第51話 突然の依頼
学園は7月になり夏へと向かっている。7月に入ると期末試験も近いこともあり、リンネたちは試験が終わるまではダンジョンに潜ることを止めている。その代わりにリンネたちの家に集まりテスト勉強をして過ごす頻度が増えている。
本日はライチとアズサはおらず、リンネ、レイネ、アカリ、ミレイの4人でリビングに集まり勉強会をしている。
「リン、ここってどうしたら解けるの?」
「ん? ああそこはこうこうしたらわかりやすいんじゃないかな」
アカリの質問に答えながら、リンネはみんなの勉強を見ている。お忘れの方もいるかも知れないが、これでもリンネは高校の範囲の勉強は終えており、大検も取っていたりする。
既に学歴社会というものは無くなっているが、覚醒者だとしても全員が全員探索者となりダンジョンに潜るわけではない。探索者にならないのであれば、各種企業へと入ることになるのだ。
ダンジョンが現れ、いくら世界の有り様が変わったとしても、今まで人類が培ってきた知識や技術はなくなるわけではない。より良い生活をもたらすために今も研究が進んでいる。
そしてそういった職につくのには、探索者としての実績よりも、学歴が物をいうわけで、学業を疎かにできない理由でもある。ただこれらの話しは、各地にあるダンジョン都市の中だけの話しではある。
「リンわたしもここ教えて」
「おい、レイネは教えなくてもわかってるだろ」
「なぜバレた」
「そりゃあレイネのことならわかるからな」
「そ、そう、えへへ」
「いちゃつくの禁止ー、勉強中なんだから二人共離れて離れて」
リンネとレイネの間に割り込むようにアカリが二人を離す。ミレイもなんだか呆れたような表情を浮かべている。そんなミレイだが、この中で自分だけワルキューレがいないことを気にしていたりする。
「あーなんだ、ちょっと休憩するか」
リンネが、んーっといった感じで伸びをしてから立ち上がり、キッチンへ歩いていく。
「私も手伝うよ」
「それじゃあレイネはみんなの分のカップとソーサー用意してくれ」
「はーい」
リンネとレイネが4人分のカップと、ちょっとしたお菓子を持って戻って来る。ぞれぞれがテーブルの上を片付けて休憩に入る。
「期末にお試験って、筆記以外にもあるんだよな?」
「そう聞いてるよ」
「筆記と実技とのことですが、実技に関しましてはパーティーでどの階層まで行けているかみたいですわ」
「それボクも聞いたよ、一年生の一学期は三階層まで行けたら良いみたいだよ」
「そうなのか、それじゃあ俺たちは気にする必要はないな」
「今のダンジョンを二学期末までに六階層、進級前までに十階層をクリアできればいいみたいですわ」
「それを聞くと俺達は結構余裕っぽいな」
「そうですわね」
こういう感じの勉強会を過ごしつつ、テスト期間を終えたリンネたちは誰一人として赤点を取ることはなく、むしろ上位の成績を持って夏休みへと入るのであった。
◆
夏休みに入ったリンネたちは覚醒者協会へ来ている。
「叔父さん久しぶり」
「ああ、すまんなお前らのことはリオンに任せっきりにしてしまって」
「それは別にいいんだけど、それで今日は全員呼んでどうしたの?」
「それなんだがな、お前ら都市外へ行ってみる気はあるか? 引率としてリオンがついていくが小型ダンジョンの調査になるんだがな」
「小型ダンジョンの調査? 破壊じゃなくて?」
「破壊出来るなら良いのだがな、どうやら最下層へ行ってもダンジョンコアを見つけることが出来なかったようでな。出てくる敵自体は強くもなんとも無いそこで探査にたけた者の護衛としてということだな」
ゲンタは一枚の紙をリンネたちの前に差し出した。リンネたちは順番に紙を回して見ていく。
「お金も出るんだね」
「まあな、協会からの依頼でもあるわけだから報酬が出る。それとだこの場所は海の近くでな、海水浴が───」
「受けよう、みんなもいいよね」
レイネがテーブルに両手をバンッとついて立ち上がる。
「レイネ急にどうしたんだ?」
