第67話 盾乙女ブリュンヒルド・サラ
「おっと」
リンネは両腕に抱えているライチとアズサが身じろぎをしたのを感じて、歩みを止める。
「うっん」
まずはライチが目を覚ましたようで、目を開きしばらく目をしばしばさせた後に、自分が抱えられていることに気が付きリンネへと顔を向ける。
「ご、ごめん、もう起きたからおろして」
「気にしなくていいから」
リンネはまだ目を覚ましていないアズサに気をつけながらライチを立たせる。ライチが足をつけると、接地面からジューと胃液で靴底が焼ける音が聞こえてくる。次いでアズサも目を覚ましライチ同様おろしてもらい立ち上がった。
「はじめましてリンネ様」
気がつけばリンネの前にスズネやカリンと同じくらいの大きさの少女が浮いている。
「はじめまして、あなたが二人のワルキューレなのか」
「いえ、私はワルキューレではありません」
「えっと、どういう事だ? ワルキューレじゃない?」
「私はブリュンヒルドのサラと申します、リンネ様をお守りする盾乙女です」
「ブリュンヒルドに盾乙女か、よくわからないけどライチとアズサの娘ってことでいいんだよな」
「はい」
「そっか、俺はリンネだ、よろしくなサラ」
「よろしくお願いします」
リンネとサラがお互いに挨拶を済ませる。
「さて無事にライチとアズサのワルキュー、じゃなくて、ブリュンヒルドが生まれたわけだが、どうやってここから脱出するかだな」
「それならうちとアズサとサラに任せてほしいかな」
「それって……行けるのか?」
「大丈夫です、任せてください、です」
「ライチ母様、アズサ母様いつでも大丈夫です」
ライチとアズサが互いに近寄り、サラがその二人の中央に浮いている。
「アズサ」
「ライチ」
二人は名前を呼びあい近寄ると手を繋ぐ。そして目をつぶり顔を近づけていき唇を触れ合わせた。軽く開かれている唇からは相手を求めるように舌を伸ばし、ふれあい絡み合った瞬間、二人の体から光が溢れ出した。
光はライチとアズサそしてサラを包み込むと光の繭となった。スズネとカリンはリンネの肩に座りながらその光景を黙ってみている。
突然リンネのμαを通した視界にウィンドウが開きメッセージが表示された。<スキルワルキューレ派生スキルブリュンヒルドの発動を確認、盾乙女ブリュンヒルド・サラの誕生を祝福します>と表示されて消えた。
リンネはメッセージを読み終わると再び繭へと視線を戻したタイミングで光の繭がゆっくりと光の粒子となり消えていく。光の繭がすべて消えた後には一人の貫頭衣を着た少女が立っていた。
少女は先程見たサラを大きくした姿と同じように見えた。緑色の長い髪を垂髪にしており、どこかライチとアズサをかけ合わせたような美しい少女の姿だ。
「盾乙女ブリュンヒルド・サラ、ここに顕現いたしました」
サラが両手を振ると貫頭衣が形を変え透明なローブへと代わり首元には真っ赤なマフラーがたなびく。翻ったローブの内側に見える衣装は露出度の高い緑色の陰陽服だ。
サラが右手を広げ一振すると空間にヒビが入りそこから取り出したのは銃身のやたらと長い銃だった。見た目はライフルのようだが弾倉のようなものはなく、どこか機械的な印象を与えられるものだった。
続いてサラが左手を開き振るうと先程と同じように空中にヒビが入り、そこからは浮遊する六角形の板が複数枚出てくる。板は空中に浮遊しながらサラとリンネを守るように動いている。
「その銃は、普通の銃じゃなさそうだね」
「はい、この銃の名はミストルティン、実弾を必要とせず精神力を弾丸にいたします」
「なんかすごそうだな」
リンネは元が男の子だったこともあり、ロマン武器や銃には興味津々のようだ。
「それではよろしいでしょうか?」
「えっと、うん?」
リンネは何のことだろうと思いながらもとっさに頷く。サラはそれを了承の意味と捉え銃を構える。銃身の向けられた先は入口方向で、角度は斜め上の方向へ向けられている。
「ライチ母様『任せて、雷撃』」
サラの口からライチの声が聞こえスキルを発動させると銃身の先が雷を帯びてバチバチと音を鳴らし始める。
「アズサ母様お願いします『螺旋擊、です』」
ライチのスキルと重なるようにアズサのスキルが銃全体にまとわりつく。
「狙い……、射ちます」
ドシュンと音がなり雷を纏った魔力の弾丸が螺旋を描きながら飛んでいく。リンネからはただ光の玉が飛んでいったようにしか見えなかった。その弾丸はまるで雷のような速さで飛んでいき肉の壁を突き破った。
リンネが持つ直剣や、ライチやアズサの攻撃にもびくともしなかった肉の壁は一発の弾丸により穴を開けられすべてを貫いた。
それと同時にリンネたちの足元が激しく揺れ始める。胃液に倒れ込むのをなんとか耐えたリンネとサラだったが、すぐに足元が泥へ変わり体の自由を奪っていた。
「え、え、いまので倒したの」
「はい、撃滅いたしました」
足元だけではなく、ホーンホエールがすべて泥へと変化し落下を始めた。
「リンネ様、私に掴まってください」
落下し始める泥の中でリンネは必死に手を伸ばしサラの腕を掴む。サラはリンネが腕を掴んだことを確認し、浮いている板を足元に移動させその上にリンネとともに足を乗せる。
「ライチ母様『任せて、結界』」
ライチの声とともにリンネとサラの周りに結界が出来上がり、板に乗ることにより落下速度が遅くなったリンネたちへと降り注ごうとしていた泥が結界に阻まれそのまま滑るように落ちていった。
ほっと一息ついたリンネだが、下の方を見るとそこにはベビークラーケンが触手を振り回している光景が見えた。
「あそこ、レイネたちとベビークラーケンが戦ってる」
「しっかり掴まっていてください」
サラが板の角度を変えて下方へと速度を上げる。リンネは振り落とされないようにサラに捕まりながらレイネたちの戦いを見ていると、ベビークラーケンの触手が一本切れ飛んでいくのが見えた。





