第129話 少しの違い(えっ少し?)
「リオンさん、結局本来のお兄ちゃんはどうなったのかはわからないのですか?」
「それについても仮説になるが、今のリンネくんそのものではないかな」
「えっと、どういうことですか?」
「リンネくんは、その体の持ち主である本来のリンネくんの記憶を持っているのだったね?」
「そうですね。少し曖昧なところもありますけど概ね覚えて、いえ知っている感じですね」
そうだろうというようにリオンは頷く。
「つまりはだ。今のリンネくんは、本来のリンネくんと同じで、そこにμαの記憶もしくは記録が重なることによってそうなっているのではないだろうか、ということだよ」
「それって、お兄ちゃんは記憶が混じって混乱しているだけで、別に消えたとかそういうことではないってことですか?」
「ああ、私の考えではそうだろうということだね」
「それじゃあ、俺はあくまでこの世界の俺のままで、この頭の中にあるチップの記憶もしくは記録が重なっていると考えればいいってことですか?」
「私はそう思っているが、実際は調べようがないからね。一度それを前提としてリンネくんが自ら答えを出すしかないだろう。ただどちらにしろリンネくんの頭の中のチップがどういう経緯で埋め込まれたのかはわからない」
結局のところリンネの頭の中にあるμαと思われるチップがどこから来て、どういう方法でリンネの頭の中に埋め込まれたのかはわからない。リオンが言うには無理に取り外すことは出来ないし、リンネが知っているμαの機能を動かす方法もわからないままだ。
「はぁ。流石に頭を開いて取り出せると言われても困りますからね」
「とりあえずもう少しこちらでも調べてみるが、あまり期待しないでもらいたい」
「よろしくお願いします。俺の方でもなにか分かれば改めて連絡させてもらいます」
「ああそうしてくれ」
結局のところ、今のリンネは身体的には全く問題がなく、頭の中に知らず知らずに埋まっていたチップの謎が残っただけだった。そのチップも今はうまく機能していないようで本当にμαなのかもわかっていない。
今回わかったことといえば、今のリンネはこの世界のリンネのままで、脳内のチップから漏れ出たと思われる記憶が混ざることで、あたかも別の世界のリンネだと思わされていたということだろう。
それすらも本当にそうなのかわからない。ただリンネ自身は、リオンにそう言われたことで自分自身でもそうなのだと不思議と納得出来ている。
「他に気になることや聞きたいことはあるかな?」
「そうですね。この俺の記憶の本来の持ち主、えっと別の世界の俺ってどうなっていると思います?」
リンネ自身にもいくつかの可能性が思い浮かんでいる。ただその可能性というのはリンネにとって余りいいものではなかった。
「ふむ。そうだな、一つは既に死んでいるというものだろうか。リンネくんの頭にあるチップだが、それが失われたとするとどうなるかわからない。全く影響がないかもしれないし、悪ければ脳死だろうね」
「脳死ですか」
「後はそのチップ自体がコピーのようなものなら、本人は全く気づかずに普段通りの生活をしているのではないかな」
リンネにとってはその可能性が一番いい状況に思えた。
「結局はどの可能性だとしても今の我々では知りようが無いということだ。そういうことだから、余り気にしないほうが良いだろう」
つまるところ今の時点であれこれと考えても仕方がないう事だろう。
「今の状況が意味のあるものならそのうち答えは自然と分かるだろうね」
とリオンは話を締めくくった。
「それじゃあリオンさん、今日は帰ります。ありがとうございました」
「ああ、またなにかあれば連絡してくれ」
リンネとレイネはリオンに礼を言って帰宅することにした。大学を出て途中で買い物を済ませての帰宅。
「それじゃあ今日は私が御飯作るね」
「楽しみにしているよ」
本日はレイネが晩ごはんを作るということになった。リンネはそういえばあちらの世界ではレイネのご飯は殆ど食べてないということに気がついた。そこでふとした違和感を感じてこの世界の記憶を手繰り寄せてみた。
「あ、れ? もしかしてこの世界でもレイネの料理って食べたことはない?」
どうも記憶の中にレイネの作った食事を食べた記憶がない。幼い頃からずっと両親がいる時は母親が作り、両親がいない時はリンネが作っていたはずだ。そのはずなのに今日はレイネは食事を作るという。これはやばいのではないだろうか?
そこに気がついたリンネはそっと階下におりてキッチンを確認してみる。そこには不器用に包丁を持ちながら野菜を切っているレイネの姿があった。あちらの世界のレイネは刀を普段から使っていたことで、包丁だけはうまく使えていた。
それに対してこちらのレイネはどうやらそうではないようだった。世界が変われば同じ人物だとしても違いがるということなのかもしれない。
「いたっ」
「レイネ大丈夫か?」
リンネはレイネに駆け寄る。レイネは指を切ったのか人差し指を口に咥えている。
「おにひひゃん」
「大丈夫か?」
「うんらいひょうぶ」
しばらくすると血が止まったのか口から指を離す。
「続きは俺がやるからちゃんと消毒しておいで」
「ごめんね」
「気にするなら、まあ、料理はいつも俺が作っていたからな」
「もしかして思い出したの?」
「思い出したというか、あっちの世界でも食事は俺が作っていたからな」
「そうなんだ」
どこか嬉しそうなレイネ。
「まあ、あっちのレイネは包丁で指を切ることはなかったけどな」
「むぅ、今回はたまたまだよ」
リンネはぽんぽんとレイネの頭を撫でたあと背中を押して指の消毒に行くように促した。レイネは不満そうな表情を浮かべながらもキッチンから出ていた。同じように見えても違うレイネ。やはりここは記憶にあるあちらの世界とは別なのだろうと改めてレイネは思った。
今はあちらの記憶が主のようになっているが、そのうちこちらのリンネの記憶が主になることはあるのだろうか。そしてなんとかしてμαを起動させることが出来ないだろうかと考えながら、レイネに代わりリンネが晩御飯を作り始めた。