第15話 ゴブリン
リンネとレイネとアカリの三人は、連日放課後には中等部管理のダンジョンへ潜っている。階層を下ると共に追加される課題もこなし着実に攻略は進んでいる。
一階層の草原は初日に終わらせているので翌日からは早速二階層へ降りた。二階層は森林となっており、出てくる敵はファンタジーではお決まりのゴブリンだ。敵が人型ということで最初は戸惑っていたリンネも、何回か戦闘をこなした後は問題なく倒せるようになっていた。
「お兄ちゃん大丈夫?」
「ああ大丈夫だ、慣れてきた」
ゴブリンとの戦闘でも戦うのはリンネ一人で、レイネとアカリは魔石とドロップアイテムを拾うことに徹している。
「リンさん魔石ですどうぞ」
「ありがとうアカリ、これで追加の課題はクリアだな」
「だね、時間はーまだあるし下行ってみる?」
「いや今日はやめとこう、また怒られるのも面倒だし」
「昨日は気が付かなかったけど、私たち高等部だから結構時間は余裕あったんだよね」
「そうなのか?」
「そうそうレイネが言ったように、高等部は下校時間とか門限は中等部に比べるとゆるいんだよ」
「それじゃあ少し覗いていくか」
「オーケー、それじゃあ道中の敵は私とアカリで倒すからお兄ちゃんは休んでいていいからね」
「わかった頼む、遅れないようにだけはする」
レイネとアカリが前に出て、代わりにリンネがその後ろをついていく。レイネとアカリは道中のゴブリンを鎧袖一触といった感じで簡単に倒してしまう。その戦闘を見てリンネは自分がまだまだ弱いということに少しおセンチになっていたりする。
「もうお兄ちゃん落ち込まなくていいのに、これでも私もアカリも三年近くダンジョンに潜ってたんだからね」
「そうだよ、リンさんはまだダンジョン2回目なのにすごいと思う」
「そうかな」
「そうそう、私たちなんて最初はホント散々だったよね」
「あはは、思い出したくないことも一杯あったね」
レイネとアカリが遠い目をしている。二人が最初にダンジョンに入ったのは中等部1年の時になる。そんな時期の少女にダンジョンというものは過酷の一言では言い表せられないだろう。
今では何の感傷も感じることなく倒せるゴブリンであっても、12歳の少女達にとって人型をした生物を殺すという行為は精神的に苦痛だったことだろう。普通ならトラウマの一つも発症してもおかしくない、それに関しては実際の所、覚醒因子とμαにより対処されていたりするのだが、その事実は限られた者しか知らない。
「三階層の入り口みっけ、それじゃあ行こっか」
少し大きめの木に埋め込まれるようにアーチ状の青い色の膜がかかっているゲートがあった。その横には脱出用の赤いゲートが見て取れる。
レイネを先頭にリンネとアカリもゲートをくぐり三階層へ移動する。ゲートを抜けた先は一階層と同じような草原になっていた。
「一階層と同じか?」
「気をつけてねお兄ちゃん、この三階層は普通のゴブリン以外にゴブリンシーフが出てくるんだよ、その代わりウィードはいないからね」
「わかった」
リンネはμαで周りを見回し敵を探してみるがまだ入り口だから見当たらない。
「そうだね、複数出てきたら一匹を残して私とアカリで対処するからお兄ちゃんは正面の敵だけに集中したら良いよ」
「リンさん、ゴブリンシーフは弓で攻撃もしてくるので気をつけてくださいね。アーチャーほどの腕はないのでめったに当たることはないと思いますが、なるべく避けるようにしてくださいね」
「そこまで余裕があるかわからないが気をつける」
リンネが先頭になり草原を進み、暫く進むと突如どこからかリンネに向かって1本の矢が飛んできた。それになんとか気がつくことが出来たリンネはうまく回避し矢が飛んできた方へ目を向けると三匹のゴブリンが目に入った。
「行くぞ」
「はーい」
「はい」
リンネが駆けるのに合わせてレイネとアカリも駆け出す。途中でリンネを追い越しレイネとアカリがゴブリンを一匹ずつ一撃で倒してしまう。追いついたリンネが残った一匹のゴブリンシーフと接敵する。
ゴブリンシーフは弓を投げ捨て短剣を構え、待ち構えている。リンネはショートソードを軽く振るうがゴブリンシーフは後ろに下がることで回避した。レイネとアカリにとっては普通のゴブリンと変わらない強さに思えるが、リンネにとってはそうではない。
それでも何度か攻撃をするうちに少しずつ負傷させなんとか倒すことが出来た。倒れたゴブリンシーフの体は泥のように溶け消えていく。残ったのは小さな魔石と先程のゴブリンシーフがもっていた短剣だった。
「はー、レイネたちは簡単に倒してるが、結構きついぞこいつ」
「私が言うのも何だけど、無傷で倒せるとは思ってなかったよ」
「おい」
「ボクが最初に戦った時は二人がかりでなんとかだったからね」
「そうか、慰めてくれてありがとうなアカリ」
「慰めとかじゃないですから」
「様子見も済んだことだし帰るか」
「わかった、それじゃあ私とアカリでじゃんじゃん倒して出口目指すから付いてきてね」
「オーケー、頼む」
再びレイネとアカリが先頭を歩き、たまに出てくるゴブリンシーフを倒しながら出口に到着する。脱出用の赤いゲートをくぐり外へ脱出した。外に出ると警備の職員が近寄ってくる。今回はちゃんと高等部だということを説明したので怒られることはなかった。
その代わり、私が早く帰りたいから早く戻ってきてくれると助かると冗談交じりに言われる。冗談っぽく言っているがこの職員の女性の目はかなり本気に見え、リンネは心のなかで気をつけようと決意した。
この日も寮住まいのアカリと別れて買い物に出かける。何を買いに来たのかと言うと普通に食料品の買い出しだ。リンネが朝食を作る時に冷蔵庫の中身を確認した所、買い出しが必要になったわけだ。
「レイネは今夜なにか食べたいものはあるか?」
「なんでも良いよ」
「何でもいいが一番困るんだがな」
「だってお兄ちゃんの作るご飯なら何でも美味しいからね」
「それを言われると何も言えなくなるわ」
リンネは照れくさそうに頬を掻きながら苦笑を浮かべている。食品コーナーを周りながら色々買い物かごに入れていく。一通りかごに入れ終わると会計へ向かう。会計は無人となっていて買い物かごをスキャン装置の場所に置くと自動で計算がされ、支払いも電子カードをかざすだけで済んでしまう。
「材料からみるに今日はカレー?」
「ん? カレーが良かったか、ならカレーを作るけど」
「お兄ちゃん疲れてない? 無理はしなくていいからね」
「いや大丈夫だが、少し待つことになるぞ」
「私も皮むきとかなら手伝うよ」
「そうか、じゃあカレーにするか」
「ふふ、お兄ちゃんと久しぶりの共同作業だね」
「何だその意味深な言い方は、作るものも決まったしさっさと帰るか」
外を歩きながら何気ない会話を交わすリンネとレイネだが、数日前まではこんな普通のことも出来なかった。買い物はネットで済ませていたし、急に必要になった物はレイネが買いに行ってくれた。
むしろずっと引きこもっていたリンネがこうも普通に外を出歩けるとは、リンネ自身も思ってすらいなかった。こんな普通の日常が再び訪れたことの幸運をリンネは噛みしめていた。