第136話 現代
姫咲リンネは意識を取り戻すと同時に、頭の中を直接かき回される万力で締め付けられるような苦痛と気持ちの悪さをに襲われた。そして声すら出せずに身悶えている。
その時間は実のところ一分にも満たない時間だったが、リンネにとっては数時間に感じられた。じわじわと痛みはおさまってきているが、余韻のようにズキズキとした鈍い痛みと気持ちの悪さは続いている。それから数分後痛みがおさまり、リンネは瞳を開く事ができた。
「どこだここ?」
見覚えのない天井。それは家のような木造のものではなく、まるでテントのような厚手の布で作られた天井だった。改めて辺りを見るために寝ていた体を起き上がらせ用とした所、体中に筋肉痛のような痛みが走り起き上がるのをためらわれた。
「ぐっ……、いたい」
それでもなんとか体を起き上がらせてあたりを見回す。どこかで見た事があるとは思っていたが改めて見てみると、そこは原子ダンジョンに建てられている治療所の様に見えた。
「俺はなんでここに?」
何が起きてどうして自分がここにいるのか思い出そうとすると頭に痛みがはしる。それでも思い出そうとした所、視界の隅の方にわずかに赤い光のようなものが点滅しているしていることに気がついた。
「μα?」
リンネは視線で点滅している赤い光を選択する。赤い光を選択したことにより光の点滅は止まる。続いて文字が表示された。そこにはμαのアップデートが完了しましたと表記されていた。
「μαのアップデート? ん? μαが使用できている? いやそれよりもここはどこだ? 俺は元の時代に戻ってきたのか?」
自分を落ち着かせるためにあえて口に出して状況を確認しようとしているが状況がいまいちわからない。思考がはっきりするにつれて少しずつ思い出してきたこともある。リンネは意識を取り戻す寸前まで過去、それも百年近く前の時代の同姓同名の人物と意識を共有していたはずだった。
あれが夢だったとは思えない。だが今は、自らの発した声や胸に感じる確かな重みにより女性の姿に戻っている事は理解できている。そのことから元の時代に戻ってきたのはわかっている。なら過去に意識が飛んでいた事は夢かもしくはμαによるものなのか。そしてここに来てもμαのバージョンアップということになる。
もしかすると本当にあれはμαのバージョンアップに伴い見せられた夢のたぐいだったのかもしれない。色々と腑に落ちないところもあるがそう考えたほうが納得できる気がする。
「お兄ちゃん!」
リンネが色々と過去の世界のことを考えていると、レイネが仕切りの外から駆け込んできた。それに続くようにアカリとミレイ、そしてカリン、スズネ、リィンたちワルキューレもそれぞれがリンネの名前を呼びながら中にはいってきた。
「お兄ちゃん大丈夫?」
「ちょっと筋肉痛みたいな痛みはあるけど大丈夫だよ。それよりよく覚えていないんだけど何があったか教えてもらえないか?」
「お兄ちゃんはどこまで覚えているの?」
「どこまでもなにも……」
あの時代へ意識が行く前。なんとなく始原ダンジョンへ潜っていたことは覚えている。始原ダンジョン百階層。そこのボスである八首と八つの尾を持つ大蛇、ヤマタノオロチをワルキューレのちからを使いなんとか倒すことができた。
そのはずなのだがリンネにはその戦い以降の記憶がない。
「ヤマタノオロチを倒したまでは覚えているんだが……」
「そう、私とお兄ちゃんとスズネが愛の力でオロチを倒したのよ!」
「んー? そんなだったか? 確かあの時はオロチの切った首元を焼かないといけなかったことから、アカリとカリンとワルキューレ化したような」
「そうだよレイネ、ボクとカリンとリンネさんの三人でレイネの切った首を焼いて回ったんだよ!」
「あ、あはは、そうともいうかな」
「そうとしかいいませんわよ
ミレイとアカリにツッコミを入れられるレイネ。リンネはその光景をみてなぜか懐かしく感じた。今の状況とレイネとの会話で今が始原ダンジョン百階層を抜けた後だというのがわかった。
ただリンネの中では過去の時代にかなり長い期間いた感覚が残っている。そこでふとリオンに相談することができれば、自分におきた現象が何だったのかわかるかもしれない。
「それでオロチを倒した後どうなったんだ?」
「その後だけどダンジョンコアがあったのよ」
「つまり噂通り百階層が最下層だったってこと?」
もともと第一ダンジョン都市にある始原ダンジョンはリンネたちが階層を更新するまでは七十五階層が最高到達階層だった。そこからリンネたちは記録を更新し続け百階層に至った。
「そこでお兄ちゃんがダンジョンコアに触れた時に、お兄ちゃんは突然意識を失ったんだよ」
「その後は急いでドロップアイテムなんかをかき集めてここに駆け込んだんだよ」
「ですので、リンネさんが倒れてから今で三時間くらいたっていますわ」
三人の言葉を聞いてリンネはμαとダンジョンの繋がりと過去の時代での出来事、そしてμαのバージョンアップのことが、一つの出来事のようにリンネには感じられた。