第127話 別の世界とμαとダンジョン
リンネの検査は一日だけでは終わらなかった。体重に身長検査から始まり、採血検尿にCT検査など、医療行為が含まれる物もあった。医師免許が必要な検査もあったが、そこはリオンが正規の医師免許を所持しているということで問題はなかった。
リンネからすると、元の世界のリオンを知っているだけに本物なのか疑いは持ったが、結局本物だろうが偽物だろうが検査を止めるわけにはいかないので、気にしないことにしたようだ。検査結果が出るのは数日後ということで、暫く待つことになる。
「というわけで、お兄ちゃんの事を聞かせてほしいな」
「俺のこと? 別の世界の話ってことでいいのか?」
「うん、お兄ちゃんのいた世界の私とはどういう関係だとか、この世界とどう違うのか知りたいなと思って」
「まあ良いけど。そうだな、レイネに関しては……」
正直の君ほど病んでいないというわけにもいかず言葉に詰まる。改めて違いを考えてみる。元の世界のレイネ、彼女はここまで嫉妬深くもなく、アカリやミレイとの関係も認めてくれているように思えている。
一方こちらのレイネは独占欲が強いように見受けられる。リオンと会った時の反応を見るに、他の女性と会話しただけでどういった反応が返ってくるのか想像できない。それを思うだけでいろいろと精神が削られる思いだ。
そういう事も合わせて、リンネは男の体というだけで羨ましいと思えないでいる。もし仮に元の世界でユニーククラス戦乙女を手に入れず男性のままだた場合はどうなっていたのだろうかと想像してみるが、あの世界では日常にダンジョンという危機があるからだ、この世界のレイネほど酷くは無いと思えた。
「この携帯端末の様に手で持って通話や通信するものはないな。その代わりあるのがμαと呼ばれる脳内チップによる、ARで全て出来るようになっている」
「それはなんかすごいね。どういう技術なんだろう?」
「出生時にマイクロナノチップが埋め込まれることで使えるから原理なんかは余りわからないかな」
「えっ、生まれた時に頭にチップを入れられるの? それって大丈夫なの?」
「不具合があったとか言う話は聞いたことは無いし、物心付く前から使っているから無いと不便ではあるかな」
リンネはそう言いながら手に持つ通信端末を降る。
「これと違って全て思考と目線で操作できるから楽だし」
「もしかしたらそのうちこの世界にも同じようなものが出来たりするのかな?」
「どうだろうな。ただ俺の知る限りμαは俺のいた世界以外にもあるように思えるな」
「どうしてそう思うの?」
「夢を見たからかな。どうもこの世界のように俺が元々いた世界と別の世界がたくさんあるようで、その世界の夢をたまに見ていたんだよ」
「そうなんだ。つまりその世界でも、そのμαというのが埋め込まれているってことなんだね」
頷くリンネ。だがそこでふとした疑問が浮かぶ。夢の内容をすべて覚えているわけではない、がけどその中にこの世界、μαのない世界は無かったように思える。そしてその夢の世界はどの世界もダンジョンが存在していたようにも思われた。
そこでリンネはダンジョンが初めて出来た時期と、μαが普及した時期がほぼ重なっている事に思い至った。つまりはμαとダンジョンが密接に繋がっているようにも思えた。
学園の課題がμαと連動していることに疑問すら覚えていなかったが、よくよく考えるとダンジョン内で魔物を倒したりなどの行動が即μαと連動していることに疑問を覚えてもおかしくない。
色々と疑問が浮かぶが、結局すぐに答えが出るものではないのだろう。もし元の世界に戻ることが出来た場合、それこそあちらの席あのリオンに聞けばなにかわかる気がしている。
それにダンジョンが発生した事とμαが生まれた事が連動しているのなら、この世界にも同じことが起きるのではないだろうかとも思っている。なにはともあれ、今回受けた検査結果によってこの世界が変わるのではないかと思いがリンネには感じられている。
「どうしたのお兄ちゃん? 急に黙り込んじゃって」
「ん、いやなんでもない」
リンネはごまかすように咳払いをしてから、元の世界の話を続ける。その話にはあえてアカリやミレイの事はせずに、ダンジョンの話をすることにしたようだ。後はワルキューレ化なども省かれている。もし知られたとしたら血の雨が降るかもしれない。それはリンネのものなのか、この世界の誰かのものなのかはわからない。
ふとこの世界にもアカリやミレイ、ライチやアズサ、それに後輩の面々やサキナもいるのだろうか。そしてどういった生活をしているのだろうかと。
「お兄ちゃんもしかして他の女の人のこと考えていないよね?」
「ソンナコトナイデスヨ」
ハイライトの消えた瞳で笑顔を浮かべているレイネを見て、心からこの体の本来の持ち主であるリンネに向かって「どうしてこうなった」と問い詰めたくなっていた。