第24話 いつもと違う
ソレは戸惑っていた。ここはどこだと。なぜここに己はいるのかと。思い出せない、いや覚えている。自らが本当は何者かを。
ソレはゴブリンであった、それもただのゴブリンではない。いやそうではない、最初はただのちっぽけなゴブリンであった。だがそのゴブリンは仲間を喰らい、敵を喰らい、ありとあらゆるものを喰らい、いつしか王になっていた。
王となったゴブリンは同類を支配し、部下を育ていつしか国を作るまでに成長した。そうなれば国と国の戦争に発展するのは自然なことだった。
最初は同族の国を、そして他種族の国を、魔物と呼ばれるものの国を打倒し支配した。このゴブリンの王よりも強いものはいくらでもいた、だが最後に立っていたのはこのゴブリンの王だった。
王となったゴブリンの支配する国はどこまでも広がっていった。それはいつしか一つの大陸すべてに広がり魔物の巨大帝国を築いた。そしていつしか王となったゴブリンは魔王と、魔物の王と呼ばれる存在となった。
そして魔王となったゴブリンは、それ以降の記憶がないことに戸惑いを覚えていた。そして今の自らの姿を認識し、この記憶に残ることはすべて夢だったのかと思わされた。
なぜならソレの姿はただのちっぽけなゴブリンとなっていたからだ。だからソレはただただ笑った。周りにいる同じ姿をしたゴブリンが訝しげに見てくるのも気にならずに笑い続けた。
そしてソレはまず同族を喰らった。ソレは楽しくて仕方がなかった、己の記憶に進む道標が既にあるのだから。無くなったのならまた作れば良い、戻ったのならまた進めば良い。
そしてソレはダンジョンを見つけてしまった。このダンジョンと呼ばれる場所の存在は知っていた。そしてそこからは見たこともない財宝や武具が手に入ることを知っている。ソレがそこに足を踏み入れたのはただの気まぐれだった。
もしここでソレがダンジョンへと踏み入れていなければ、いずれソレは記憶の通りに魔王へと至っていたかも知れない。だがソレがダンジョンへ踏み入ったことによりこの瞬間その未来は潰えた。
中の魔物は弱かった、だから先へ先へと進んだ。そして最奥へ辿り着きそこを守るそこそこの強さを持つ魔物を喰らった。そしてソレは《《ソレ》》を見つけた。
そしてソレは《《ソレ》》を喰らった……、ダンジョンコアと呼ばれる魔石を。
長いようで短い時を超え、ソレは再び王となった。閉じた世界の、石の壁に囲まれ出ることは敵わないその場所で。今のソレには記憶はなく意志もなく、ただただやってくる獲物を待ち続けている。ダンジョンという牢獄に囚われた王として。
そして世界が揺れ廻り巡る。
◆
「よし、みんな準備はいいか?」
「私は大丈夫だよ」
「ボクも問題ないよ」
「……」
一人上の空で黙っているミレイに視線があつまる。
「どうしたミレイ? 体調が悪いなら今日は休むか? なんだか顔色も悪いようだし」
リンネはおもむろにミレイの額に手を当てるが、特に熱があるわけでは無さそうだと思った。
「えっ、あっ、いえ大丈夫です、何でも無いですわ」
リンネに突然額に手を当てられてびっくりしたミレイは距離を取った。その顔は一瞬のうちに真っ赤になっている。
「もうリンちゃん、急にそんなことしたらミレイに嫌われるよ」
「あー、ゴメン」
「いえ、わたくしも少しぼーっとしておりましたわ」
「ミレイ本当に大丈夫? 体調とか悪いなら無理しなくて良いんだよ」
「大丈夫ですわ、それより早く行きますわよ」
ミレイはそう言って、門の前にいる職員に軽く頭を下げてダンジョンの入口に向かって歩いていく。リンネたちもそれを追ってダンジョンの入口へ向かう。
「行ってきます」
「今日はボスに挑むんだって? 十分に気をつけなさいよ、無理だと思ったら逃げなさい」
「はい、ありがとうございます」
職員に挨拶ついでに声を掛けてから、レイネはみんなが待つダンジョンの入口へ向かった。
