第29話 そして母になる
焔坂アカリは不思議な空間で目を覚ました。アカリの目の前に広がっているのはどこまでも続いているような真っ白な空間。
「ここどこだろ?」
ぐるりと周りを見回しても白い地面と白い空が広がっているだけだ。
「私死んじゃったのかな」
自らの姿に目をやると、その姿は一糸まとわぬ全裸となっており、その肌にはゴブリンキングに切られたはずの傷は元からなかったかのように見受けられなかった。死んで魂だけの状態ならそういうこともあるのかなとアカリはそう結論づけた。
ただの白い空間、アカリの知っている娯楽小説なら、この後神様がやってきて異世界に転生でもさせられるのかななんて考えていると、目の前の空間に人の姿が浮かび上がってきた。その変化を見逃すまいとじっと見ていたアカリの目には美少女が映し出されている。
その美少女は腰辺りまである銀色の髪、シミ一つ無い白い肌、スラリと伸びた手足、そんな姿を持つその美少女とは姫咲リンネの事であった。
「リンネさん? どうしてここに」
「あれ? アカリ? なんだここは」
同時に言葉を発して視線を交わすが、リンネは顔をそらし困ったように人差し指で頬をかいている。
「その、アカリどうして裸なんだ?」
「ここで気がついた時から裸だったよ、ちなみにリンネさんも裸ですよ」
「うえっ、ほんとだ、着るものとかどこかにないのかな」
「こんな場所だから見つかりそうにないかな」
アカリはもう一度辺りをぐるっと見回すが、相変わらず白い空間が広がっているだけに見える。とりあえず離れたまま会話するのも変なのでお互い近くによって背中を向けて話をしている。
「あまり考えたくはないけど、俺達って死んじゃったのかな」
「ここってやっぱり死後の世界ってことですか?」
「さあどうなんだろうな、それにしてもこう何も起こらないとどうしたらいいかわからないな」
リンネは何気なく周囲を見回してみると何かが空宙に浮いているのを見つけた。
「アカリあれって見える?」
「えっとどれですか」
「あれだよあれ」
「あれあれ詐欺ってやつですか?」
「違うって」
リンネが見えている物を指差し、アカリがその指の指し示す場所に目をやる。しばらく目を凝らしていたアカリにもそれが見えた、それは白い卵のようなものだった。周りの白い景色と同化するように存在する白い卵。よく見てみると少しだけ明滅を繰り返しているのがわかる。
「え? 卵ですか?」
「アカリにも見えるって事は幻じゃないってことだな」
「そうですね、近づいてみますか?」
「初めて見つけた変化だからな行く以外の選択肢はないだろ」
リンネはアカリの裸を見ないように少し先行するように歩き始める。いっぽうアカリは前を歩くリンネの揺れる丸く張りのあるお尻を見ながら、こういうのを桃尻って言うのかな? などとどうでもいいことを考えていた。
真っ白な卵に近づくにつれ、明滅しているおかげでその輪郭もはっきりとわかるようになってくる。
リンネとアカリはゆっくりと明滅を繰り返している卵の前で立ち止まる。それは遠目からは卵のように思えたが近づくことにより卵ではなく繭だということがわかった。その繭は大体直径60cm程の大きさをしている。二人には繭が明滅しているさまは鼓動のようにも思えた。
「これ何の繭なんでしょうね?」
「思ったよりでかいがなんだろうな」
繭の側まで辿り着いた二人だが、このまま見ていれば良いのか、なにかアクションを起こせば良いのか決められずにいた。
「「あっ……」」
「いまのは」
「リンネさんにも?」
「アカリにもか?」
「はい、えっとこれにってことですよね」
「だろうな、このまま何もしないというわけにもいかないし、やるしか無いか」
「そうですね」
お互いの顔を見つめながら視線を交わすと同時に頷く。そして二人は手を絡めるように繋ぎ、繭を見据えながら繋いでいない方の手をそっと繭に触れさせた。
二人の手が繭に触れると同時に、繭が光の粒子となり消え始める。そのさまはリンネが覚醒した時と同じように見えた。そして繭が全て光となり消え去った後には身の丈50cmほどの少女が空中に浮かんでいるのが見て取れた。
