にリンネたちは無言で頷くことしか出来なかった。





