第134話 数百年後の未来
「そのいい方からすると、別の世界というわけではないってことですよね?」
「そうだな」
「ということは、俺の意識はなんなのですか?」
「未来、といえばいいだろうか。それもここよりも数百年ほど未来ということになる」
「えっ、数百年? それじゃあお兄ちゃんって何百歳も生きてるってことですか?」
「いや、あっちの俺はそんな歳じゃない。そもそも俺の記憶では今の歳と変わってないぞ」
リンネが言うように、女性化したリンネの年齢は今の体と歳は変わらない。仮にこのまま歳を取らずに数百年後に行ったとしても年齢的なズレが出ることになる。
「その発想はなかった。面白い考えではあるがそうではないよ。よく考え給え、今はまだ旧暦だ。そしてリンネくんの生きていた時代は新暦、つまり旧暦が終わり新暦になり、それからおよそ百年後がリンネくんが生きていた時代になるわけだ」
「そう、ですね。ダンジョンが現れて人類の数が大幅に減り新暦になったと学校で習いました」
リンネはそういいながら、ダンジョンが生まれたのが旧暦何年なのか知らないことに気がついた。リンネが学校で習った歴史はその殆どが新暦以降のものしかなかった。ただ決して旧暦の歴史が失われたわけではない。
元の世界のリンネが持っていたHMDやレトロゲームは旧暦時代のものになる。そういったように旧暦のものが何もかも失われているわけではない。ではなぜ旧暦の歴史について習っていないのか、それは別にリンネがヒキニートになっていたから習っていないわけではない。
そもそも小中高では旧暦に関しては習うことはない。旧暦の歴史を学ぶのなら大学へ進学し、それ専用の学問として学ぶ事になっている。ただ旧暦の歴史はダンジョン攻略に役に立つことはない上に、資料が殆ど残っていない。そのために学ぼうにも学べないというのが真相である。
「えっと、リオンさん。もしかして俺がいた元の世界って、今この時代よりも数百年後ってことになると言いたいのですか?」
「その通りだ」
リオンはそういって頷いた。
「それって、その数百年後に私やお兄ちゃん、それにリオンさんと瓜二つの姿で生まれるってことになるのですか?」
「その考えで間違ってないだろう。とはいえこのマイクロチップの情報が真実ならというのが前提だがね」
「えっと、ちなみにそのマイクロチップには旧暦に関する情報は入っていなかったのですか? 先ほどリオンさんが言った事が事実なら、この今から何年後にダンジョンが現れるとか、μαの歴史? のようなものは」
「その辺りは不自然なほど抜けている。というよりもだ、μαの作り方は入っていたが、仮にこのマイクロチップを埋め込んだとしても、μαは動かないだろう」
「どうしてですか? お兄ちゃんのμαは動いてるんだよね?」
「ちゃんと動いているな」
今もリンネの視界のすみにはμαが起動している表記がされている。
「それはリンネくんのμαがオリジナルといえるものだからだろう」
「コピーした子のμαだと動かないってことですか?」
「動かないかどうかは実際に試してみないとわからないが、今現在の技術で安全に脳移植できるかというと難しいといえる」
「つまりは、旧暦中にはμαのコピーは作れても、実際に移植して使用することはできないってことですね」
「そういうことだ。それにリンネくんにはわかっているとおもうが、今μαを埋め込んだとしても何の恩恵も得られていないだろう?」
頷くリンネ。実際リンネのμαは何の情報も受診できない現在何の役にも立っていない。あえて言うなら、視界の隅に起動中を知らせるものが表示されているだけで、邪魔ともいえる。
「リスクの割には何の効果もない。そんな物を埋め込むわけにはいかないだろう」
「たしかにそうですね」
「そういうわけで、このコピーされたマイクロチップが使えるのは、私の考え通りならダンジョンが出現する少し前か、出現してからになるのではないかと思っている」
リンネはリオンのその考えを聞いて、きっとそうなのだろうと思えた。実際どういう理屈なのかμαがダンジョンと連動しているのは確かなことだ。なんなら白桜女子学園の課題などもダンジョンと連動していた。
それ以外にもリンネのクラスである戦乙女も、μαと何らかの連動をしている。さらにミスズやカリンのような存在を映す事が出来るのもμαごしになっている。考えれば考えるほどμαの謎が深まっていく。
そもそも今のリンネや元の世界のリンネに埋め込まれているμαが入ったマイクロチップもどこから来て、どういった経緯で埋め込まれたのかも不可思議である。
「あー、もう、わからん」
「まあそうなるだろうな。ただここに、そして手元にμαとなるマイクロチップがあるということは、今のうちにコピーをしてきたるダンジョン時代に備えよというように思える」
マイクロチップを脳に埋める事ができない現在では、移植が実現可能になるまでに数を増やすことしか出来ないだろう。
「ダンジョンが出現するその時に私が生きていればいいのだがね」
そういうリオンだが、その時に自分が生きていることはないだろうと考えていた。