第48話 μαの謎
第一ダンジョン都市覚醒者協会第一支部の最上階、そこの支部長室に霧陰ゲンタと祭音リオンの姿があった。
「任せっきりになって済まないな」
「私も興味のあることだ、気にしなくて良い。それよりそちらの状況は大丈夫なのか?」
「ん、ああ、色々大変だわ。一通り小型ダンジョンの危険そうなものだけは排除出来たが、始原ダンジョンはなかなか調査が進まんな」
「そうか、無理だけはするなよ」
ゲンタは驚いたような表情を浮かべている。
「なんだその顔は」
「いや、お前が俺をいたわるなんてな、明日は雪か?」
「流石に夏手前のこの時期に雪は降らんだろ」
「そういう意味じゃなくてだな」
「わかっている、からかっただけだ」
「お前なー、俺をからかうくらいの発見でもあったか」
「ふふふ、わかるかね。いくつか面白いことがわかったよ。詳しくはこの資料に書いておいた、暇なときにでも見ておくと良い」
パサリとゲンタの前に分厚い紙の束が置かれる。
「お前な、今の俺にそんなヒマがないのはわかっているだろ」
「その資料はおまけだ、軽くになるがちゃんと説明してやる」
リオンはぬるくなった紅茶に口をつけ、一口飲み込む。
「リンネくんとレイネくんのワルキューレが無事に生まれた。その際に取れたデータを解析した結果、リンネくん達に仮想空間内で何があったのかを聞いた。結果としては、ワルキューレが生まれるとほぼ同時にレイネくんのμαのバージョンも上がったようだ。そして驚くべき事にそのμαのバージョンなのだが作られた時期はいつ頃だと思う。それはな───」
「まてまてまてまて、一気に話すな」
「むっ、良いところだというのに」
「リンネとレイネのワルキューレが生まれたんだな」
「ああ、そうだ。リンネくんとレイネくんの特徴を併せ持つ、なんとも可愛らしい女の子だったぞ」
「そうなのか、それは会うのが楽しみだな……、ってそうじゃなくてだな、ワルキューレ化まではやってないんだよな」
「お前から頼まれていたということもあるが、私も同じ考えだからな、あれは切り札として取っておくのが良いだろう」
「そうだな、再使用まではそこそこ時間がかかる感じだろうからな」
「それで話の続きをしていいか?」
「ああ頼む、レイネのμαのバージョンが変わっているというところからだな」
「てっきり接触した時にμαのバージョンが変わると思ったのだが、実際はワルキューレが生まれたタイミングでバージョンが変わったようだ。その時点で二人共意識はなく、どういう原理でバージョンが変わったのか全く見当もつかんな」
「危険はない感じなのか?」
「私の見た所では問題はないように見えたな、チェックしていたデータを見ても問題らしきものは見受けられなかった」
リオンは原理がわからないという割には面白そうに笑っている。
「まあそれに関してはアカリくんの時に調べて問題ないとなっているわけだしな。それよりもだ、面白いことがわかった」
「なんだ」
「それはな、μαのバージョンと言っているものだがな、なんと作られたのは50年前らしいのだよ」
「あん? どういう事だ? 50年前ってことはμαがまだ埋め込むの義務がない時代だよな」
「そうなるな」
「そんな時期に作られたものって、それはむしろ俺たちのよりも古いバージョンってことにならないか? そもそも50年前だとリンネたちだけでなく俺やお前も生まれてない」
「普通に考えればそうだ、私やお前のμαのバージョンは30年ほど前に最適化されたものを最後に新しいバージョンは出ていないからな。だがな性能としてはリンネくんたちのほうが断然上のようだ」
「オーバースペックと言うやつか?」
「違うな、むしろリンネくんたちのμαのバージョンのほうが最適化されていると考えた方がいい。ちなみに私たちの前の世代のμαもしらべてみたが、私の今使っているものよりも性能は劣るようだ」
少し考え込むようにしていたゲンタだが、何かに気がついたようで顔を上げリオンを見る。
「それはつまり、リンネやレイネにアカリちゃんのバージョンこそが正しいというわけなのか?」
「どうだろうな、そもそもμα自体がいつから存在しているのか不明なところが多い。ダンジョンの出現で世界中が混乱をきたしていた事が原因だと思われるが、西暦から新暦へと変わった辺りの記録が残っていないからな。こうなってくると意図して記録が隠されているもしくは消されている可能性もあるな」
「そういった古い記録なんかはダンジョン都市には殆ど残ってないからな。あるとしたら、ダンジョン圏外の非覚醒者たちが暮らしているコミュニティーにあるかどうかってところだな」
リオンがはぁとため息をついて、完全に冷えた紅茶の残りを飲んだ。
「ま、リンネくんとレイネくんの協力のお陰でμαのバージョンの解析も進んだ、近いうちに同じものとは行かないまでも同等のものは作ってみせるよ」
「無茶するなよ、お前のことだからまっさきに自分で試すつもりだろうがな」
「流石に私も最初に自分で試す気はない、そのへんのダンジョンでゴブリンでも使って実験をするつもりだ」
「それはそれで不安なんだが。まあ何かわかれば報告してくれ。他に何か聞いておいて良いことはあるか?」
「ああ、一つだけあったな、カリンくんとスズネくんの声を聞くことができる装置をリンネくんたちの家に設置したいのだが家主であるお前の許可を取ろうと思っていた」
「リンネたちが了承しているなら好きにしろ、盗聴器とかは付けるなよ」
「そんな物を付けてもカリンくんやスズネくんの目はごまかせないからな無駄なことはしない」
リオンは空になった紅茶の入っていたカップとソーサーを持ち立ち上がると、隣室への扉へ向かって歩いていく。
「洗い場にでも置いておいてくれ、ほかのと一緒に洗っちまうから」
「そうか、それでは頼むよ」
隣室の洗い場に食器を置いて戻ってきたリオンはそのまま部屋の出口へ向かう。
「それではな、私は下にいるので何かあれば連絡してくれ」
「ああ、今回は助かった、今後もリンネたちの事を頼む」
「前も言ったと思うが、興味深い対象だからな最後まで任されるつもりだよ」
リオンは部屋を出ていき、残されたゲンタは仮眠を取るためにソファーにごろりと寝転び目を閉じる。動くものの無くなった部屋のライトは自動的に光量が絞られ、しばらくすると室内は真っ暗になった。