「お待たせ、それじゃあ行くよ」
リンネたちは門をくぐり、ダンジョンの一階層に降り立った。早速着替えを済ませ軽く武器のチェックをする。いつも通りの一階層、出てくる敵はウィードのみでμαの表示を頼りにウィードを避けて移動していく。
数分もすると二階層へのゲートを発見し、そのまま二階層へ移動する。その頃には少し顔色の悪かったミレイも調子を取り戻したようだ。二階層もサクサクと進み、出てくるゴブリンも出てくるそばから倒し進む。
二階層も今更普通のゴブリンに苦戦することもなくサクサクと進んでいく。三階層へのゲートを見つけたのは二階層に入ってから十数分後だった。
「一旦ここで休憩しようか」
ゲートの前で腰を下ろし、それぞれ背負っているバックパックから水を取り出しちびりちびり飲み始める。
「ここまで最速で来れてない?」
「ゴブリンの配置が良いのか殆ど会わなかったから順調だね」
「次の階層もこの感じだと楽でいいんだけどな」
「そうですわね」
少しの間休憩をして三階層への青いゲートに潜る。三階層に出るのはゴブリンシーフで最初は弓で攻撃してくる。そのためか少し遠い場所からでも発見されてしまう。そのせいか二階層に比べると戦闘回数は増えたが、出てくる数が一匹だけなのでこの階層も比較的早く抜けることが出来た。
一階層から三階層を超えるまでにかかった時間はだいたい一時間、過去一の速さで抜け出している。そして四階層からは敵が複数出てくる。数的にはだいたいリンネたちと同数なので一人一匹倒す形で進んでいく、前回のダンジョン探査の時点で誰がどのゴブリンを倒すのかは決めているので、この階層もサクサク進めていき、最下層へ向かうゲートへたどり着いた。
ゲートの前で再び休憩に入ったのだが、どうやら皆が皆どこか違和感のようなものを感じているようだ。
「ねえなんだか敵との戦闘回数がおかしくない?」
「やっぱりレイネもそう思うか、いつもよりなんだか《《少ない》》よな」
「ただわたくし達の進む速度が早いからかとも思いましたが、そうでは無さそうですわね」
「うんうん、ボクもそんな気がしてたんだよね」
リンネ、レイネ、ミレイ、三人のアカリを見る目は、絶対こいつ気づいてなかっただろうといったものだった。
「あ、あはははは、ごめんなさい気づきませんでした」
「アカリのことは置いておいて、本当にどうする? このまま進む?」
色々と話し合った結果は、とりあえず五階層のボス部屋前まで行ってみて決めようということになり、進むことに決めた。そして最下層へのゲートを潜り進むリンネ達だが、おかしなことに魔物と一切遭遇することはなかった。
「流石にこれはおかしいよね」
「そうですわね」
「これはボス部屋の前についたら速攻で脱出したほうが良いかもな」
「このまま何事もなかったら良いんだけどね」
警戒しながら進んでいるが全く敵の気配が感じられない上に、敵とも遭遇しない異常な状況となっていた。中等部の頃からこのダンジョンに潜っていたレイネ達にとっても初めての事で戸惑っている。そして進み続ける事数十分、ボス部屋が見える通路でリンネたちは困惑と共にどうしたら良いのかわからなくなる事態に陥った。
リンネ達は通路の角からボス部屋へ続くゲートがある部屋を覗き込む。そこにはボス部屋までの一本道が作られており、その両サイドにゴブリンが立っている。脱出のための赤いゲートはそのゴブリン達の後ろ側にあるわけで脱出するには、その部屋のゴブリンを抜けてたどり着かないと帰るに帰れない状態になっている。
「どうする」
「どうしよう」
「どうしましょうか」
「全滅させる?」
一見アカリが言った全滅させるという言葉は無茶なようだが、意外と現実的な提案である。いかにもボス部屋へ誘導しようとしているゴブリンの配置、それには絶対に逃さないという意志を感じさせられる。
リンネ達の作戦会議はしばらく続くことになる。





