第62話 ホーンホエールとベビークラーケン
ゲートをくぐり抜けた所で、リンネの視界に真っ先に飛び込んできたのは、無数のフライフィッシュとそれを大口を開けて追いかけている大きな空飛ぶクジラだった。そしてそれらのさらに奥には、触手を持つ大きなイカが鎮座していた。
「本当にクジラだったね」
「そうだな、だけどこれってどういう状況なんだろうな」
クジラはフライフィッシュの群れを追いかけるのに夢中で、奥にいるイカはまだ動く気配がない。
「なんとまあ面白い状況ではあるが、どうしたものだろうな」
リオンもこの状況をどうしたら良いのか決めかねている。下手にクジラを攻撃した場合、こちらに襲いかかられて戦闘になったとしても、後ろのイカが動かないとは限らない。
ではイカに集中して戦うかというのもクジラがいることで集中するのは難しいだろう。ちなみに、μαで調べたところ、イカの名前はベビークラーケンで、クジラの方はホーンホエールと登録されているようだった。よくクジラを見てみると、額に螺旋が描かれたまるでドリルのようなツノが生えているのがわかる。
「このままここでグズグズしているわけにも行かないから、クラーケンをまず狙いましょう。たぶんですが、クラーケンがボスだと思うんですよ」
リンネが決断して、皆が頷く。
「あの触手には気をつけないとね」
「そうですわね、なんだか、あれですわね」
「ミレイ、あれってなにかな、それじゃあわからないんだけど」
「あれと言ったらあれですわ」
「あはは、捕まらないようにはしたいよね、アズサも気をつけなさいよ」
「ライチのほうが心配、です」
リンネたちは進み出す。ホーンホエールが襲って来る可能性も考えて警戒しながらゆっくりと。そして、ちょうど入ってきた場所とベビークラーケンとの距離が半分程の距離に差し掛かったところで変化が起きた。
先程までホーンホエールに追いかけられていたフライフィシュが突如方向を変えて、リンネたちへと向かって突撃してきた。最初にそれに気がついたのはリンネだった。
「みんな走れ!」
その声を聞いて、フライフィッシュに気がついた面々がクラーケンへ向かって走り出す。特に前へ走ったのには理由はないが、今更戻ったとしても回避する手段がない。そしてリンネたちがベビークラーケンへと近づいたことによりベビークラーケンも動き出した。
「とりあえずベビークラーケンを盾代わりに後ろへ回る。レイネとアカリとミレイとリオンさんは右へ、俺とライチとアズサにシラベさんは左へ、触手に捕まらないように気をつけて」
動き出したベビークラーケンを警戒しつつ、後ろから迫ってくるフライフィッシュから逃げるように、左右に別れるリンネたちとレイネたち。左右に分かれたことにより、どちらを追うかで動きが緩んだ所へベビークラーケンが触手でつかみ取り食べ始める。
そしてそんなフライフィッシュを追っていたホーンホエールが残ったフライフィッシュに食らいついた。眼の前で大量のご飯を食べられて怒ったのか、ベビークラーケンがホーンホエールに向かって触手を繰り出し殴りつける。
左右に分かれてベビークラーケンの背後に回ろうとしていた面々だが、突如ベビークラーケンとホーンホエールの戦いが始まったために立ち止まってしまうというよりも、立ち止まらずにはいられなかった。
ホーンホエールは全長20メートルほど、ベビークラーケンは全長10メートルを超えており、そんな物が近くで暴れていればまともに動けなくて当然であろう。それでもレイネはベビークラーケンの背後へと向かって走り出す。それから遅れること数秒後リンネたちも走り出すが、その行動は少し遅かった。
ベビークラーケンに横っ腹を殴られたホーンホエールが左へ流されるように飛ばされる、そしてちょうどその眼の前にリンネたちが現れる格好になった。突然クジラが目の前に降ってきたことに驚いたリンネたちだが、なんとか避けて、背後へ回ろうとしたリンネたちをホーンホエールは見逃さなかった。
「グァァァァァ」
そんな声を上げながら口を開き、空気ごとリンネたちを吸い込み始める。リンネとライチにアズサはしゃがみ地面に手をつき吸い込まれるのを耐えていたが、それも限界に達する。
「こうなったら、中からどうにかする。みんな外は任せた」
リンネはそう言って未だに吸い込みを続けているホーンホエールへと飛ぶように駆け出す。
「アズサ、うちらもいくよ」
「わかった、です」
「わ、わたしも」
「シラベさんは、このまま耐えてなんとかリオンさんと合流して下さい」
ライチはそう言いながらリンネを追いかけるように駆け出す。アズサもそれに続いてホーンホエールへと向かって走る。三人がホーンホエールの口へ飛び込み、そのまま走り抜けていった。
三人を吸い込み終えたホーンホエールは、ゆっくりと口を閉じた後に何事もなかったように空へと上がっていく。その場に残されたシラベはなんとか立ち上がりレイネたちに合流した。
「ごめんなさい、リンネさんたちは」
「シラベさん気にしないでください、リンたちなら大丈夫ですよ、きっとなんとかして戻ってきます」
「うん、ボクもそう思う、それより問題はこっちだよ」
アカリの声に反応した訳では無いが、ホーンホエールがいなくなったことでレイネたちにベビークラーケンが目を向けた。
「そうですわね、リンネたちが戻ってくるまでにこれをなんとかしないといけませんわね」
「ああも上まで上がられると、我々には手出しできないだろうからな。我々はベビークラーケンをどうにかすることに専念しようではないか」
「皆さんリンネさんのこと信じてられるのですね」
「「それはもう、私のリンだからね」」
レイネとアカリはミレイたちの前へと出て武器を構える。レイネは薙刀を、ミレイは両手に斧を、その後ろではミレイがトゲトゲの付いたメイスを、リオンは木製のねじ曲がった杖をそれぞれ構えている。シラベだけは武器らしきものを持っていないが、いつでも使用できるように各種ポーションをポーションホルダーに準備している。
「それじゃあ、リンたちた戻って来る前にコイツをちゃっちゃとやっちゃうよ」
「「はーい」」
レイネの言葉にいつみの気の抜けるような返事を返すアカリとミレイだが、この三人にとってはいつものやり取りであり、緊張をほぐす儀式でもある。
ベビークラーケンは、10本の触手をゆらゆらと揺らしながら、そんなレイネたちを睥睨していた。