その姿はどこかアカリに似ているように見える。肩口で切りそろえられた赤い髪に銀色のメッシュが一房あり、アカリの姿を三分の一にしたようなフィギュアにも見えた。服装は薄い朱色に染められた現代風の貫頭衣ワンピースを着ている。
「えっと、これって妖精かなにかかな?」
「なんだかアカリに似ているようにも見えるな」
「ん~確かにボクに似ているように見えるけど、目鼻立ちなんかはリンネさんっぽくないですか」
「あー言われてみればそんな気がしてくるな」
二人が目の前の小さな少女のことを話していると、小さな少女の瞳が震えゆっくりと開かれた。小さな少女はリンネとアカリを見つめ、ニッコリと微笑み話し始める。
「アカリお母さんリンネお母さんはじめまして、ボクはお二人の生体情報により生み出されたワルキューレです、よろしくお願いしますね」
その言葉を聞いて固まるリンネとアカリ、先に復活したのはアカリだった。
「えっ、なにそれ、ボクとリンネさんの生体情報? それってボクとリンネさんの子供ってこと?」
「そう考えていただいても構いません、ボクはお二人の情報を元に生まれましたので」
「ふーん、そうなんだ」
アカリの頬は緩み、嬉しそうにニヤけている。
「そうだ色々聞きたいのだけどいいか───」
「ちょっとまった、え? 何? なんでそうなるんだ」
「びっくりした、急にどうしたのリンネさん」
「どうしたのですかリンネお母さん」
「それ、それだよ、なんでお母さんなんだ───」
「あー確かに、そうだよね、ちゃんとリンネさんのことはママって呼ばないとだめだよ」
「リンネママ?」
そう言って少女はコテンと首を傾げている。
「いや、そうじやなくてだな」
「えっと違いましたか?」
アカリも少女と同じようにコテンと首をかしげてみせる。少女とアカリ、二人並んで同じ動作をしていると、ちゃんと親子のように見える。
「いや、うん、可愛い……じゃなくて、なんで俺が母親なんだよ、普通逆だろ」
リンネのその叫びを聞いて、少女とアカリは何いってるのこの人はという表情をしている。そのシンクロ具合はまさに親子か姉妹のようである。
「俺は男なんだ……今となっては元ってことにはなるけど、だけどこういう場合って俺が父親じゃないのか」
「そういうことですか。それなら簡単です、ここはリンネお母さんのμαとクラス戦乙女によって作られた仮想空間だからです。つまりはリンネお母さんの生体情報が母体となり、アカリお母さんの生体情報を取り入れたから、リンネお母さんもお母さんなのです」
「えっと、ちょっと待って色々気になる単語が……」
リンネは手のひらを少女に向けて少し思案にふける。その間アカリは少女と話をすることで情報収集に努めている。しばらくするとリンネは考えがまとまったのか少女に話しかける。
「あーなんだ、ここってあの世とかそういった類の場所ではない? つまりは俺たちは生きているのか?」
「はい、お二人は生きておられますよ」
「そうなんだ、意識が朦朧としててあまり覚えてないけど、ボクってすごい怪我をして死にかけてた気がするんだけど」
「それはですねリンネお母さんがポーションを口───」
「あー、そう、ポーション、おじさんから渡されていたポーションを使ったんだよ、あれはすごかったよ傷が一瞬で塞がったからね」
リンネは少女の言葉を遮って話している。口移しでアカリにポーションを飲ませたことを知られたくないのかも知れない。
「そうなんだ、それならそれでボクたちも早く戻らないと、レイネとミレイがまだゴブリンキングと戦ってるんだよね」
「そうだった、早く戻らないと」
「それに関しては安心してください、ここはμαによって作られた仮想空間です、そしてこの空間の思考は外に比べておよそ10倍となっています」
「それってここに30分いても外は3分位ってこと?」
「そうなります」
「そうか、それなら君に色々と聞く時間もたくさんあるわけだな」
「はい何でも聞いてください、リンネお母さん」
そう言って少女は微笑んだ。





