第18話 成長速度
第一ダンジョン都市覚醒者協会第一支部、そこの最上階の支部長室では霧影ゲンタが祭音リオンから話を聞いている。話の内容はリンネについてだ。
「リンネくんの戦闘能力の向上具合は、あの年齢を鑑みると異常とも言える。普通はあの年齢だと成長率は下がるものなのだがな」
「確かに聞いている限りではそう思えるがそれほどか? 俺たちもあの頃なら普通だったと思うが」
「ふっ、私やお前のように、覚醒の前から戦っていた訳では無いリンネくんがこの数日の戦闘だけで、当時の私たちと同等に動けていると考えても同じことが言えるかい?」
ゲンタとリオン、この二人は古来よりアヤカシや妖怪、悪魔や妖魔といった超常のモノと関わりのある一族の血をひいている。そういった関係でゲンタもリオンも12歳のコクーンでの覚醒の前から戦いの場に出ていた。
超常のモノとダンジョンに覚醒者、いっけん関係がありそうなものに思えるが実のところ超常のモノとダンジョンは敵対している。そしてただ覚醒しただけでは超常のモノを認識できない、そのことから未だに超常のものに関する事は世間に知られていない。
今では超常のモノとゲンタやリオンのような家系を持つものは、協力関係を築くか協力はしないが無干渉をするようになっている。ちなみにリンネとレイネの父はそちらの家系ではないので、今のところ超常のモノと関わることはなかった。
リンネとレイネの母はゲンタたちと同じで幼少からそういったモノと関わってきたのだが、結婚を機にそちらに関わることはなくなった。ちなみにゲンタ達の母方が神職の家系だったことで、その流れを母からレイネへと受け継がれている。
「そう言われてしまうと、確かに成長率は高いようだな」
「まあそれについては大体予想はついている」
「ユニーククラスが原因ってことじゃないのか?」
「その可能性もゼロではないが、私の考えではリンネくんは覚醒の時に生まれ直したのではないかと考えられる」
「生まれ直し? どういうことだ、いや覚醒を進化という者もいるが、それとはまた別だよな」
「今回リンネくんは、謎の人物から受け取った覚醒の水晶を使った。その覚醒の水晶はどうやったかわからないが特殊な加工がされていたと思われる、そのためユニーククラスを得ることに繋がった。そしてリンネくんの肉体は一度繭の中で分解され、その肉体は女性として再構築されたと思われる、それは一見コクーンを使っての進化のようだがリンネくんの場合は新生と言って良いのではないかと思われ──」
パシリとゲンタはリオンの頭をはたく。
「なげーよ、手短にまとめてくれ」
「酷いな、これでも十分わかりやすく短くまとめたつもりなんだが。まあつまりはだ、リンネくんは他のコクーンを使った覚醒とは違う覚醒を果たしたことにより、新生つまりは生まれ直したのではないかといった推論だ」
「生まれ直しねー、結局それでどうなるっていうんだ?」
「普通の覚醒とは元の肉体のまま目の色や髪の色が変わることはあるが概ね元の体をベースにしているだろう」
「まあ。そうだな」
「それ以外の体の構造自体が変わっている者、ユニーククラスの取得者に多いがそういった者達に間しては、進化とはまた別なのではないかと思われる、それが新生と言って良いのではないかとね」
「それで、結局進化と新生の違いってなんなんだ? 覚醒ということには変わらないんだろ?」
「ふむ、そうだな、お前はゴールデンエイジという言葉を知っているか?」
「あー確か運動神経が一番伸びる時期とかそんな感じだったか」
「概ねそんなものだな、人間というものは生まれてから、年齢を重ねることで少しずつ成長していく、特に神経系の機能は一定の年齢に達すると成長が止まると言われている。そこで新生だ、仮に成長が止まった状態を100としよう、そしてリンネくんは今回新生した事で、年齢的な成長がリセットされたと考えられる、それにより──」
「だから長いって言ってるだろ」
「簡単に言うとだリンネくんは0才児の時点で100のポテンシャルを持っていて、今後はその100に上乗せされて成長するのではないかといったところだ。まあそのボーナスステージのような状態がいつまで続くかはわからないがな」
そうリオンは最後に言った。リオンの言うことが正しければ、リンネの戦闘能力が日に日に上がっていくことも理解できるだろう。
「それと合わせてだな、他の覚醒時に身体変化を起こしたクラスの者を調べてみたのだが、その者たちも今のリンネくん同様に戦闘能力の伸びは良かったみたいだ」
「つまりは普通の身体変化をしない覚醒と身体変化のある覚醒は違うものってことか」
「実際のところはわからないが私はそう考えている。そしてこれがそれらをまとめたレポートのデータだ、好きに使うと良い」
「いつも助かる、助かるのだが、これを最初に見せてくれればさっきの話しは必要なかったよな?」
「そうかも知れないな」
「はぁ、まあ助かるのは確かだ、リンネに対しての全権を確保するのに使わせてもらうわ。これを餌として与えておけばしばらくは上の連中も大人しくしているだろ」
リオンがデータチップをテーブルの上に置くと、ゲンタはそれを受け取り机の中へとしまう。
「ああそれとだ、面白いことが一つわかった」
「ん? まだなにかあるのか」
「リンネくんのμαなのだがね、どうやら我々が使っているものとは少しシステムが違うようだ」
「ああん? どういうことだ、μαのシステムなんてこれが出生時に埋め込まれるようになってから一度も変更されてないはずだぞ」
「ああ、だから面白いことだと言ったのだよ。ちなみにリンネくんが実は別人だったということはないから安心したまえ、遺伝子情報は覚醒前と寸分違わず本人のものだった」
「それに関しちゃ疑ってねーよ、リンネの今の姿は写真で見たばあさんの若い頃のとそっくりだからな」
「ほうそうだったのか、あの御仁、銀翼の巫女殿の若い頃はリンネくんのようだったのだな」
「まあな、100歳越えてるはずなのに今もピンピンしてるぞ」
銀翼の巫女と呼ばれる齢100を超えた人物は、リンネやレイネの曾祖母にあたる。その姿は30手前辺りで成長を止め、今もその姿を維持している。銀色の髪が翻る様を見た者たちからいつしか銀翼の巫女と呼ばれるようになっていた。
「ちなみに、リンネくんたちとの面識は?」
「会ったことはないはずだな、妹が家をでてこっちとは関わらないようにしていたからな。それよりもだ、どこから見ても女性なのにリンネはY染色体も持ってるのか?」
「そうだY染色体も持っている、だが今後はどうなるかはわからない。時が経てば体に合わせて変化する可能性もある。そういった意味でも面白い研究対象だな」
「人の甥を、いや今は姪か、無茶なことはするんじゃねーぞ」
「わかっている、それより話を戻すぞ。μαのシステムなのだがな、どうやら我々の使用しているものより数世代は進んでいるようだ」
「なんだそれは、それじゃあお前が前言っていた未来がどうこうって与太話が、まるで真実みたいじゃないか」
「さてな、もう少し詳しく調べてみないとわからないが、リンネくんのμαが解析できればそれこそ未来が変わる、いやもしかすると解析した先にある未来こそが……」
リオンは急に言葉を止めてブツブツと呟きながら考え事を始めた。ゲンタにとってはリオンがこうなるのはいつものことなので慣れているし、こうなっては考えがまとまるまで何をしても反応しないのがわかっている。
ゲンタはため息をつくとリオンを置いたまま部屋を出ていく。残されたリオンは暫くの間思考の海に沈み続けた。正気に戻ったのはそれから1時間後のことだった。