「だって海だよ海、夏休みで海といったら伝説の海水浴だよ。プールは行ったことあるけど海水浴なんてする機会これを逃したらないと思うんだ」
レイネたちの世代は基本的にダンジョン都市から出ることはない。出る時と言えば他のダンジョン都市へ移動する場合位しかないだろう。あとは今回のように特別に都市外の小型ダンジョンに関する依頼を受けるなどの場合だけとなっている。
国内のダンジョン都市の中には海の近くに作られたものもあるので、そういった場所に住む人達は気軽に海水浴や釣りなどの娯楽を楽しめる。だがリンネたちの暮らしている第一ダンジョン都市近郊には海が存在しない。
そういったわけで、レイネが海というものに憧れのようなものを持っており、この機会を逃せば二度と行けないのではないかと思ったゆえの行動である。
「俺は別に構わにけど、みんなはどうだ?」
「ボクも海は興味があるかな、そこに行ったら新鮮な海の幸も食べられるんでしょ」
「わたくしも一度見てみたいですわ。海に沈みゆく夕日などは映像では見たことはありますがこの目で一度は見てみたいですわね」
「うちとアズサは海近くは通った事あるけど、海に入ったことはないね」
「海に興味があります、です」
全員が了解したのを見てリンネがゲンタの方へ顔を向ける。
「というわけだけど、その依頼受けたら、海に入ったり海産物を食べたり出来るってことでいいんだよな」
「あーそれなんだがな、わかっていると思うが現地の人との接触は出来ないようになっている。ただし小型ダンジョンが浜辺に出来たことから、その近くの住人は避難して今は無人だ」
「それって覚醒者と長時間接触したら覚醒因子を持たない人も覚醒因子を持ってしまうとか、そういう根拠のない話しの類ってことよね」
「まあな、それだけ因子を持たない人たちはこの事に神経質なんだ、お前らは気にしなくて良い」
「まあ、直接会うこともないから良いんだけどね」
リンネが言うように覚醒因子を持たないものが覚醒者と接触して覚醒因子を得るかというとそういった事実はない。覚醒因子を持たない物が覚醒者になるための因子を手に入れる方法としては、ダンジョンの近くで数十年単位で過ごしたり、ダンジョンでドロップした食料を接種することで手に入れられるものとなっている。
それでも覚醒因子を持たない、持ちたくない人々は覚醒者を恐れ極力接触しないようにしているのが現状である。
「つまりは小型ダンジョンをさっさと処理して帰ってこいって事?」
「それでも良いんだが、一応一週間は大丈夫なようにしている、あと小さい温泉旅館を一つ確保している」
「じゃあそこを使ってもいいって事だよね、何が問題なの?」
「問題というか、早い話が現地の人がいないわけだ、食事や温泉施設の掃除なんかはお前ら自身でやってもらうことになる。いや一人スタッフを追加でつけるか、あいつの実家がちょうどそのへんだったはずだから……、少し待っててくれ」
そう言ってゲンタは席を立ち、リンネたちから離れるとμαの通信機能を使い誰かに連絡をとりはじめる。それから数分して再びソファーに座ったゲンタが、リンネ達に話しかける。
「それで受けてくれるということでいいんだな?」
「俺達にとっては色々とまたとない機会だし受けようと思うよ」
「そうか、それとだ食事と宿泊施設に関しては一人都合がついた、海産物の料理もできるということだ」
「わかった、それで出発は?」
「明日だ」
「……明日?」
「そう明日からだ、急で済まないが朝一で家に迎えをよこすから今日は全員リンネの所で泊まるといい」
それを聞いて急に立ち上がったレイネがリンネの腕を掴んで駆け出そうとする。
「明日って急いで準備しないといけないじゃない、それに水着も買わないと、みんな行くよ」
そう言ってレイネはリンネを引きずりながら部屋を出ていく。それにアカリやミレイたちも続く。部屋に残されたゲンタは、μαを使いリンネにメッセージを送った。
『手続きの諸々はこちらで済ませておくから、お前らはたまの休暇を学生らしく楽しんでこい』と。





